才人の異世界大返し


 ・・・・・・半日後。 

 

才人に教えられ、ルクシャナはみるみるうちに上達した。


 やはり頭が良いというだけあって学習速度は速く、運転の精度はもう才人とほぼ変わらない。さすがはエルフといったところだが、その事実はルクシャナの鼻を伸ばしていた。


「あはははは!」


 左、右、宙返り。曲芸のようにゼロ戦を旋回させ、有頂天になったルクシャナは笑う。


「ちょっとはテファに気ぃつかえよ!」


 才人は機体に手を突っ張りながら叫ぶ。


 元々全快とはほど遠い体調にこの荒すぎる運転だ、よほど堪えたのだろう。ティファニアは猫のように身を丸めて縮こまっていた。


 見かねた才人が姿勢を安定してもらうために彼女を自分の膝元に座らせなければ、今頃どうなっていたかわからない。最悪の場合、傷口が軽く開くまであった。 


 にもかかわらず、ルクシャナは背後を振り向こうとしない。目の前の計測器、レバー等々に夢中になっている。


「どう、すごいでしょ! エルフである私が本気を出したら、蛮人の技術なんてこんなもんよ!」


 なんか癪に障った才人だったが思い直す。正しく評価しないのならば公正じゃないし、ルクシャナの機嫌を損ねてしまったら後が面倒だ。


 だが同時に、才人はティファニアの為にもこのエルフの小娘の鼻を軽くへし折って、通常運転させなければならなかった。(実際、年齢には二倍ほどの差があるのだが)


 なので、才人は適当な返事をすることにした。


「おーすごいすごい」


「・・・・・・馬鹿にしてるみたいに聞こえるけど、まあいいわ」


 そういいながらも、ちゃっかり肩を振るわせているルクシャナ。


 高貴なるエルフは、下等である蛮人の戯言になんか耳を貸さないの。うん、貸さないの・・・・・・なんてぶつぶつ言いながら、操縦とは何も関係のないスイッチをカチカチカチカチ、オンオフオンオフしている。


 どうやら少し怒らせすぎてしまったようだが、運転はマシになったのでまあ良しとした。


「辛かったら俺に言えよテファ。・・・・・・といっても、俺にできるのは背中をさするぐらいしかねえけどな」


 才人はティファニアの様子を見ながら言う。先程よりも若干血行が良くなっているように見えたので何よりだ。


「うん」


ティファニアは気恥ずかしそうにもじもじしながら頷く。


「嬢ちゃん、ぶっちゃけ今の心境は? 仲直りできた相棒の膝に座って優しい言葉をかけられることについてどう思う?」


 デルフリンガーが出てきて、会話に口を突っ込んできた。


「チャカすなよデルフ! それが言いたいが為に出てきたんだろお前!!」


 本体が日本刀に乗り移ってからというものの、デルフリンガーは自分で会話に参加できるようになった。


 旧デルフリンガーのつばには留め具が付いており、(話す時はそこが口みたいに動いていた)納めると自動的に刀身が引かないと鞘から抜けない仕組みになっていた。


 だが、ブリミルからもらった日本刀の鞘は緩い。身をかがめるだけでも自重で少しだけはみ出るのだ。


 戦闘に支障が出るほどの事でもないのだが、デルフリンガーはこれ幸いとしょっちゅう脈絡なく口を挟んでくる。うるさかったが、旧のときに鞘に閉じこめっぱなしだったことを考えるとそんなことは言えない。


 才人は軽く言葉をいなそうと、ティファニアに話を振る。


「ったく・・・・・・テファもこんな事に真面目に答えなくて」


「えと・・・・・・、その・・・・・・」


「だから、無理に答えようとしなくていいから!」


 あれだけ固執していた操縦桿から顔を上げ、さらにルクシャナが割り込む。


「本当に、あなたたちっていいカップルね。子供ができたら見せてくれる?」


「うっ・・・・・・・・・・・・」


 才人は言葉に詰まった。


 ここは頭ごなしに否定しなければならないのだが、小舟の上で言った言葉が邪魔をした。


 “人を好きになることは、悪い事じゃない”


 そう言った手前、自分の言葉を曲げることはできない。


 さらに、ティファニアの純粋な好意を踏みにじることもまた、才人には不可能だった。


 再び、ルイズを裏切ってしまったという罪の意識が心を重くする。


 俺もテファも何も悪い事してないのに・・・・・・いやしたけど。あれって不可抗力ってヤツで、少なくとも平賀才人個人がデルフリンガー曰く悪い男な訳で。ティファニア・ウエストウッド嬢にはなんの罪も無い訳で。


