第四章

以下未修正

因縁との再会

第5章 因縁との再会


 エルフの艦隊をまいてから数十分後、うっそうと木々たちが生い茂っているアディールの郊外で、才人とティファニアはルクシャナと別れた。


 ティファニアはルクシャナと一緒がいいだろうと才人は思ったが、真剣なまなざしと先程の約束によって、ティファニアの「一緒に行きたい」という言葉は当然、拒めない。


 ルクシャナに低空飛行を続けてもらい、ティファニアをおぶった。


 危険な桃リンゴが才人の背中にこれでもか、と押しつけられるが、状況が状況なので感動している暇はない。


 才人は風防を開け、ゼロ戦から身を乗り出した。


 さすがにアディールの城下町に飛び降りる訳にはいかないので、才人はクッションになる森の上から飛び降りることにしたのだ。


「敵にあったらすぐ逃げろ! フルスピードならどんな敵でも振り切れる! ・・・・・・じゃあ、気い付けろよ!」


 ルクシャナにそう告げると、才人はゼロ戦から飛び降りた。


 低空飛行といっても、地上から数十メイル。普通に落ちれば命はない。


才人はそのために、予め落下地点として決めていた目の前にある崖をデルフリンガーで斬りつけた。突き立てた靴との摩擦で、衝撃を和らげようという考えだ。


「痛い熱い痛い! 擦れる削れる擦れる!」


 デルフリンガーが喚き、足の裏が焼けるように熱される。靴のゴムが溶けたような臭いと小石が顔面に飛んでくるのも気にせずに、落下しながら絶壁を斬り続ける。


 ガラガラと崩れ、真上から降ってくる巨石を切断しながら同時に、才人は土を踏んだ。 腐葉土だったらしく、地面に足首が靴と共に飲み込まれる。それでもかなりの衝撃が残ったのだが、あらかじめリーブスラシルのお陰で痛みはあまり感じなかった。


