策略・・・・・・エルフ側


 ・・・・・・一向に晴れぬ砂塵の中。自らの役目を終えたルイズは杖を下ろし、戦況を見守る。

 突入と同時に唱える“解除”で、精神力を使い果たすことになるかもしれないと危惧したルイズは、足手まといにならないよう前もって待機を申し出ていたのだった。


・・・・・・大丈夫。きっと、うまくいく・・・・・・


 懸念すべきは流れ弾だが、ギーシュから借りたワルキューレが四方を守ってくれているので大丈夫だろう。メイジではないシエスタや、戦闘に不慣れなエレオノールにも等しく割り振られるべきだとルイズは提言したのだが、気を失ったらどうするの、と当の二人に押し切られた結果、自分には護衛として4体がつけられていた。

 

 シエスタが二体、姉さまは一体。ギーシュたちだって必死に戦ってる。・・・・・・そうよ。一番安全なところにいるならそのぶん集中して、みんなの援護を・・・・・・。


 とにかく余力があるうちは、黙って立ち尽くしているわけにもいかない。とにかく唱えられるだけ唱えようと深呼吸して、そこでルイズは自分の精神力が、想定以上に残っていることに驚いた。


 “・・・・・・なんだ、まだまだ大丈夫そうね。ついさっき“爆発”を唱えたばっかりだから、てっきりもうからっぽだと思ってたけど・・・・・・”


 それともこの建物自体に、大して精霊の力が込められていなかっただけかもしれない。あのヨルムンガンドを打ち抜く大砲を耐えきる以上、その魔力を打ち消すにはかなりの精神力が必要になると踏んでいたのだが・・・・・・


“わたしが担い手として、少しは成長したってことかしら? それともあいつがここにいるから、張り切っちゃってるだけ?”


胸の内からみなぎってくる力を不思議に思いはするものの、心強いことに変わりはない。何はともあれまずはこの場を切り抜けねばと、ルーンを口にしようとしたルイズだったが───突如としてはじけ飛ぶ目の前の銅像に、何者かの襲撃を即座に悟る。


 え? なに? 見つかっちゃった?


辺りを見回すも砂煙ばかりの視界では、どこから攻撃がきているのか見当が付かない。どうすればいいのかわからないままに、ルイズは懸命に何を唱えるべきか考え始める。



爆発? でも、外してほかのエルフにまで居場所を知られたら・・・・・・

解除? 見えない魔法をどうやって打ち消すっていうの?

幻覚? そんなの作ったって今さらどうにもならないじゃない!


使うべき魔法が定まらないのに、ルイズは逃げ出すことができない。強張る身体が言うことをきいてくれない。縫い付けられたかのように足が、床から離れてくれない。


 “こんなときいつも、自分を守ってくれたサイトはいない”


 思い浮かべてしまえばもう、その事実は頭にこびりついてしまって。みるみるうちに勇気のメッキが剥がされていき、不安が止まらなくなっていく。


 怖い。 こわい、こわ、い・・・・・・


 恐怖は瞬く間に余裕を奪い、ルイズは次第に混乱していく。隣にいない少年のことをどうしても、考えずにはいられなくなっていく。


“嫌、だ”


 あの使い魔に、サイトに、自分たちは一緒に死のうと約束したんだ。


 立ち竦んでいる間にも、ワルキューレは次々に火薬を詰め込まれた人形の如く、崩れ落ちていく。


“いや、イヤっ! まだ死ねない、死にたく・・・・・・ないっ!”