「いやあ、懐かしいなあ。最後に乗ったのはいつだったっけなあ・・・・・・」


 騒ぎを引き起こした張本人? のデルフリンガーはものの見事に会話から外れて高みの見物をしていたが、ふと口をつぐんだ。


「相棒、なんか前からやって来てるぜ」


 才人は前方を見た。

「・・・・・・んん?」


 しばしの間空を眺め、すぐに驚愕の表情を浮かべる。


 雲を挟んで、距離数リーグはなれたところに数隻戦艦と、大量の竜騎士の姿が見えた。才人が知るはずもないが、周囲の見張りのために呼び出された第一戦隊の姿だった。


 すでに才人たちはアディールの近郊に入っていた。


「ルクシャナ! お前“反射”か、そんな感じのバリア張れるか!?」


「こんな大きい物になんてかけられないわよ! わたしは、が、く、しゃ!! 」


「使えねえなオイ!」


「何よ、馬鹿にしてんの!!」


 慌てふためく間にも、ゼロ戦の姿を確認した竜騎兵たちが一斉にこちらに突進してきた。あれだけ大騒ぎを引き起こしたのだ、不審なものは即座に破壊せよとでもふれているのだろう。


 相手はエルフの戦隊。いくらアルビオン上陸の時の二倍積んである「空飛ぶヘビさん」と機関銃二門、さらに復活した二十ミリ機関砲がついたフル装備のゼロ戦でも、そう簡単に勝てる相手ではない。


 才人はルクシャナの隣に来ると、座席の側面から数個の手榴弾と漆黒のスナイパーライフルを取り出した。戦争中に相手に武器の情報を与えないためだったのだろう、どこ産だの型の番号だのは表示されていなかった。


 才人は風防を開けた。トップスピードで飛んでいるので思わず吹き飛びそうになったが、ティファニアが腕を掴んで支えてくれた。


 そのまま才人は手榴弾を空中に、具体的には先頭の竜騎士たちの鼻先に思いっきり放った。そしてすぐさまライフルを構えると十字スコープを見ながら、安全ピンを狙撃する。


 一番先頭の竜騎士は途惑い思わず投擲物を攻撃しそうになったが、一瞬躊躇する。一見黒い果実のような手榴弾は、その間を狙ったように破裂した。発煙手榴弾だった。


 煙はそのまま周囲にもくもく広がり、後に続く竜騎士たちが煙に飲み込まれる。


「やっぱ、すげえな・・・・・・」


目の前に広がる煙幕を眺めながら、才人は感慨にふけった。


ただ思いっきり投げただけで、目測500mぐらいはいっただろう。それを寸分狂わずに打ち抜けた動体視力も、洒落になっていない。


 人体の限界なんか軽く超え、化け物じみていく自分の体。才人は不安を覚えたが、デルフリンガーの言葉を信じてもみ消す。


 次に才人は、ルクシャナの横から二十ミリ機関砲弾のスイッチを押し、煙の中から慌てて飛び出してきた竜騎兵の群れめがけて撃ち込んだ。彼等は視界が塞がった事による混乱によってほとんど戦意を失っていたが、才人は冷酷に徹した。


 自分が守るのは、ルイズだけじゃない。


 後からくるであろう水精霊騎士隊の面々、指揮を執って自ら先陣を切るアンリエッタ。そのすべてを守るために、できるだけ戦力は減らしておかなければならないのだ。


 コルベールお手製の銃弾は、驚くことに発砲と共に轟音を放って広範囲に弾け飛んだ。一つ残らず竜騎士達を蜂の巣にして、戦いから脱落させる。


 発砲音で未だに煙の中で静止しているエルフたちが怯んだのを確認すると、才人はすぐさま「空飛ぶヘビさん」を続けざまに発射する。


 才人の反撃に出る隙さえも与えない疾風怒濤の攻めに、数十騎いたほとんどの竜騎士は打ち落とされた。しかし、空飛ぶヘビさんを魔法を使って手前で起爆させたり、かわされたりして十数騎が空中に残っていた。


 その背後の戦艦から、さらに竜騎兵がわらわらと巣を壊された蟻のように出てくる。


才人たちは応戦する。だが空飛ぶヘビさん、7,7ミリとコルベールが取り付けた計四門の機関銃、特製銃弾の二十ミリ機関砲を使い切っても、竜騎士たちはまだ半数ほどいる。


 これじゃあ、埒があかない。


「ルクシャナすまん! 戦艦の下に、回り込んでくれ!」


 才人はもう目の前の敵を放置して、本体である戦艦を攻めることにした。


 ルクシャナ操るゼロ戦は、あり得ない速度で突き進んでいく。正面から先住魔法を唱える捨て身の猛者もいたが、その覚悟と魔法はデルフリンガーによってあえなく吸収され、すれ違いに剣の峰を腹部に叩き込まれる。


 魔法が効かないとわかると、戦艦内のエルフたちはこちらに向かって銃弾の雨を浴びせてきた。だが、最高速度のゼロ戦には掠りもしない。


「ほら見なさい! こんなすぐに未知の機械を乗りこなせるわたしって天才!」


「ヘいヘい」


 才人は口を開き、こっそりそう呟く。ルクシャナが得意げに操縦しているが、実際にいくら速くてもこれだけ発砲されているのだ、当たらない訳がない。


 才人は交互に閃光弾と発煙弾を投げ、ライフルで打ち抜いていた。光で追ってくる竜騎士の大軍をせき止め、発煙弾を艦内に投げ込み艦からの発砲の狙いを狂わせる。艦内のエルフたちは混乱の最中に慌てて発砲するが、そんなものいくら撃とうが当たるはずもない。


