混沌極まる逃走劇
第6章 カスバの攻防戦
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いい加減来なさいよ! 可愛いご主人様大ピンチでしょうが!
あまりの体感時間に、ついにルイズはブチ切れた。押さえ込んでいた不安がじんわりと、怒りへと変わる。
こんだけ助けようとして命かけて、信用して待ってんのに! いくら助けた数がそっちの方が多いからって、こんなの全然割に合わないじゃない!!
子供のように足をバタバタさせながら、ルイズは心の中で文句をぶちまける。来る、きっと来ると待ち続けていたからこそ、爆発したその怒りは大きかった。
そうよ! 割に合わないわ! 一人死ぬなんて、寂しいじゃないの!
だから早く助けに来なさい! 顔見せてわたしを安心させなさいよ!! わたしに約束守らせてよ!!!
あんたが「先に死ぬな」とか言い始めたんでしょうがあの馬鹿使い魔ぁあ!!!!
杭に括られた仲間たちは困惑の表情で見つめ、ビターシャルは抵抗の意思と受け取ったのか、諦めを促すような寂しげな表情を送る。
しかし、事件は起こった。ルイズが蹴った砂がほんの少しかかり、目の前の呪文をかけていたエルフの靴を汚してしまったのだ。
当然、呪文をかけていたエルフは激高した。エルフ語で何か叫び、唐突に魔力を強める。
あっ、と思う暇もなく、ルイズの意識は急速に薄れていった。
心臓の音が、少しずつ遅くなっていく。
“ごめんね、サイト”
もうダメだ、とルイズは悟った。
・・・・・・だが、体に起きた異常はそこまでだった。
一陣の風が駆け、目の前に立っていたエルフたちが一メイルほど弾き飛ばされる。彼らは、そのまま辺りの戦士に衝突した。
気付けば視界と思考がクリアになっており、ルイズの手首には開放感が生まれていた。辺りをよく見ると、自分と皆の胸に付着していたはずの光球も消えていた。
何が起こったか分からず惚けていた看守は、すぐに気を取り戻す。
「・・・早く、早く殺せ!」
逃げられるかもしれない。その可能性があるなら即座に殺せばいい、と思ったのだろう。叫ぶと彼は、詠唱の指揮を執った。
風が圧縮し、刃の形を取り始めていく。
先住の風魔法“風刃”(ウインド・カッター)、一番詠唱時間が短く、攻撃速度が高い呪文だ。
メイジもよく使う魔法だったが、弾数と威力の桁は天と地程も違う。自然の力が凝縮されて生み出される風の刃は数を増し、詠唱者の周辺を旋回しながら留まる。
「・・・・・・やれッ!!」
かけ声と共に詠唱が完成し、何百という風の刃が唸りを上げて襲いかかってくる。
ルイズは思わず目を瞑ったのだが、一つも自分たちの所へ届かずに、石畳に叩きつけられていく。
一同が混沌としている中、百戦錬磨のタバサにだけは誰の仕業か分かっていた。
剣で吸い込まなかったのは砂埃をあげ、現状を把握する時間を稼ぐためだろう。瞬時に分析し、少しだけ微笑む。キュルケもそれを見て、口元に笑みを浮かべた。
やがて舞い上がった土煙の中から、一人の人影が現れた。
ルイズの瞳には、しっかりと平賀才人の後ろ姿が写り込んでいた。
「・・・・・・ギリギリセーフ、ってやつだな」
聞き慣れた声で一気に意識が引き戻され、現実が見えてくる。幻覚だろうかと疑ったが、それにしては生々しすぎた。
目の前の才人は、激しくむせていた。アディールの町中の大通りを走り回った代償なのだが、本人は一応悟られまいと我慢しているようだった。
「げほッげほッ・・・・・・、ルイズ、大丈夫か?」
ロマンチックの欠片もない再会。でも振り返ってもう一度優しく声をかけられた瞬間、感情が爆発した。ルイズは思わず、愛する使い魔に飛びつく。
「サイトっ!」
さっきまでの怒りはどこえやら、ルイズは濡れた目尻を隠そうともせずに、才人の背中を抱きしめる。ちなみにティファニアは空気を読み、すでに才人の背中から降りていた。
「サイトっ・・・・・・サイトぉっ・・・・・・」