 気付けばその本能のままに、ルイズはテレポートを詠唱していた。どの方角に足を動かしても、その場に留まっていても、自分の身体も爆発するような予感がしたからだ。


 詠唱は、すんでのところで完成した。先ほどいた場所から聞こえる爆音に胸をなでおろすルイズだったが、しかしそれは当然といえば当然のことだった。


 ・・・・・・そもそも攻撃などではなくそれは、虚無に蝕まれたルイズの身体から無意識の内に溢れだした“爆発”だったのだから。


 とはいえ逃げ惑うルイズに、自らの不調に気づく余裕などあるわけもない。その後も銃声や爆発音などがするたび、怯えのままに会議室の中を転々と移り・・・・・・そして、偶然にもテュリュークの背後に現れてしまったその時、運が悪いことに視界が晴らされてしまった。


え? こ、このエルフってたしか、ギーシュとマリコルヌが人質にするはずだった・・・・・・


 視界に現れる老いたその背に慌ててあたりを見回すも、二人とも動けそうな状態ではない。気絶させた者たちの身柄を抑えておくのが精一杯らしく、未だに半分近くいる議員たちに杖を向けてにらみ合っている。


 タバサとキュルケもこれまたオストラント号が穿った大穴を背に、脱出を考えたエルフたちと応戦している。コルベールに至ってはあれだけのエルフをを沈めたにもかかわらず、ビターシャルの背後に回って首筋に杖を当てていた。


 エレオノールとだって会議室のドアを任されていたし、シエスタに至っては“解除”と視界の悪さで魔法が飛んでこないことをいいことに、ワルキューレに応戦する議員の背後から、本当に持ってきたフライパンを振りかぶり気絶させていた。


 ダメ、みんな持ち場から離れられない。だったら、わたしがやるしか・・・・・・


だが、そんなことが自分にできるのか? そもそも体を震わせ、声を揺らがせた少女が交渉役に立ったとして、一体誰が素直に応じるというのだ?


 自分には“ブレイド”も使えないし、虚無の詠唱には時間がかかる。戦闘能力がないと判断されて一斉に飛び掛かられでもしたら、最悪自分自身が人質となってしまう可能性まであった。


 ・・・・・・やはりこの老エルフは、議会の中でも特別な存在なのだろう。すでに残ったエルフたちの何人かが、少しずつにじり寄ってきている。 

 

 侮られたらそこで終わる。だからルイズは自分を非情に見せるべく震える肩を張り、意図的に表情を消して話すことにした。


「はじめまして、わたしが虚無の担い手よ。このエルフの命が惜しいなら、私の指示に従いな─」


 静かに告げるその宣告を終えるより早く、痺れを切らした議員が先住魔法を飛ばしてきた。間一髪間に合った“解除”でルイズはその脅威を空気に溶かし、続けて“爆発”を唱えエルフの足下を吹き飛ばした。


「~~~~~~~ッ!!!!!」


声なき悲鳴を上げ床をのたうち回りまわる議員を無視し、ルイズは距離を詰めてきた他の議員たちに視線を向ける。


「その長い耳はかざり? それとも悪魔、と言ってあげた方が分かりやすかったかしら? ・・・・・・あんまりわたしを怒らせない方がいいわよ。ここもさっきの戦艦みたいに、沈めてほしいなら別だけど」


