以下未修正

コルベールからのおくりもの


第四章 才人の異世界大返し


「え~っと、確かここら辺だって・・・・・・、あった!」


 軍港サン・マロンの桟橋に着き、才人は足を止めた。懐かしのヴュセンタール号だが、感傷に浸っている暇はない。


 あれからすぐに左目のルイズの視界は状況は知らせたとばかりに消え、今ではルイズたちがどうなっているかは分からない。「急いでいる」と自分で実感し続けていなければ、気が狂いそうだった。


「え~、へリカ・ソイッタン殿でしたかな? 本日はどのようなご用件で?」


 急いでタラップを駆け上ると、再び艦長が出迎えてくれた。うろ覚えも手伝って名前が原型からかけ離れているが、いまはそんなことはどうでもいい。説明する暇がないので、才人は忘れ物を取りに来たとだけ言った。やっぱり案内してくれるのはあの甲板士官だった。


 ヴュセンタール号の片隅にちょこんと置いてあったのは、紛れもなくゼロ戦だった。


 ここまで連れてきてくれた甲板士官に礼を言うと、才人はすぐにゼロ戦の状態を確認し始めた。


 さすがはコルベール、才人がド・オルニエールでのんびりしていた時も改造を続けていたのだろう。ガソリンを入れさえすれば、いつでも乗れる状態に整備してある。


・・・・・・ よく見ると、小さい筒が所狭しと主翼の裏に貼り付けてあった。それが空飛ぶヘビさんの小型版だということは、才人にはすぐにわかった。


 更に主翼を見つめていると、等間隔に小さい穴がたくさん開いているのに気付いた。ロマリアのカタコンベで見つけた何丁かの地球の銃の銃身が、その穴からにょっきりと伸びていた。


 埋め込まれていたのが拳銃だったならば弾数が限られているので意味はあまりない。だが、それは才人が重いという理由で使わなかった連射式の機関銃だった。


 これならば、銃弾がひとつなぎになっているので弾切れの心配はほとんどない。

 

すげえな、と才人がコルベールの匠の技に感心していると、弾切れで使えないはずの二十ミリ機関砲の先になにやら紙切れがくっついていた。


 ・・・・・・文字が書いてあったので、読んでみる。

 

 サイト君へ。 


 風石でこの世界が浮く。エルフの土地から“聖地”を取り戻さなければいけないなど、最近何かと物騒だ。


 よって、もし何かきみが入り用になった際いつでも使えるように、これを勝手に改造させてもらった。


 中でもわたしが一番手をかけたのが、その銃弾だ。


 すばらしい仕組みをわたしは発見して、その技術をこの銃弾に注ぎ込んだ。是非使ってみてくれ。きっと君の世界の兵器にも引けをとらない出来のはずだ。どうやって作ったのか知りたいならば、きみが無事に帰ってきたときに話そう。



 ・・・・・・きみがまたこれに乗る時は、恐らく誰かを守る為なのだろう。



 わたしはいつでも、きみの味方だ。


 きみの思った通りに動かせるよう、最高の状態に仕上げてある。


 他人事のようだが、頑張れ。そしてくどいようだが、生きて返ってこい。


 新しい世界を、共に見よう。


 コルベールからの手紙を読み終わった才人は、機関砲の装填口から何個か薬莢を取り出すと手のひらで転がしながら日光にあてた。寸分違わぬ角度で太陽光を弾く金色の反射光は、それが並大抵ではない手間と時間をかけて作られたことを才人に教える。