「サイト、大丈夫?」


 ティファニアが心配そうに尋ねた。


「大丈夫。テファは?」才人は逆に尋ね返す。


「平気」


「相棒、ちったあ俺の心配もしてくれよ・・・・・・」


「剣だから大丈夫だろ」


 そう言いながらも一応刃を確認するが、日本の刀鍛冶に丹念に鍛われた上に“硬化”をかけられた日本刀には掠り傷一つ付いちゃいない。


 才人は辺りを見回して、動物以外の気配が無いのを確認すると、そのまま埋まった足首を湿った土の中から引き抜く。


 こんなに木で囲まれているというのに木陰から日光が差して、暗くもなく明るくもない。これが噂の樹海とかいうやつなのだろう。


 そんな事を考える暇も惜しい。そのまま駆けるため、前屈みになって足を高く上げた才人だったのだが、思いっきり膝をつく。どうやら無理が祟ったらしい。


 ここで無茶したら後がないので、酷だがティファニアに背中から降りてもらう事にした。


「歩けそうか?」


「うん」


 ティファニアはそう言うと、才人の背中から降りた。


 そのままよろよろと歩き出したティファニアだったが・・・・・・、


「ひうっ」


 すぐ近くの石に躓き、こけた。


 ティファニアは立ち上がろうとしたが、再び尻もちをついてしまう。きっと自分に気を遣って我慢してたんだろう。


 やっぱり優しいな、と才人は思った。きっと隠しごとなんてしても、すぐに表情の変化とかで気づかれる。そのくらい人を気遣い、自分のことのように考えられる女の子なのだ。


 だからこそ、才人には自分のことを好きと言ったティファニアの思いの強さがわかった。


 既に自分じゃない大切な誰かがいる人を、それでも好きになる。


 ずっと心の奥底ではひとりだった彼女にとって、それはどれだけ勇気のいることだろう。


 そしてそれを、才人には断る資格がない。自分を好きになったティファニアの心境が、痛いほどよく分かるからだ。


 そして何より、ティファニアをウエストウッドから連れ出してあげたように、自分に新しい世界を見せてくれたルイズを才人は好きになってしまったのだから・・・・・・


 才人は頭を振り、思考を切り替える。もうそんなことを考える余裕はない。


「…ったく、歩けないならそう言えよテファ。別に俺、疲れてる訳じゃないんだから」


 やせ我慢してそう言うと、才人は手を差しのべた。


 ティファニアは伸ばした手を才人の指先にそっと触れさせた。取っていいものだろうかどうしようかと傍から見て取れるほど戸惑っていたが、やがて頬を染めてその手を取る。


 ・・・・・・客観的に見ても主観的に見ても、限りなくベタだった。ベタすぎるシーンである。下手したらあの少女漫画系のキラキラとかが現れてくるかもしれなかった。


 真っ直ぐに才人に見つめられて、ティファニアは俯いた。正面から顔を見つめられると、どうしようもなく感情が湧きあがってくる。


 才人も自分の様子に気づいたのか、慌てて視線を逸らす・・・・・・のだが、自分でも知らずの内に寂しそうな顔をしていたのだろう。


 才人が目を向けてくるので、自分もつい応じてしまう。元通りになった。


 どうこうすることもできずに二人は固まっていたのだが、その甘い雰囲気は長くは保たなかった。


「久しぶりだな、使い魔君」


「あんたもかわいくなったねえ、ティファニア。えらくイチャイチャしてるじゃないの」


 突然、声と共に一陣の風が吹き荒れた。二人揃って思わず目をつぶる。


 現れたのは、ウエスト・ウッドで会ったフーケ、元素の兄弟。


 そして・・・・・・、ウェールズ皇太子を殺して、レコン・キスタがらみの戦争で自分が確かに、ゼロ戦の7,7ミリ機銃で撃ち落としたはずの・・・・・・。


 ワルド。


 その名前が浮かぶ前に、才人の体は勝手に動こうとした。だが、持てる全ての自制でデルフリンガーを押し留める。


 いくらガンダールヴとリーブスラシルを兼用し、僅かに残った地球の武器を使っても、ここにいる全員に一人で勝てるわけがない。そして、そんな暇もない。


 今まさに、ルイズたちの処刑が執行されようとしているかもしれないからだ。


「・・・・・・生きて、いやがったのか」


 才人は怒りを抑えて、声を絞り出した。噛み締めた唇から、血がしたたり落ちる。


「まあな。それよりも剣を納めてくれると助かる。我々は、教皇の命により君たちを助けに来ただけだ・・・・・・もっとも、魂を抜かれた状態ならば面倒なので殺してくれ、とも言われたがな」