そういうと口の端に笑みを滲ませ、ルイズはその杖の先をエルフたちに向けた。

 恐怖と躊躇いを相手に感じさせようという演技だったが、どうやら功を奏したらしい。互いに顔を見合わせる彼らからは、はっきりと戸惑いが感じられた。


「さて、どうするの? わたしこれでも優しいから、もう一回だけ聞いてあげるわ」


じりじりと後退していく議員たちに気づかれないよう、ルイズはふっ、と短く息を吐く。しかし変わらない表情の代わりに、額から汗が一筋流れた。


 気を抜くと膝が崩れそうなくらいの緊張、自分が担い手と知った議員たちの怨嗟の視線。あと一瞬遅ければ、確実に自分の命を奪っていた先住魔法。


 臆病な自分を必死に宥め、それでもルイズは虚勢を張り続ける。才人を助けたい。あの愛する使い魔に会いたい。その一つの思いだけで、ルイズの心は持ちこたえていた。


あとちょっと、もうすぐ。ここさえ切り抜ければ、あいつに・・・・・・


「これで最後よ! 拘束していたガンダールヴと、虚無の担い手を解放し、わたしの指示に従いなさい! さもないと・・・・・・」



「殺す、のかね? ・・・・・・いいじゃろう、やりたまえ」



 ・・・・・・張り上げたはずの声が、静かなその一言で押しつぶされる。

 場の視線が一瞬にして、囚われの身である老エルフの元に集まった。


「この場にいるわしらだけで済むのなら、大災厄が止められるのならば、この命、惜しくはないとも。ただし、人質も報復として殺されることになるでしょうがな」


当たり前と言わんばかりにこの場の全員に命を捨てさせようとする老エルフに、

ルイズは自分の瞼が一瞬にして釣り上がるのを感じた。


  温厚そうな雰囲気を醸していたその背中が、いつの間にか責任あるエルフの長としての貫禄のあるものに変わる。滲み出てくる覚悟に圧され、強がりを保てなくなりそうになったその時、叫ぶコルベールの声がルイズの耳に入ってきた。


「動くな、いったい何を取り出そうとした? ・・・・・・静かに手のひらを開けたまえ」


見ればローブの袖に手を入れたビターシャルの喉元に、コルベールが杖を押し付けていた。杖からほとばしる魔力に抵抗を諦めたのか、ビターシャルは能面のような顔をわずかにゆがめ、握りこんでいた手を離していく。


 ・・・・・・現れたのは、水晶だった。なんの変哲もない、ブドウの粒ほどの大きさのものだ。しかしコルベールはその水晶を見て一層警戒を強めた。魔法研究所が実験と称して渡してきた兵器はどれも、このように一見無害なものばかりだったからだ。



“先ほどの炸裂音から考えるに小型の爆弾か? それともガリア王をまねて精霊の力を、この玉の中に封じ込めているのか?


未知の物体にたじろぎはしたが、コルベールの判断は素早かった。

どんなものだろうと対処法はそう変わらない。この場から消せばいいだけだ。


「ミス・タバサ、ミス・ツェルプストー! 持ち場を捨ててこちらに来なさい!」


二人の生徒に声をかけると、コルベールはその手のひらから水晶をもぎ取ると風の力を纏わせ、自分たちが飛び込んできた壁の外へと投げ捨てようとする。しかし投げ捨てた水晶は突然その軌道をくるりと変え、あろうことかルイズの足下へころころと転がっていった。


「ミス・ヴァリエール! その水晶から離れるんだッ!」


 嫌な予感にコルベールは叫んだが、ルイズの視線はその水晶から戻らない。 光を放ち始めた水晶が空間に映し出すその光景から、ルイズは目を離すことができなかった。


───抜け殻になった、愛する使い魔の姿を。


「・・・・・・うそ」


 こんなものを見せられて、気を確かに持てるはずもない。一瞬で頭の中が真っ白になり、杖が手からこぼれ落ちる。


 テュリュークはその瞬間を見逃さなかった。くるりと振り返るとルイズに眠りの魔法をかけ、 そして周囲の蛮人の注意と、その手にある杖が再び自分に向いたのを確認すると、周囲の議員に向けてにこやかにほほ笑んだ。


「安心したまえ、皆の衆。老いたとしてもこのテュリューク、メイジ程度に後れは取らんよ」


 次の瞬間、炎の蛇、氷の嵐、風の刃、銅像の剣戟、巨大な火球などが一斉に老エルフに迫るが、そのすべてをテュリュークは言葉通り、瞬時に身に纏った結界で散らしてしまう。


 エルフの統領となるためには、選挙でえらばれることともう一つ。才ある者が精霊に親しむことで辿り着く境地、すなわち詠唱の破棄ができる者であることが含まれる。要するにテュリュークは精霊たちと契約せずとも、先住魔法をほぼ自在に使うことができたのだった。


(!? ・・・・・・まずい、まずいぞッ・・・・・・!!)


