仕組まれた邂逅
第三章 真相を知る者
カリカリカリ。
カリカリカリカリ、カリカリカリ。
何かを削っているような音で、ルイズは目を覚ました。
音のした方角を見ると、ギーシュとマリコルヌが壁を向いてうずくまっている。
さらに辺りを見回すと、みんなの姿があった。キュルケにタバサにシルフィード、シエスタにエレオノール、コルベール・・・・・・全員いる。寝ていたのは自分だけのようだ。
「まったく、壁に穴を開けようとするなんて風呂を覗こうとしたあの時以来だな」
隙間なく積んである石の間にスプーンを突っ込みながらギーシュが呟く。だがエルフたちの建築技術は相当なものらしく、牢屋の壁からは砂粒一つ落ちてこない。
「それもそうだね」
マリコルヌはやってられないといった風に文字通りサジを投げ、ごろんと寝転がる。そしてふと、こんなことを言い出した。
「・・・・・・そういえば、なんであの時サイトは“お前ら見るなぁあああああ!”なんて言ったんだろうね?」
「サイトはルイズの動作に見覚えがあって、立ち上がるのを予測したからだと思うよ?」
顎に手を当てながらギーシュは冷静に分析した。
「それに、きみだって好きになった女の子のハダカなんて誰にも見せたくないだろう?」
「そうだねぇ・・・・・・いやでもどちらかっていえばぼく、見るより見られたいかナ。・・・・・・ねえ、お姉たまならわかるでしょ? 見るより見られたいこのキ・モ・チ」
「はいはい、勝手に言ってなさい。そもそもあなたにその機会がないんじゃ、からかおうったって逆に滑稽よ」
ぴょんと跳ね起き、自分を抱きしめて体をくねらせるぽっちゃりさんに取り合わないエレオノールだったが、しかし続く煽りには耐えられなかったらしく、ピシリと青筋をこめかみに走らせた。
「いや、それを言うならお姉たまだって同じでしょ。もう27だよ? 今が一番綺麗でも、ここからどんどん下り坂だよ? どうするの? ねえこれからどうするの?」
「・・・・・・ああそう、そこまで言うなら構ってあげるわよ。い、いい度胸してるじゃない。わたしをここまでコケにして、た、ただで済むとぉ・・・・・・」
カッとなって立ち上がり腰に手を伸ばすエレオノールだったが、そこにあるはずの杖がないことで、現状を思い知ったらしい。長いため息と共にへなへなと座り込み、壁を向いてその隙間をスプーンでいじり始める。
興奮したマリコルヌはその背中に声をかけ続けていたが、さすがに無視されてはつまらないのか、次第に言葉が少なくなっていった。
・・・・・・静かになってしまえば途端に、辺りを満たす静けさが耳に障ってしまう。
黙っていると後ろ向きな考えばかりが頭を巡ってしまうので、途切れてしまった会話を続けようとする一同だったが、目覚めるなり置物のようにその身を固まらせたルイズに、下手に刺激してはまずいとそろって口をつぐんでしまう。
そんな中、口を開いてしまうのはやはり、空気の読めない風の妖精さんであった。
「・・・・・・ミイラ取りが、ミイラになっちゃったね」
「そんなこと言うなよ! 悲しくなるじゃないかね!」
悲しげに呟くその言葉に、反応したのはギーシュだった。頭を抱えて天井を仰ぎ、恨めしそうに叫び始める。
「でも事実だろ。受け入れろよ」
いつのまにか、マリコルヌの目は据わっていた。自身の発言で現状を再認識したらしく、ネガティブモードのスイッチが完全にオンになっていた。感情の起伏が激しい、まったくもって迷惑なぽっちゃりさんであった。
「あぁ~~~~あ、こんな事になるんだったらモンモランシーにプロポーズしとけばよかったぁ・・・・・・」
ヒステリックに高まっていくギーシュの声で、暗い気持ちに拍車がかかる。周囲の空気はさらにどんよりしたものになっていくなか、
