今際の際にて



「時間だ、出ろ」


捕らえられてから四日目の朝、ルイズたちの公開処刑が決まった。


 看守の背後に監視役として、ビターシャルもいた。会うなり一言、口を開く。


「すまない」


 一人のエルフが自分の手首に紐を絡ませているのを眺めながら、ルイズは聞く。


 自分で言うのもなんだが、と前置きするビターシャルが言うには、彼等はかなり奮闘したらしい。


 ネフテスの統領と共に訴えたそうなのだが、しかし鉄血党の反発は強く、

「もしあの者どもを生かすおつもりならば、私は職を降ります!」


 このエスマーイルの一言で議員たちはヒートアップし、中には蛮人に味方する統領は辞退するべきだという者まで出てきたので、やむを得ず断念したそうだ。


全員、一本の縄で手首をひとまとめに縛られたまま、ルイズたちは外に出た。


 規則的に組み合っている石の畳に、杭が埋め込まれている。


 恐らくこれに縛り付けるのだろう。辺りをエルフの戦士たちが囲んでおり、歩いていく自分たちに蔑みの視線を向けていた。


「杭の前に、立て」


 この状況でもし逃げたりなんかしても、そんな事の結末は決まりきっている。


ルイズは何も口にせず、看守に言われたとおりに体を動かした。


 こうなったら一秒でも長く、才人と一緒にいるつもりだった。


 その様子で、仲間たちも観念したように従う。


 縄で杭にくくりつけられると、周囲のエルフたちが手を重ね、一斉に詠唱を始めた。


 拳ほどの球体が、手の中に浮かび上がる。


 看守が頷くと、すぐさま魔力の塊を持った数人のエルフが歩み寄り、その手を罪人の胸の前に突きつける。どうやら、エルフでは看守と処刑人は兼務のようだ。


「貴様らの勇気に敬意として、できるだけ痛みを与えないようにしてくれ、という統領閣下のご好意を、心して受けるがよい・・・・・・」


 ビターシャルの言葉に、一時は沈黙が漂った。


 ・・・・・・だが。


「ごめんよ、モンモランシー」 


 最初は、ギーシュだった。


「いつも、いつも嫌な思いをさせている僕に、なんだかんだ言ってずっとついてきてくれて・・・・・・、ありがとう。もしも、僕がこの状況から生きて帰れたなら、君だけを永遠に愛するよ」


 涙声で呟くギーシュを始め一人ずつ、愛する人、友達に謝罪したり、愚痴をこぼしていく。この時間はビターシャルなりの、死にゆく者へ贈るささやかな思いやりだった。


「サイト君、すまない。君と一緒に君の世界を見てみたかったが、叶わないようだ・・・・・・」 


コルベールは足下を見やりながら、そう呟いた。


「私は、・・・・・・あなたともっと一緒にいたかったわ、ジャン・コルベール」


 キュルケも、さびしそうに隣にいるコルベールを見つめる。


「きゅい・・・・・・、もっと美味しいお肉、食べたかったのね。・・・・・・あ、隣のチビッコはどうせ何も言わないから飛ばすのね」


「・・・・・・」


 こんな事には慣れきっているのだろう、タバサは口を開かない。


「結婚、したかったなあ・・・・・・」


「僕が相手になりましょうか? お姉たまだったらぜんっぜんオッケーです!」


 エレオノールの言葉に、マリコリヌはほとんど本気の冗談を口にした。


「・・・・・・え? な、なにいってんのよ! 誰が、あ、あんたみたいな豚なんかと!!」


エレオノールは意外だったのか少し頬を染め、そっぽを向く。おかげで尋常じゃない程の汗を流し、震えまくっているポッチャリさんの情けない姿は見らずに済んだ。


「サイトさんごめんなさい。・・・・・・助けられなくて、ごめんなさい」


シエスタは念仏のように才人に謝罪している。心を失った二人を除くと、残るはルイズだけになった。


「サイト・・・・・・」


隣に立つ虚ろな目をした少年に、ルイズは優しい声で話をする。


「あのね、今までずっと、ちゃんとはっきり言えなかったことがあるの。聞いてくれる?」


才人から返事はない。でも、ルイズは声を張り上げて叫ぶ。


「わたしは、」


「・・・・・・そこまでだ」


みなまで言わせず、ビターシャルは看守に促していた。


 看守が手を振りおろすのと同時に、ゆっくりと光球が体にめりこんでいく。


 それでもルイズは、愛する使い魔に自分の気持ちを伝えようとする。


「わたしは、会った時から、あなたの事がずっと、――――――――」


 そこから先は言えなかった。魔法が発動しているのだろう。まず悲鳴を上げさせないためか声が出せなくなり、体は動かせるもののじわじわ感覚を失っていく。


 皆、諦めたように足下を眺めていたが、ルイズだけは無理矢理目を見開いて自分の恋人を見つめていた。


 ・・・・・・ので、当然気づいてしまった。


 他の魔法干渉によって魔法が解けてきたのだろう。「平賀才人」は、光と共に少しずつ空気中に溶けて消えていく。端の方にいるティファニアも同様に。


 すぐには、頭はついていかなかった。


才人とティファニアがいた場所に残ったのは二十サントほどの、小さな人形。右端にいたタバサはそれを見て、眼鏡越しの瞳を少しだけ潤ませたように見えた。


 ルイズはそこでようやく、それがなにを意味するのか気づいた。



 “サイトは今、わたしの隣にいない”