確認するように、自分の名前を何度も繰り返すルイズがたまらなく愛しく感じ、才人は手の中のデルフリンガーを強く握り締めた。
この場にいる全員、何がなんでも守り抜かなければならない。
「大丈夫、絶対守ってやるから」
背中のぬくもりにふとした安心を感じて視界がにじみかけるが、それはまだ早いと自分に言い聞かせる。
それにしても、ワルド達がついてきていない。自分の背後のティファニアを任せるつもりで前方しか気にせずに爆走してきたのだが、どうやら置きざりにしてしまったようだ。
そうこうしている間にも、エルフの集団は円を描くように処刑台を囲んでくる。このままでは蜂の巣決定だ。
「でも、なんでテファまでここにいるのよ?」
「そんなのは後でいいだろ! どうすりゃいいんだ!!」
才人は魔法をデルフリンガーで吸い込む。しかしいつになっても正面からの攻撃のみで、背後に回られたはずのエルフからはなにも来ない。
疑問は続く。そしてなぜか、あれほど強く抱きしめていたルイズの腕が腰から離れた。
直後に、どちらの理由も才人は理解する。後ろにいる元素の兄弟たちに気が付いたからである。
「久しぶりだねルイズ。元気にしていたかい?」
「ワルド!」
ルイズは咄嗟に、才人の胸元へ潜り込んだ。才人の手元が狂い、才人の顔を“木矢”が危うくかすめる。
「ちょっ、危ねえ! 一個でもミスったら俺たち蜂の巣にされんぞ!!」
「だって、だってワルドが!」
「落ち着けって! ジュリオから、俺たちの救出隊っつーことでやって来ただけだ!・・・・・・一応、味方だ」
ルイズに説明しながら、才人は剣を振り続ける。一つだけ間に合いそうにない攻撃が飛んできたが、間一髪ドゥードゥーの“エア・シールド”が滑り込む。
「まったく・・・・・・、世話焼かせないでくれよ。割に合わない仕事になるだろうが」
「悪かったな! でもこっちだって一回殺されかけたんだから、お互い様だろう! っていうか、そんなに稼いでどうすんだよ!?」
「お前なんかには絶対教えないね。機密情報ってやつだ」
「はっ、そうかよ」
「何てったって、お前ら二人、この場から逃がすだけで28万エキューなんだぜ! こんな楽な仕事はないな!」
ジャックがいきなり口を突っ込んだ。まったくもって会話が噛み合わなかった。
“エア・シールド”だけでは抑えきれずに数本の「木矢」が空気の層を断ち切り、飛んでくる。
「ふんッ!!」
気合いと共にすかさずジャックが壁を錬成するが、矢は刺さった瞬間爆発し、瞬時に破壊された。それにしても、会話をしながらこういうアシストができるところは、さすがは“元素の兄弟”だった。
「っていうか、こいつらの魔法、なんでこんなに強力なんだよ! ビターシャルレベルの使い手はそういないってお前言ってたよな!」
「そりゃあ、ここはエルフたちの中心地だぜ。ありとあらゆる精霊たちに、前々から契約してあんだろ。多分、並のエルフでもここではそんくらいになるんじゃねえの? あ、ちなみに“反射”だけは特別で、たぶんみんな使えないから安心しな」
「それでも勝ち目ほとんどねえじゃねえか! 逃げるぞルイズ! シルフィード!」
「きゅい?」
「ここから十数リーグ飛ぶだけだったら、俺たちも運べるか!?」
才人は、状況について行けずに唖然としている韻竜に質問した。
「無理なのね! 頑張ってももう一人が限界なのね!」
シルフィードは変身を解き、翼を交互に振ってきゅいきゅい鳴く。
カスバに突入する時も、オストランド号から滑空したのでこの人数が乗ったのだった。
「だったらテファ、シルフィードに乗ってくれ!」
才人は振り返らずに、背後のティファニアに促す。 しかし彼女は、ハッキリと首を振り拒絶の意を示した。
「いやだわ! 私もここに残る!」
「無理だ! この状況で、俺は誰かを守りきれる自信がねえ! それに、テファしか砂浜への方角を知らないだろ!」
「でもッ・・・・・・!」
「頼む、後から必ず合流する! 早く乗ってくれ!!」
もうすでに、テファとルイズ以外は全員、竜化したシルフィードの上だ。
「ちゃんと生きて帰ってきなさいよ! 約束だからね!」