そんななか、ずっと黙り込んでいた自分を気にしてくれたのか、エレオノールが問いかけてきた。
「・・・・・・っていうかルイズ。どうしてさっきあんなに取り乱したの? 一瞬何か映ったようにみえたけど、あなたいったい何を・・・・・・」
唐突な姉の一言で、ルイズははっと気づいた。
全身に怖気を走らせながらも、ルイズは自分の見た現実と向き合う。
水晶に写ったあの顔は、紛れもなく自分の恋人だった。
「ごめんなさい、姉さま。わたしが失敗しなかったら、いまごろ・・・・・・」
・・・・・・謝りながらも涙を零し、慌ててその顔を手で覆うルイズ。そんな妹の様子に戸惑うエレオノールだったが、慰めては逆効果と知っているので、とりあえず励ましてやることにした。
「あ、あの水晶にはエルフの魔法が仕掛けられていたわ!」
「・・・・・・え?」
突然大声を上げた自分の姉を、ルイズは目尻をこすりながら見つめる。
「そうよ、あれは幻よ! あんたが見たのは全部偽物、だから全然大丈夫!」
「・・・・・・ほんと?」
「ええ、本当よ! “魔法研究所”研究員の私が保証するから!」
自信げに言い聞かせはするものの、もちろん根拠なんてない。ただ故意ではないとはいえ、泣かせてしまった妹を放置するのは姉としてあまりヨロシクないし・・・・・・何よりデタラメだったとしてもそれは、検証が行われるまでウソにならない。期限間際に何度も研究をでっちあげた経験が、エレオノールの言葉に信憑性を持たせていた。
「ほらブタ、あんたもそう思うでしょ? 気持ち悪いこと言ってる暇あったら、わたしの質問に応えなさい!」
「何言ってるんですか、お姉たまの言うことに間違いなんてあるわけないじゃないですか! まぁなにを見たかはしらないけれど、エルフは頭がいいっていうし・・・・・・」
話を振ってきたエレオノールに、ノリノリでマリコルヌも乗っかってくる。しかし、調子のいいその口は開いたまま、驚きに止まってしまう。
というのも、カツカツといった足音と共に長髪のエルフが姿を現したからだ。
「ビターシャル!」
ルイズが叫ぶ。
「悪魔の末裔よ、貴様らの目的ならおおかた検討はついている。使い魔ともう一人の悪魔の末裔を救けに来たのだろう?」
「サイトをどうしたのよ!」
「・・・・・・ここに、いる」
ビターシャルが手を叩くと、後ろ手に縛られた才人とティファニアが看守に連れられてきた。思わずその牢越しに手を伸ばそうとするものの・・・・・・二人を拘束している看守に手のひらを弾かれて、ルイズはハッと我に返る。
「質問には答えた。次は、こちらの番だ・・・・・・お前たち、悪魔の目的はなんだ? なぜに悪魔の門・・・、もとい聖地に向かう? 正直に答えろ」
「そ、そんなの隠すまでもないことよ! わたしたちは聖地に行って、大陸隆起を止めるための・・・・・・」
「・・・・・・答えないならばこちらも、使いたくない手段を取らなければならない」
ビターシャルがそう言うと、さらに背後から出てきた別のエルフが才人を座らせ、なにやら準備を始める。・・・・・・何度も使われてきたのだろうか、看守が手に取った鞭が禍々しい赤黒さを放っていることに気づき、ルイズは気が狂いそうになった。
「今一度問う。お前たちの目的はなんだ?」
「だから言ってるじゃない! 大陸隆起を止めるために、魔法装置を取りにいくって!」
「ふざけるな! あそこにあるのは・・・・・・」
ビターシャルが激昂し声を荒げると、背後から老エルフに手をかけられた。
「ビターシャルくん、話すのはそれくらいにしておくといい。・・・・・・それに、そうピリピリするのはきみらしくないぞ」
穏やかな声で、背後にいた老エルフがそう告げた。ビターシャルは我に返ると、速やかに彼に頭を下げる。
