第五章

以下未修正

ジャン・ジャック・ワルド

 

 才人とワルドは、石畳でできたエルフの繁華街を駆け抜けていく。狭い路地に入ると、上空からの無数の攻撃は避けれない。一方的な攻撃を防ぐため、幅の広い道を選んだのだ。

 

 後方から駆けつけてきたのだろう、風竜たちの鳴き声が壁に乱反射して響く。いくら速くてもガンダールヴのスピードには追いつけないだろうが、今の才人は先程アディールを走り回った疲労で限界に達していた。

 

 荒々しい自分の呼吸の中、少しずつ、音源が近く、大きくなっていく。


「・・・・・・いいなデルフ、無理すんなよ、・・・・・・。前回魔力のため込みすぎで、一回死んだだろ。・・・・・・、誰かさんの所為で・・・・・・」


「お前さんの方が、無理してると思うがね」


 才人は振り返って走法を後ろ走りに変更すると、デルフリンガーで飛んでくる魔法を吸引し始めた。が、どうも手が思うように動かない。


 一騎ずつ倒したかったが、近距離では風流のブレス、遠距離でも先住魔法、といった反則コンビネーションに近づけるはずもない。豪雨のように降り注ぐ魔法の数々がパーカーを次々と掠め、石畳に突き刺さっていく。


「ごめん、相棒。もういっぱいいっぱい」


 デルフリンガーに告げられ、才人は魔法を流す方法をとる。刀の峰と平行に魔法を受け、少しだけ角度を変えて軌道を逸らす。量が七万の大軍に突っ込んだ時と比べ少なく、全てが軌道修正して自分に向かってくるホーミング型なのでできた芸当なのだが、これはこれでまったくもってシャレにならない。


「こんちくしょうが!!」


 こんな所で命を失ったらたまらない。才人はいらつきと屈辱、その他の感情を無理矢理ねじ曲げて、後方にいる怨敵に振り返り、


「ワルド!! 加勢して・・・・・・」怒鳴るように援助を求めた。だが、



 いない。二度にわたって命のやりとりをした男の姿が、見当たらなかった。


「あっの、野郎ッ・・・・・・!」


先程まで確かに同行していたはずだ。しかし、今では影も形も残っていない。


 おそらく・・・・・・、最初から見殺しにするつもりだったのだろう。ある程度の手傷を故意に負い、「助けられなかった」とでも言えば十分に信用される。

 

今頃はどこかの物陰で、自分が嬲り殺される様を高みの見物でもしているはずだ。


 そのように思考を働かせている間にも、竜騎兵が上空で二手に別れていた。どうやら、挟み撃ちを決行するようだ。


 左右は石造りの住宅街、小道はなし。空に逃げたらただの的。背後の大通りはなだらかな坂に差し掛かっていて、後ろ走りには適さない。 


 この状況で、敵は自分にとって一番有効な手段を取ってきた。遅れる足、追ってくるエルフたち。ぐんぐんと距離が詰まっていく。


「くっそ! デルフ、どうすりゃあいい!」


「選択肢その1、そのまま死ぬ。 その2、抵抗して死ぬ。 その3、やっぱり死ぬ。どれになさいますか?」


「全部同じだろうが! ってかなんでメイド口調!? どいつもこいつもふざけるのもいい加減にッ・・・・・・ !!」


 言葉は、最後まで続けられなかった。不意に再び胸のルーンから心臓を握りつぶされるような激痛を感じ、声が詰まったのだ。


 膨らませた風船を針で刺したように、膝から力が抜ける。才人はドスンと尻餅をついた。


「がはッ!」


走っていた身体は勢いを殺しきれず、不格好に才人はなだらかな坂を転げ落ちていく。世界が掻き回され目まぐるしく変わっていったかと思うと、次の瞬間には衝撃。背中を叩く石材にアバラが折れる感触。しかし、そんな痛みですら才人にはどうでも良かった。