 ・・・・・・この言葉に応えるためにも、一刻も早く出発しなければならない。


はやる心に才人は手紙を丸め、ポケットにしまおうとすると、尾翼の方からゴソゴソと物音が聞こえた。


「ん、なんだ?」


一瞬気になったが、どうせネズミかなにかだろうと首を振る。すぐそばに置いてあった樽に入ったガソリンをゼロ戦のタンクに注ぎ込むと、もう準備はおしまいだ。


艦長に頼んでゼロ戦を甲板まで引き上げてもらい、才人はエンジンをかけた。どうやらここも改造してあるのだろう。風を送らずとも、プロペラがゆっくりと回転していく。


 戦争だった頃とは違いヴュセンタール号にはほとんど荷物は載っていなかったので、滑走路には困らない。


 前にいた空軍士官に、どいてくれ! と叫びながら、才人はゆっくり操縦桿を引いた。


 機体は装備の分だけ重く、なかなか持ち上がらなかったが何とか離陸した。


  みるみるうちに、ヴュセンタール号は小さくなっていく。


 ふう、と才人は息をついた。ティファニアには悪いが、けが人を連れて行くわけにはいかないし、あそこで待ってもらった方が安全だろう。


「す、すすすごいわ!」


 だが突如、背後から叫び声が聞こえた。


「こんな乗り物が、空をこんなに速く飛ぶなんて! ついてきて正解だったわ!」


 そういえばタルブの村の上空で、竜騎士を撃墜した時も似たような事を言われたなあと才人は思った。


・・・・・・半ば諦めて振り向くと、そこにはやっぱり、ルクシャナがすまし顔で乗っていた。


・・・・・・というか今更気づいたが、座席の後部がやけに広い。機関銃をどかして身体の小さいルイズがやっと潜り込めるスペースだったのに対し、今では2,3人は乗れそうな空間がある。


「あのなぁ、お前怪我人だろ? アリィーと一緒に居ろって言ったはずだよな? あと広げた空間元に戻せ、空気抵抗で機体がイカれる。それと重量オーバーだから今すぐ降りろ」


「海竜船のことアリィーから聞いたでしょ? あれと同じことをして空間を少し広げたの、外部に影響は与えてないわ。あと重さに関しては、重力がほとんど体にかからない魔法をかけたから問題ないし」


「んなめちゃくちゃな! ってかアリィーはどうすんだよ!?」


「一緒に行くって言っておいたから問題ないわ。反対されたけど、まあそのうち許してくれるでしょう」


「……お前なぁ・・・・・・」


「それに、一番最初に言ったでしょ。「必ずわたしと一緒に行動を共にして」って。あなた、あの時誓ったの忘れてないわよね?」


「うっ・・・・・・」


 ルクシャナに詰め寄られ、才人は困った。そう言われるとぐうの音も出ない。というか、アリィーが可哀想すぎてたまらない。


 才人がここにはいない彼を哀れんでいるのを尻目に、高飛車なエルフは話を続ける。


「ちなみに、言い出したのはわたしだけど、実行犯はわたしじゃないわ。・・・・・・もういいでしょ、出てきなさい」


ルクシャナがそういうと、隣からひょっこりティファニアが顔を出した。才人は驚く。


「テファまで!」


「サイト、なんでわたしを連れてってくれなかったの?」


いきなりな少し強めの口調に、才人はたじろいだ。ティファニアは、珍しく怒っていた。


「わたしが怪我してるから? 足手まといだから?」


「ち、違う! ・・・・・・またテファを、危ない目に遭わせたくなかったんだ」


生暖かい血、軽い身体。目の前の少女を竜の巣で抱きしめた感覚が蘇る。・・・・・・自分の手が届く所で大切な人が傷付けられるのはもう、嫌だった。


「じゃあなんで、サイトは一人で勝手にいこうとしたの? わたしにとってもみんなにとっても、サイトは大切なひとなのに」


才人が言い訳をする間もなく、ティファニアは続ける。


「わたしもサイトに危ない目に遭ってほしくない。だからわたしも一緒に行く。危ないなら守って。主人を守るのが、使い魔の仕事でしょう?」


 そこまで言い終わり、ティファニアは自分が少し言い過ぎたことに気付いた。


 才人は自分の言葉に罪悪感を覚えている。顔に出てはいないが雰囲気や些細な挙動などでわかるのだ。そして、ティファニアはそれを読み取ることに長けていた。


それにサイトにとって、本当の主人はルイズだけだ。自分は後付けのおまけに過ぎない。


 そんなことはわかっている。だが、才人の隣に居る言い訳に少しでもなるならば、その立場を使わないわけにはいかなかった。


 普段より一層気恥ずかしそうに目を伏せ、ティファニアはか細い声で言う。


「サイトがあのとき、どういう気持ちでわたしに足手まといって言ったのかは知ってる。でも、もう言わないで。わたし、すごく悲しかったんだから」 


 「・・・・・・い、いいのか? 俺のせいで、あんなに酷い目にあったのに・・・・・・」


 未だにその細い腰には、生々しく包帯が巻かれている。それなのに、身体よりも心が傷ついたと言うティファニアに、才人は自分の間違いを悟る。焦り逸るあまりに自分は、彼女の気持ちを考えず更に傷つけてしまっていたのだ。