ルイズは思いっきり才人を才人に怒鳴りつけた後、ティファニアの手を引いて跨らせた。
すぐさまシルフィードは飛び立つ。ジャネットが球体状の水の壁を付けてくれたので、魔法が追撃してきても大丈夫だろう。
「さて・・・・・・と」
才人は辺りを見回してみた。ドゥードゥーとジャックは足止めをやめ、エルフたちが次々と張る結界を膨大な魔力で薙ぎ払って暴れ回っているし、フーケは以前よりも遙かに強そうな鋼鉄のゴーレムに跨り、孤軍奮闘している。ダミアンとワルドに至っては、二人でビターシャルと同等に張り合っていた。
アディールにかけられたルイズの“解除”はまだ影響を及ぼし、エルフたちは未だ本来の力を出し切れていない。しかしどこもかしこも、戦況は辛そうだった。
自分も、ルイズたちが“竜の巣”へたどり着けるまで時間を稼がなくてはならない。そう考えていると、ジャネットに尻をけっ飛ばされた。
「ほら、あんたもさっさと逃げるの!」
「お前らはどうするんだよ!」才人は流れ弾を反射で避けながら尋ねる。
その時、視界に入っていたワルドが“エアー・スピア”を唱えた。ビターシャルがそれを身を翻して避けた瞬間、ダミアンが隙をついて懐に潜り込む。
「ぼくらは君たちが逃げるまで時間稼ぎをする! ほら、受け取れ!」
小柄な体格なので容易だったのだろう、何かを掴んでこちらへ放り投げる。ルイズたちの杖だった。
才人はそれを受け取ると、後ろのジャネットに渡す。元素の兄弟の末娘はそれを水で包むと、既に点となったシルフィードめがけて打ち出す。これでルイズたちに杖は届くはずだ。
「ワルド! 君もついて行ってくれ! ここは僕たちで何とかする!」
「わかった」事務的にそう答え、後ろについてくるワルドを背に、才人は駆け出した。
「待て、貴様らを行かせる訳には、・・・・・・ッ!!!」
ビターシャルはすかさず先住魔法を唱え彼らを妨害しようとしたのだが、一瞬だけ、自分の意思とは逆に体が動かなくなった。
そして気付く。目の前にいる少年が、先程とは比べ物にならないくらいの圧倒的な殺気と膨大な魔力を放っていることを。
・・・・・・しかも、それは。
「・・・・・・なぜだ? なぜ、悪魔たちを助ける? なぜ、蛮人の分際で“大いなる意思”の力が使える!?」
ビターシャルは混乱と憤りを抑えきれずに、声を荒げて問いかけた。
「僕らは金が欲しい。ただそれだけさ」ダミアンは遠い目で答え、続ける。
「そしてもう一つの質問への答は、こうだ。君の主だった無能王の血族は、平民が魔法を使えるようずっと試していてね。大量の奴隷たちの骸の上に、たまたま僕たち兄弟が成功例になったってわけさ」
話しながら杖を空高く、放り投げる。
「そうさ。僕らは元々、メイジじゃない。改造されて無理矢理魔法が使えるようになった平民さ。だから見た目も年を取らないし、寿命もあと二十年がいいとこだろう」
つらつらと呪われた事実をダミアンは並べていく。だがその口調に、自分の運命に対する後悔やためらいといったものはない。
「僕は平民が魔法を使えないことを、おかしいと思う。・・・・・・だから、だれでも魔法が使えるような世界を作るんだ。具体的には、人体を作り直す。魔法が使える身体にね。 僕たちみたいな強い魔力を持とうとしなければ、寿命を削らなくてもだれだって普通のメイジ並の魔力を得られる」
ダミアンの計画に戦き、ビターシャルは硬直している。それはそうだ。人間のメイジが平民と比べて少なかったから、人口が少ない彼等エルフはなんとか蛮人と卑下できたのだ。
「今の僕たちにできない事なんてほとんど無いから、そういう無茶をやるのも面白いと思ったのさ・・・・・・。さて、もう質問は終わりかい? エルフとやるのはどうもこれが初めてなんだ。もっと楽しく、遊ぼうじゃないか!」
ダミアンは自らの身に宿す莫大な魔力を使い、笑いながら先住魔法を詠唱し始めた。
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