「が、ぁ、ッ・・・・・・!!」


 膝立ちになった才人は、あまりの痛みに胸を抑える。ルーンから染み出たと思われる血が、才人のパーカーをぬめらせていた。


 にも関わらず、胸のルーンはその赤黒さも掻き消すほどの力強い光を放っている。滲み出る赤と溢れ出す白。そのコントラストが、才人に奇妙な倒錯感を味合わせる。


 そんな隙を見逃すはずもなく、竜騎士たちは魔法を才人めがけて乱射した。


 結果、才人が前を見る時には既に目鼻の先に“死”があった。


 ここからでも海が見える、もう街のはずれだ。


あと少しでアリィーと戦ったあの場所へ、ルクシャナが待つ運河へたどり着くというのに、膝を立てたまま座りこんでいる体はもちろん動かない。


 一瞬の出来事。後悔も懺悔もする暇もなく、才人は観念した。


 ・・・・・・だが、状況が好転するのも刹那の間にだった。


 周囲を囲んでいたエルフたちが、宙を舞った。目の前の銃弾も、向けられていた剣、槍、斧、石礫も、“木矢”も、全てが九十度方向を変える。


 風竜に跨ったままの竜騎士たちが、うちわで扇がれた小虫のように風圧で飛んでいく。


「え?」


 現れた隻腕のスクウェアメイジが、這いつくばる才人に問いかける。


「どうした、ガンダールヴ。俺の腕を持って行った時の方が、まだ動きに切れがあったと思うが?」


「ざっけ・・・・・・ンじゃ・・・・・・ねえ、よ・・・・・・」


 この男の前で、無様な姿は見せたくない。


 デルフを杖代わりにして、才人は気力で立ち上がる。驚く事に、心臓や体中の痛みは一瞬で消え失せ、胸のルーンからの出血も止んでいた。


「・・・・・・借りだなんて、思ってねえからな」


 才人はワルドを睨みつけながら、言葉を吐く。ワルドは昔自分と戦ったように“偏在”を唱え、五人の更に倍、十人ほどにその姿を分ける。


「貴様をこのまま放っておくのも面白そうだったが、俺は聖地に何があるのかどうしても知りたい。そこでどちらがいいか考えて、行動に移しただけだ。俺に利用されることをありがたく思っていろ、ガンダールヴ」


 吹き飛ばされたエルフ達も、すぐさま才人たちを囲みながら体制を整える。しかし、分身したワルドを気にしてか先程のように呪文を連発などはしてこない。二段にわかれ、前方が結界を張り、後方は攻撃魔法を唱える戦法へと切り替えたようだ。


 詠唱中は無防備になるのを恐れてだろう。一手一手が確実に食らえば致命傷となる一撃だったが、手数が少ないのでずいぶん楽だ。囲まれているので自然、ワルドたちと背中合わせになっている。


「先に行け」


「は?」


 心臓めがけて放たれた魔法の弾丸を受け流し、結界を斬ってデルフリンガーの峰を竜騎士の頭部に叩き込む才人に、一人のワルドがボソッと告げた。


「いいから早く行け。貴様がいると正直言って不快だ」


「いちいち勘に障るヤツだな!」


「どうしてもというならここにいてもいいが、もしかしたら手元が狂って、貴様を殺してしまうかもしれないな」


「分かったよ! 行けばいいんだろ行けば!」


 ワルドたちに次々と言われ、才人は軽く舌打ちした。デルフリンガーで前列のエルフの結界を切り裂くと、すかさず一人のワルドが無防備な彼らに“エア・ハンマー”を叩きつける。 


 空中に跳ね上げられたエルフたちの間を才人は縫うように走り、包囲網から抜け出した。

 

ワルドたちだけで手一杯なのだろう、才人の方へ追っ手は来なかった。

 

・・・・・・だが才人はある程度距離を取ると、足を止めてワルドの方を振り向く。


「死ぬなよワルド! お前は姫さまとウェールズ王子、ルイズに謝るんだ! フーケには今までのことをティファニアに、元素の兄弟には俺とデルフに謝罪しに来いって、そう伝えろ! 約束したからなッ!! 必ず生きて帰ってこい!!!」


「・・・・・・」


 ワルドは答えない。しかし、才人は言った。一方的ではあるが、彼らと約束したのだ。


 守るか守らないかは当然彼ら次第。しかし、必ず守らせる。償ってもらう。


 (まだ許しちゃいないんだ、絶対、絶対に謝らせる!)