あまりにも情けなくて恥ずかしくて、自然と肩が深く落ち込む。そんな才人を、ティファニアは不安げにのぞき込んでいる。

・・・・・・関係のないことで、これ以上心配させることはない。気を取り直して笑ってみせると、ティファニアの顔も綻ぶ。よかった。これでやっと元通りだ。


「わかった。もう言わないし、置いてけぼりにもしない」


「ほんと? 絶対だよ?」


「約束する。・・・・・・それと、本当にごめん」


「っ! ・・・・・・い、いいの。わたしのことを考えてくれてたのよ、ね」


応える言葉に恥ずかしくなったのか、ティファニアの頬が赤く染まっていく。そんなことを言われると、なんだか才人も照れくさくなってきた。


 そういえば、まだテファは俺に惚れてるんだろうか。惚れてたらどうしよう。というかなんだかさっきから、空気が甘くなってきたように感じるのは自分の気のせいだろうか。・・・・・・気のせい、だよな? 


 もやもやするがどこか心地良い。そんな何とも言いがたいふわふわした気持ちを抱いていると、例によってマイペースなエルフが横やりを入れて雰囲気をぶっ壊してきた。


「ねえ、これからどうするつもりなの? 面白そうだからつい付いてきちゃったけど、わたしは何も考えてないわよ?」


漂っていたなにかがさっと霧散し、気まずくなった才人とティファニアはほぼ同時に顔をそらす。とりあえずはほっとしたが、空気読めなさすぎだとは思った。


・・・・・・とはいえ確かに、その事についてもどうにかしなければならない。 才人はしばし考えた末、いいアイディアを思いついた。


「・・・・・・なあルクシャナ」


「何よ?」


「お前、頭いいよな? 人のこと蛮人蛮人言ってるくせに、先住魔法もろくにつかえないくせに、頭悪いなんてこたあないよな?」


 挑発するかのように、煽るような口調で言う。案の定、ルクシャナは簡単に乗ってくれた。


「あ、ある訳ないでしょ! わたしは誇り高きエルフよ! どんなことでも一日・・・・・・、いや、半日あれば記憶出来るわよ! それと私は使えない訳じゃないわ! ただちょっと攻撃系の詠唱が上手くいかないだけよ! 馬鹿にしないで!」


「じゃあ、これ運転できるよな?」


「ええ、できるわよ! さっさと教えなさい! ・・・・・・って、え?」


「カスバの近くに行ったら、俺は飛び降りて、仲間を助けてからまたあの運河に向かう。だからお前は先周りして、運河に小舟を用意しといてくれ。それとできれば、これは“竜の巣”に運んどいてくれるか?」


 才人は言いながら思う。・・・・・・これは賭だ。


 もしあの艦隊がまだ“竜の巣”にいたら、自分たちは飛んで火に入る夏の虫。


 だが、“竜の巣”は恐らく聖地か、それに関わる重大な何かがあるはずだ。なので海兵たちは恐らくすぐに引き上げているだろう、と才人は確信していた。そんな危険な場所を、長々と漁っていたら何が起こるか分からないからだ。


「いいわよ、だからさっさとこの機械の操縦方法を教えなさい! 」


 ずっと興味があったのだろう。二つ返事で承諾し後部から身を乗り出すと、好奇心旺盛な子供のような目で操縦桿を見つめるルクシャナ。


 やっぱり、こいつはコルベール先生みたいな根っからの研究者なんだなと思う才人だったが、しかし本当にこのエルフ、堪えるということを知らないらしい。待ちきれないのかルクシャナは一層、才人をせかしてきた。


「ほら、教えるならさっさとしなさい! 蛮人だから説明出来ない、なんて言ったら怒るわよ!?」


「蛮人いうなっつってんだろ! んなこと言うなら教えてやんないからな!」


「だったら自分でやってあげるわよ! これを動かせばいいわけ?」


言うが早いか才人を押しのけ、操縦桿をグイッと引くルクシャナ。途端急上昇しようとした機体がバランスを崩し、ティファニアが叫び声をあげる。


「きゃああああっ!?」


「うぉおっ!? な、なんちゅうあぶねえマネしやがんだ!」


「実際に触らなきゃ分からないこともあるの! で、つぎはどうするの? ほらほら、早く言わないと墜落しちゃうわよ!?」


「上等だてめえ、“竜の巣”についたら覚えてろよ!?」

 捨てゼリフを吐きながらも、仕方が無いので才人は教え始める。


そうやって、ゼロ戦は機体を少し揺らしながらもカスバめがけて疾走するのだった。



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