「・・・・・・王子を」


「ん?」



「ウェールズ王子を、なんで殺した?」



才人は問いかけた。自分で出したとは思えないほど、妙に冷たい声だった。


「聖地に行くために、彼は邪魔だった。・・・・・・それだけだ」


「テメエ」


 思わず、才人は震えた。


 アンリエッタは、こいつのせいでウェールズ王子を失った。死んでいると分かっていても、国を捨ててついて行きたいとまで思った人を、あっさりと殺した。


 それなのに、眼前のワルドは悪びれた風もない。最初に俺に向けて言う言葉はそれか。姫さまに伝える、謝罪の言葉さえもねえのか。


「相棒、やめろ」


 制止の声も聞かず、才人は中途半端に抜いているデルフリンガーの刀身を思いっきり握り締める。ボタボタと血が滴り落ちる。痛みは感じなかった。


 しかし、このワルドを殺したところでウェールズが戻ってくるわけもないことを、才人は痛感していた。


 復讐は、何も生まない。ここでワルドを殺すのは、単なる自己満足にしかならない。


 アリィーを出会い頭に殴った時の自分だったら迷わず切って捨てていたのだろうが、今は違った。自分の過失によるティファニアの大怪我、ファーティマの血塗られた復讐。


 そういうものを見てきていた才人は、情に流されて行動する事の愚かさを知るほどに成長していた。


 こいつらは、少しでも救出が不可能と感じたら速攻でルイズたちを殺すのだろう。


 それならば戦うよりも、利用した方が都合がいい。


 そう考えたことを姫さまに悪いと謝罪しながらも、才人は元素の兄弟の方を見やる。


「それは分かるけど、元素の兄弟」


「何だよ」ドゥードゥが答える。


「お前らは、トリステインの貴族に俺を殺すように頼まれたんじゃないのか?」


「確かに僕たちは殺し屋だけど、無益な殺生をするのは嫌いだ。どうも面倒くさい」


「それに、教皇はお前らを助けると貴族どもの二倍の金を払ってくれるそうだ! 何とも美味しい話じゃないか!」


「でも、どっちかというと生きているお前と殺り合いたかったけどな! 一緒にエルフと戦うのも面白い!」


 ダミアン、ジャック、ドゥードゥの順に話を引き継ぐ。


「お前ら・・・・・・」


 そんな三兄弟に呆れていると、不意に体が少し軽くなった。


 おそらく疲労で震えている自分の膝を見かねて、ジャネットが水魔法をかけてくれたのだろう。この場に水の使い手は一人しかいない。


 そんな兄弟とフーケを見つめ、才人は確認する。


「ということは・・・・・・、お前らは臨時的に味方と見てもいいんだな?」


 一同はほんの少しだけ、首を前に傾ける。ワルドだけが頷かない。自分たちを殺す方を望んでいたのだろう。


 才人は向けられる氷のような視線を受け流し、そのまま“評議会”へ向かおうとしたのだが、できなかった。


 恋人の命を左右する貴重な時間を割いても、目の前の隻腕のメイジに尋ねたいことがあったのだ。


「ワルド」


「・・・・・・何だ」


「・・・・・・何のために、レコン・キスタに入った?」


  ウェールズ王子を殺してまでもワルドが入っていようとした、組織。しょうもない答が返ってきたらみんなを助け出した後で、有無を言わさず叩き斬るつもりだった。


 ワルドは虚空を見つめると、才人の問いに答えるべく口を開いた。


「私は、聖地に行きたかったんだ・・・・・・」



 それからフーケに話したのとまったく同じ話を才人に繰り返すと、ワルドは一息ついた。


「これが私がレコン・キスタの一員になった成り行きだ。誰よりも早く、何よりも速く、母を苦しめた何かを知りたかった。納得したかね?」


「それって、大陸隆起だろ? お前ももう知っているはずだ」


「違う、母はずいぶん昔からそんなことは知っていた。余程のことがなければ、俺が死ぬ前にはそんな事は起きないと。それでも狂った母は俺のために、「聖地に行け」と言っていた。・・・・・・聖地には必ず別の、何かがある」


 ワルドはいったん言葉を切ると、才人に向き直った。


「ウェールズ王子にはそのための踏み台となってもらった。それだけの事だったが、悪いとも思っている」


 才人は一時閉口していたが、言葉に応える。


「わかった。一応、お前らの事は信用しておくからな。こんな時に限って俺を裏切るんじゃねえぞ」


ワルドが何か言おうとする前に、才人は駆けだした。


「特にワルド、お前には姫さまに会って謝ってもらう! ・・・・・・話はここまでだ! 時間がない!! ついてきてくれ!!!」



 木の枝を踏み折る音、落ち葉を踏みしめる音が遅れて聞こえてくる。ただでさえ疾いガンダールヴに、リーブスラシルを重ねて限界まで力を引き出した結果だった。


 ティファニアには負担がかからないように、才人はデルフリンガーで風を逸らしながら走る。


 元素の兄弟、フーケを負ぶさったワルドも続いた。限界速度に達した才人から距離を保っている。


 どうやら全ての魔力を速度に回すと、同等のスピードになるらしい。


 ワルドも同じだ。フーケを抱えているのに、まったく速度を落とさない。恐らく風の魔法を極めたのだろう。


 そんなやつらに剣を向けるのを抑えたのは正解だったと思いながら、才人は森の中を駆け抜けていった。


 

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