 

 彼らへの怒りを、そして、そんな彼らに守ってもらっている不甲斐ない自らへの怒りを両足に乗せ、振り返ることなく才人は疾走した。




 背後から命令するような絶叫が聞こえたが、ワルドはそれを無視して立ち尽くし“偏在”の魔法を解く。散らばっていた魔力が集結し、ワルドに本来の力を与える。


 竜騎士たちは目の前のメイジの魔力が爆発的に膨れあがったのを感じ、危機感を持って突撃を敢行した。


 ワルドは唱えた呪文を解放した。


「・・・・・・邪魔だ」


 直後に、辺り一帯が吹き飛んだ。


 最大出力で放ったワルドの“ウインド・ブレイク”は、半径十メイルにあったエルフたちの住宅を崩し、敷き詰められていた石畳のほとんどを剥がし瓦礫の山へと変えた。肝心の竜騎士たちも紙のようにあっけなく吹き飛ばされ、残らず竜ごと一緒に伸びていた。


「こんなものか」


 砂煙が舞い上がるなか、辺りに散らばるそれらを一瞥してふとワルドは状況を考える。

 何にせよ、あのガンダールヴには追っ手がかかる。


 聖地のため・・・・・・ひいては母のために、ワルドは自らの腕を切り落とした敵を守らなくてはならない。聖地回復連合軍が到着するまでの間、彼に群がってくる蝿共を、叩き潰して減らし続けなければならない。


 皮肉なことだなとひとり、ワルドは笑った。


 こんな話は教皇聖下からは聞かされてはいない。だが、きっとそれは正解だ。


 足止めに使われると聞いたら、自分はこの話には絶対に乗っていなかっただろう。


 そこでふとワルドは自分が冷静でいられた事に気がつき、そして驚いた。

 

“聖地”に何が眠るかをこの目で見ることが叶わないと気づいたとき、てっきり自分は辺り一帯にいる亜人共を皆殺しにするんだろうとばかり思っていたのだ。


 すぐ近くで爆音が轟く。


 フーケのゴーレムが、エルフの集団に囲まれて魔法で集中放火を浴びている所だった。だいぶ魔力を消耗している様子が遠目でもわかり、鋼鉄の巨人はもはや原形を留めていないほど不自然に歪んでいた。


 跨るフーケもボロボロで、体中に大小様々な傷を生々しくつけていた。


 “助けに、行ってやるか”

 

 瞬時にそんな考えが出てきて、ワルドは笑う。自分も丸くなったものだ。


 ・・・・・・いや、少し大切なものができたのだろうか。

 

 再び鼻でハッ、と自分を笑い飛ばす。そんな訳がない。単なる気まぐれだ。

 

 アルビオンでの戦争、ロマリアでの暗躍。“土くれ”には、かなり手を借りている。

 

 ・・・・・・借りっぱなしで死なれたら、大変後味が悪い。たったそれだけの事だ。

 

 また一つやらなくてはいけないことが増えたなと思いながら、隻腕のメイジは風を纏い戦場へと飛び込んだ。


 運河に着いた。


「おーい、ルクシャナ! いるのか?」


 才人は辺りを見回しながら言う。“評議会”付近の大乱闘で不穏な空気を感じたのだろう。石畳に刺さった杭にくくりつけてあった船はすべて姿を消し、周囲には人っ子・・・・・・いや、エルフっ子一人いなかった。