「・・・・・・すみません、閣下。少々取り乱してしまいました」
しかし、取り乱すのも無理はないことであった。艦隊十数隻を沈めたうえ、民族の誇りと伝統の象徴であるカスバをも破壊し、さらに自分たちの命を危険にさらすといわれる敵を目の前にして冷静でいられるほど、ビターシャルは状況を楽観視できなかったのである。かつてアーハンブラ城で自身の“反射”を破られた驚異すら、今では陳腐に思える程に。
・・・・・・下げた頭を上げると、ビターシャルはルイズたちに向き直る。
「お前たち蛮人の処分は、いま上でどうするか議論している・・・・・・恐らく、命はないだろう」
言葉を切り、一呼吸置く。
「また悪魔の末裔が現れては敵わんからと、私としては心を失わせる薬を使わせたいと主張してはいるのだが・・・・・・とある事情によってわたしにはその立場がない。すまないが諦めたまえ」
「・・・・・・処刑はいつ? 猶予を教えて」
ルイズは使い魔を見つめ放心していて、ろくに話ができる状況ではない。だから代わりにタバサが尋ねた。
「・・・・・・わからぬ。ただ今から始まる会議で、貴様らの命運は決まるだろうな。どうなるかはわからんが、できるだけの弁護と時間稼ぎはすると約束しよう」
そう言うとくるりと踵を返し、ビターシャルたちは牢を後にしようとする。しかしその背中を、コルベールが呼び止めた。
「・・・・・・お待ちください。同じ囚われの身であるならばせめて、共に過ごすわずかな情けを、我々にかけてはくれませぬか?」
混乱している生徒たちの代わりに問いかける。相手の気に障らず、人質に危害が及ばないように、慎重で、丁寧な口調で。
「・・・・・・」
ビターシャルはしばし黙り込んでいたが、
「・・・・・・まあ、引き渡してあげなさい。死者が出ていない以上、彼らの行為も咎めるばかりのものではあるまいて」
テュリュークの一言で、渋々といった様子で背後のエルフたちを促す。看守が才人たちを荒々しく牢に放り込むのを見届けると、ビターシャルたちはそのまま去っていった。
「サイト、サイト! しっかりして!!」
去っていくエルフたちを待つ間も惜しいと、ルイズは才人に駆け寄った。抱き上げようとするも力が抜けているためか。その身体は自分が知っているよりも重く、思うように動かない。
「サイトさん、聞こえますか!! サイトさんっ!!!」
駆け寄ったシエスタと一緒に身体を起こすが、やはり才人からは返事はない。目が虚空を泳ぎ、伸ばした手が空中を彷徨っている。
「ティファニア嬢! しっかりしたまえ!」
同じようにギーシュもティファニアに声をかけるが、その肩を揺さぶれば当然、そのたわわな果実が揺れたり跳ねたりするわけで。目の前で弾む男の夢に思わず手を伸ばしたり引っ込めたりするギーシュだったが、近寄ってきたマリコルヌがささやく甘言に思わず釣られてしまう。
(ねぇ隊長殿、ぼくたちこれから処刑されるんだよね。だ、だったらここはひとつ、ネ? ほら。こっちは命をかけてやってきたわけだし)
(・・・・・・う、た、確かに。そうだな。一度くらいなら、ティファニア嬢も許してくれるかもしれないな・・・・・・)
ひそひそと二人揃って頷きあい、こんな時でもティファニアのワンダーな兵器に手を伸ばした・・・・・・が。惜しくもあと3サントという所で、背後からエレオノールとキュルケに殴られて悶絶する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・ルイズはしばらく呆然としていたが、変わり果てた使い魔を見ていると何かが崩れていくような感覚に襲われた。
自分があのとき、焦ってあの老エルフの背後に現れてなんていなければ、いまごろエルフたちと交渉して、失った心を取り戻せていたかもしれない。