 唱えた魔法を無力化されたことに、コルベールは焦る。先程の言動によるとおそらく、山のように積んでいる人質は使いものにはならない。ビターシャルを引き合いに出してもきっと同様。彼らにとって、担い手の始末は最優先事項なのだ。


 いずれにしろ、統領の身柄を手放してしまったいま、全員が生き残るには退却以外は愚策だ。だが教え子を見捨てる選択肢なんて、そもそもコルベールにはありはしなかった。


 “なんとしてでも彼女を助けねば。サイト君に会わせる顔がない!”


 愛する生徒を救うため、かつて炎蛇と呼ばれた男は捨て身になる覚悟を固める。とにかくまずはこの細身のエルフを無力化せねばと、その首めがけ杖の尻を叩き込もうとするコルベールだったが、視線を戻した時には既に、拘束していたはずのビターシャルは視界から消えていた。


「なっ!? い、いつの間・・・・・・にッ・・・・・・」


 驚愕する暇もなく感じたのは、眠気だった。まどろみに思考を削られながらも再び砂煙を舞いおこそうとするが・・・・・・時すでに遅し、生徒たちは目の前でパタパタと倒れていく。


(・・・・・・くッ・・・・・・しまっ、た・・・・・・)


 せめて一矢報いようとテュリュークに向かおうとするが、力が入らないのでは足も動かず、姿勢を崩したコルベールは座り込んでしまう。


(・・・・・・このままでは・・・・・・全、滅・・・・・・)


襲い掛かってくる睡魔を振り払おうとするも、抵抗は無意味だった。瞼が重くなるとともに何も考えられなくなっていき・・・・・・コルベールたちは深い眠りについていった。








「・・・・・・ふう、内心ヒヤヒヤしたわい」


 最後の襲撃者が床に倒れたのを見届け、わざとらしく額をぬぐってみせるテュリューク。蛮人じみたその仕草に一部の議員が眉をひそめるが、その様子すらもこの老エルフは楽しんでいるようだった。


「お疲れ様でした、統領閣下」


気絶した議員たちの被害を確認しながら、そんなネフテス統領にビターシャルは声をかける。


「やはり、蛮人でいう“やくしゃ”のように演技をするのは難しいの。挑発に乗ってむやみな殺傷をしないでくれたからよかったものの、ガラにもない事をした・・・・・・そうじゃと思わんかね? エスマーイルくん」


 テュリュークは苦笑しながら、隅にいる短髪の議員に話を振る。


「いえいえ、大変お上手でしたとも。まあ一つ不満があるとすれば、わたくしに事前に伝えてくれなかったことですかな。仲間外れにされると、いささか心外に感じてしまうもので」


身体についた埃を払いながら、エスマーイルはいやみったらしく呟く。


「それにしてもすばらしき案でしたな。スキルニル、でしたかな?」


「うむ。尋問の際に採っておいた血液があってな、それを元に動揺を誘ってみたのじゃ。発案者はビターシャルくんじゃ」


「なるほどなるほど、この場に人質がいないと知られてはやつら、すぐに逃げ出していたでしょうからな。まさか悪魔どもも我々の中から、悪魔の逃走に手を貸す異端者が出たなんて知るわけがない・・・・・・と、ビターシャル殿は思われたわけですな?」


「・・・・・・ええ、なりふり構わぬ彼らの様子から、悪魔というよりは人質そのものに執着しているように見えましたので。わたしはそこを突いただけのことです」


 嫉妬と侮蔑の入り交じった皮肉を受け流し、ビターシャルは老エルフに向き直る。


「ところで閣下。こやつらは、どのように致しましょう?」


「そうじゃな。・・・・・・気の毒じゃが、とりあえず監禁するほかあるまいて」 

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