「きゅっきゅーっ!」


 しかし、迎えにきてくれるやつはいた。ルクシャナの友達である、二匹のイルカだった。


「なんだ、お前らか。それにしても俺のこと、覚えてくれてたんだな」


 引いてきた小舟の中には、置き手紙があった。差出人なんか見なくてもわかる、ルクシャナからだった。


 どうやら竜の巣へゼロ戦で直行して、海母が回収してくれていた哨戒艇をどうにか動かしてここまで来たらルイズたちと遭遇したらしい。定員オーバーと安全確保の為に置いてけぼりにするから、後からその小舟で来て欲しいと書いてあった。


 確かにそれは妥当で正確な判断だったのだが、才人は複雑な気持ちになった。


「ちょっと、寂しいかな・・・・・・、うん・・・・・・」


 小舟に足をかけて乗ると、そのまま横になる。


「はぁ、疲れたぁ・・・・・・」


 身体的な意味ではない。胸のルーンが外傷も疲労も治してくれている。


 ただガリアを出てからの焦りと不安、恐怖などが才人の心を削っていた。


 才人は寝転がりながら、小舟の側面の板を爪でカリカリやり始める。


 数ヶ月にわたる中学での受験戦争を数日に濃縮した。例えようがないので、才人はそんな感じに自分の今の心境をまとめた。


 そして、才人は今の自分と同じ境遇を毎日のように繰り返していた父を思い出した。


 妻と子供が寝ついた夜遅くに、疲れ果てて帰ってくるサラリーマン。


 仕事から疲れて帰ってきたら、視界に入るのは机の上にラップで「チンしてください」と明記されている夕飯。


 それを一人で食べる父親の心情ってこんな感じだったんだろうなと、父に同情してしんみりした、才人だった。




「はぁあ・・・・・・・・・・・・」


 才人は情けなく声を上げた。


 小舟に乗り込み、もうどのくらい経ったのだろうか。ルイズたちを救出したのが早朝だったので、おそらく十時間は波に揺られていたのだろう。すでに空は赤みがかっていた。


 それにしても、夕方だというのに湿った潮風がやけに熱い。声に出しても足りないほどに熱い。


 前回乗った小舟には食料やら水やら積んであったし、ルクシャナがクーラーのような冷たい空気を周辺に漂わせてくれていた。(実はあの時才人は初めて、ルクシャナを心から尊敬したのだが)


 ともかく何が言いたいかというと、日中は地獄絵図だった。


 急いで用意された小舟にはなにか積んでいる訳もなく、先住魔法を使える便利なエルフ様様もいない。


 もちろん積み荷もなく、頭数が三人と一振りから一人と一振りへと変わった小舟は当然物理的に速度が跳ね上がった。


 だが、地球印の小型哨戒艇やタバサのシルフィードなどと比べると、頑張ってくれているイルカたちには悪いがこの小舟は遅いとしか言いようがなかった。


 もちろん寝て暑さを忘れるという手もあったが、胸のルーンのお陰で疲労のひの字も感じない。目はギンギンに冴えたまま、才人はこの過酷な環境と正面から向き合わなければならなかった。正直、かなり暇だった。


 そんなふうに才人がボーッと呆けていると、声を掛けられた。


 舟に乗ってから寂しいのでずっと声をかけていたのだが返事もなんにもしなかったので心配し、確認の為に海に漬けようとしたら「相棒・・・・・・」と呆れられたデルフリンガーからだった。


「・・・・・・相棒、やっぱりお前さんに言っておきたい事がある」


「なんだよ今更、さっきは返事もしなかったくせに」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・デルフ?」


「一度しかいわねえから、よく聞いてくれよ」


 いつもとは違う気迫のこもった声で、話そうとしている事の重大さを理解したのだろう。 才人は腰に提げたデルフリンガーを抜いて小舟の船首に斜めに立てかけると、語るのをためらっているようなデルフに、続きを促す。


「いまから話すのは、サーシャとブリミルについて、その胸のルーンについて・・・・・・だ」


 才人にとって、予想通りの言葉が返ってきた。

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