 それでも数発はゼロ戦に向かってくる。才人はそれらをリーヴスラシルを最大限に駆使し、銃弾を銃弾で弾くという荒技で防いだ。よくそんなことできたな、と自分でも思う。


 ・・・・・・結果、背後の竜騎士たちに艦がデタラメに放った流れ弾が次々と当たり、同士討ちが始まった。


 混乱の最中、才人達は狙いを定めていたもっとも大きな戦艦にたどり着く。積んでおいたロケットランチャーを数丁取り出すと、船底すれすれにたたき込んだ。


 鯨竜艦とは違って装甲が薄いのか、一発目ですでにヒビが入り、割れ目から風石が露出していた。次いで数発入れるとやけにあっさりと、そのフネは空中に風石を撒き散らしながら少しずつ落下を始める。


 巨大戦艦がゆっくりと降下していく様子を見て、周囲の艦にも動揺が走る。


 その隙にゼロ戦は空高く舞い上がり、手榴弾を巨大戦艦とその他の艦上に投げまくった。実害は大した事がないのに、甲板は悲鳴に包まれる。


「よし、進むぞ」


才人はある程度の打撃を与えたのを確認すると、艦隊から離れた。エルフとはいえ殺したくないし、もう自分たちを追撃しようとする余力など欠片も残ってはいないだろう。そう考えたからだった。


 ゼロ戦は再び、評議会へと最高速度で突き進んでいく。



「・・・・・・どうして、こうなった」


 本国艦隊総司令のハボック将軍は、状況を整理しきれずにいた。


 眼中に写るのは、甲板上に広がる煙幕。


 聞こえてくるのは、混乱による銃弾の発砲と、それによって煙の前方にいる竜騎兵が倒れる同士討ちの罵りあい。


 ハボックは思い出す。


 ・・・・・・自分は確か、アディール付近で先程一騎の妙な竜騎兵を確認したはずだった。


 彼は第二艦隊が蛮人のフネにやられたのは聞いていたので、すぐさま号令と共に蜂の巣にした。あっけなく竜騎士は視界から外れた。


 ハボックは、自分は決して高慢ではないと思っていた。決して奢らず、どんな相手でも自らの持てる最大の戦力を駆使して指示に従う。臆病な彼はそうやって、空軍の主席まで登り詰めたのだった。たった一隻の蛮人のフネに、“悪魔の業”を使われて全滅した若造のアムランなどとは格が違う。


 だから彼は艦の周りに侍らせていた竜騎士たちを先行させ、射程距離に入るとすぐに攻撃命令を出した。


ハボックは実績を上げてきた次席の失態を鼻で笑い、優雅に高級そうな揺り椅子に腰掛けた。


 どんなに強力な魔法でも、砲弾の射程距離に入った瞬間攻撃すれば破壊出来たのだろう。だが彼の事だ、恐らく自惚れに自らを滅ぼされたか。


「まったく、いい気味だ」


 そうやって、ここにはいない彼に陰口を叩いていた。


 しかし、状況は一変した。


 大きな衝撃に足下を叩かれ、ハボックは椅子から転げ落ちた。


「何事だ!」


 いきなりの出来事。倒れた身体を起こすと、窓越しに見える甲板は発煙で曇っていた。


 煙が少し晴れると同時に、息せき切って一人のエルフが艦内に飛び込んできた。


「先程の一騎の攻撃です! 全ての砲門の一斉射撃により視界から消え撃墜したと思われましたが、異常なほどの速さで艦の下方に回り込んでいたようです! すでに他一艦の風石に多大な損傷が出ており、墜落寸前であります! この艦の被害も相当な物です!」


「ふざけるな! そんな訳があるか!」 


 そう叫ぶと自分はエルフを突き飛ばし、慌てて甲板から身を乗り出したのだ。


 ・・・・・・そして、今に至る。ハボックは脳内で記憶の再生を止めた。


 彼は再び、辺りを見回す。戦艦の遙か後方に、視界から外れた筈の先程の竜騎兵が見える。


 どうやら、ある程度の打撃を与えられたので先に進むようだ。アディール付近の竜騎兵はあらかたこのフネに積んでしまったし、あの速さには誰も追いつけない。


 状況は凄惨なものだった。


 訓練に訓練を重ねた空の戦士たちは去りゆく敵を恐れ、逃げ惑っている。誇りだのプライドだのは、そこには欠片も、残っていなかった。


「くそっ!」


 自分たちが一人の蛮人に情けをかけられた事実を噛み締めながら、ハボックは甲板に足を思いっきり叩きつけた。


「使える竜騎士の半分を、追撃部隊として回せ! 我らエルフを辱めた罪、償わせてくれる!!」


 竜騎士たちが次々と、ボロボロの艦隊から才人の追撃に飛び立った。


「この借りは返す。死んで贖ってもらうぞ蛮人ども!」


 ハボックは背を向け去っていく竜たちに、声と共に自らの憤怒と殺意を送った。


 ・・・・・・その数時間後、体勢を立て直すために軍を基地に向かわせる半ばに、突如現れた謎の艦隊によって撃堕されるとはハボックは夢にも思っていなかった。

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