頭の中が真っ白に染まると思うと次の瞬間、抑えていた絶望が膨れあがる。自分でも意味が分からない絶叫が口から迸ったが、もうすでに発声器官は動かす事ができなかったため、大きく息を吐くだけに留まっていた。


『い、や』


声にならない弱音が一言、口から零れる。最悪の予想が頭から離れずに、ルイズはただただ涙を流すしかなかった。


そんなボロボロのルイズを救ったのは、意外にもビターシャルだった。


 ビターシャルは頭を下げ、狼狽しているルイズに顔を片手で覆いながら、謝罪する。


「お前の使い魔ともう一人の担い手は、私の姪と一緒に未だ逃走中だ。なのでお前は・・・・・・一人さびしく、ヴェルハラへ行く事になる。すまない」


 告げると、ゆっくりと顔を上げる。自分の姪によって引き起こされた悲劇の結果を受け止めるつもりだったのだろう。


 しかし、ルイズは笑った。この魔法は身体の感覚がなくなるだけで、表情を作ることはできた。


 ビターシャルの口から発せられた、たった一言。ルイズの顔を綻ばせたものの理由は、それだけだった。


 “サイトは無事だ”


 おぼろげにしか耳に入ってこなかったが、目の前の真摯なエルフは、確かにそういったのだ。

 

もしも、そのスキルニルは断頭台で処刑した後の血のりで作ったなどと聞かされたのならば、先程何も考えられなかった自分は間違いなく崩れていたのだろう。


 “大丈夫”


 単純なもので、何処からか止めどなく勇気が湧いてくる。桃髪脳天気とバカにされるのももっともだ、と今なら思う。

 

どんなときでも、才人は駆けつけてくれる。自分を守ってくれる。助けてくれる。


 “今まで、いっつもそうだった。だから、信じる”


 そこまで愛する使い魔の事を想うと、ルイズは自分でも知らないうちに笑みを浮かべていたのだった。


 “サイトは来る。ガンダールヴで、わたしの使い魔である限り”


 それは知らないうちに、自分にとって確定事項になっていたのだ。


 先程まで胸を覆っていた悲しみや絶望を、満ち溢れる勇気と歓喜で吹き飛ばし、ルイズは空を見つめた。鳶色の瞳には、確信にちかいなにかが宿っていた。


  目の前で魔法をかけていたエルフは一瞬手を止めたが、気が狂ったとでも思ったのだろう、再び詠唱を始める。どうやらかなり、この魔法には時間がかかるようだ。


 徐々に視界が滲み始めた。・・・・・・時間がどうしようもなく長く感じる。それでも、不安はまったく心の中に入ってこなかった。


 ルイズは恐怖と絶望を、使い魔への信頼と希望で包み込みひたすら信じて待つ。


 ・・・・・・。


「もうすぐヴェルハラだ。今の内に“悪魔”、いや、貴様らで言う所の始祖にでも祈るんだな」


 ・・・・・・・・・・・・。


 看守の野太い声が、ついに遅れて聞こえた。



 二人のエルフが、とことこと町を徘徊している。


「・・・・・・この暑い中、厳重警戒という事で駆り出されましたが別になにも起こりませんね」

 青年エルフが、いささか老齢のエルフに尋ねる。若い者と老いた者、この組み合わせはどの国でも人種でも共通のようだ。


「そうですな」


 老エルフは貫禄のある声で相槌を打つ。


 ハルケギニアでは秋に当たるといっても、なにせこちらは砂漠。平均温度と日照時間はかなり高く、長い。先住魔法の行使権はすべてが軍事に回されていたので、彼等はいつものように冷たい空気を纏う事もままならない。


 そんな彼等の横を、疾風が駆け抜けていく。


 誰がとは言うまでもない、才人だ。当然才人はエルフじゃないので、この辺りを知っているはずもない。ただただ猛スピードで、幅の広い道を突っ走るしか方法はなかった。


 (ヤバイ!!!)


 先程突然視界がぶれ、ルイズたちの状況は明らかになった。だがそれがいっそう、才人を焦らせていた。


 見ていると外に連れられ、縄で縛り付けられてエルフたちに囲まれているではないか。


 (処刑だ。あいつら、やっぱりルイズたちを殺そうとしてるんだ)


 才人は足を限界まで石畳を踏みしめ、蹴りつけながら走る。しかし左目の先の準備は淡々と進められていき、ついにそのときはやってきた。


 エルフたちがなにやら魔法でテニスボールくらいの球のようなものを作り、みんなの身体に埋め込んだ。才人は呼吸が止まりそうになるほど驚いたが、みんながじだばた抵抗しているのを見てほんの少し安堵する。どうやらすぐに死ぬ訳ではないらしい。


 そして、「平賀才人」がスキルニルへと変貌を遂げると、視界がすぐに滲んだ。


 きっと泣いているのだろう。その涙を拭って、早くぎゅっと抱き締めてやりたい。


 そう思うだけで、左手のルーンはよりいっそう輝く。溢れんばかりの思いは力となって、

疲れきった身体を突き動かしてくれる。


「相棒、気をつけろよ。おまえさんの使い魔の視界が消えたときが、嬢ちゃんの最後だ」


 風を切るデルフリンガーが教えてくれる。確かに瞳に映るルイズの姿は、徐々に薄暗くなっていた。時間は、ない。


 (頼む頼む頼む!!!! どうか間に合ってくれ!!!!!)


 祈りながら走る侵入者に気づかず、二人のエルフは暢気に会話を続ける。


「涼しい風でしたね。もう一度吹いてくれればいいのですが」


「そうですな」

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