自分が水晶に惑わされなければあの老エルフから離れ、体勢を立て直す事ができたかもしれない。
“わたしの、せいだ”
取り返しのつかない現実が、容赦なくルイズを責め立てる。唯一救いだったことは才人がまだ生きていて、この状態は元に戻せるという事ぐらい。だがその薬を調合できるエルフ達に、自分たちは捕まっている。もうどうしようもない状況だった。
「・・・・・・サイトぉ・・・・・・」
我慢出来なくなり、堰が切れたように喉から嗚咽が漏れる。目の前の才人は心配そうな目で、ルイズを見つめていた。
“泣いたらダメ。泣いたらサイトを、悲しませてしまう”
きっともう十分苦しくて、辛い思いをしてきたはずだ。そんな彼にこれ以上負担をかけたくはない。
頭では泣くべきではないとわかっているが、それでも胸に溢れる悲しみは抑えられない。頬を伝いとめどなく流れだす涙を、拭うことしかできない。
ルイズはせめてと声を押し殺しながら、才人の胸に顔を埋めて泣き始めた。
「・・・・・・ッ、サイトさん、もう大丈夫ですからね。みんなちゃんと、ここにいますから」
シエスタも泣きながら、才人の握力のない手を握り締める。
「ミス・ヴァリエールも泣かないで。ほら、サイトさんが悲しみますよ。ね?」
そして健気にもルイズを慰めようとしたが、涙に滲むその声はどうしても歪んでしまう。
・・・・・・タバサはというと、まるで人形ごっこをしているかのようなその光景を見つめながら、一つの可能性を考えていた。
───スキルニル。
情報源となる一滴の血さえあればどんな表情、仕草でも本人同様に振る舞える、古代の魔法道具。
そう。一滴の血さえあれば十分なのだ。本体がどうなっていようと、あるいはすでにこの世にいなくても、スキルニルは動いてしまう。ゼンマイ仕掛けの人形のように、正確に使用者の命令に従う。
以前、スキルニルだけでできた村を見たタバサには、その恐ろしさが身に染みていた。だがこの状況で、確信も無いのにそんな事を言ったらパニックを引き起こすだけで、心が耐えられない者が出てくるだろう。
ルイズの“解除”ならば分かるかもしれないが、第一杖がない。しかしタバサはそれに安堵を覚えていた。この場で真実を確かめずに、知らずに死んでいけることにだ。
あれほど傷ついているルイズとシエスタにこんなな話をするのは酷だろうし、・・・・・・なにより、自分がその結果に耐えられないだろうから・・・・・・
ルイズの声が次第に大きくなり、才人のパーカーの隙間から漏れだした。
普通ならば聞こえないほどの小さな嗚咽は、静かな地下牢にはよく響いた。
・・・・・・一方、才人たちは、やっとの事でガリアに潜入した。
道中入国の検問があったが、ガリアの英雄である才人の顔と功績は広まっているらしく、検問を通るのは簡単だった。内緒にしてくれと金を握らせると何か極秘の任務だと思われ、自分の連れということでルクシャナたちも咎められずにすんなりガリアに入れた。我ながら素晴らしい世渡り術だ、と自惚れてしまうほどだった。
ちなみに、ガリアに入ったのは才人とルクシャナ、アリィー、ティファニアだけだった。大人数で行くと怪しまれるし、エルフの追っ手から海竜船を奪われるかもしれないので、イドリスとマッダーフ、ファーティマはシャッラールとともに留守番を任せることになっていた。
首都リュティスに着くと、才人たちはヴェルサルテイル宮殿を訪れた。
「はぁ、はあ・・・・・・」
「だらしがないが、大丈夫か?」
肩で息をする才人に、アリィーは気遣いと嫌味、どちらとも取れる言葉を投げかける。
「・・・・・・うる、せえ・・・・・・っ」
そう言いながらも、宮殿の壁に手をつきながら呼吸を整える。重要な報告をするのに、息せき切った状態では言葉は続かない。
それもそのはず。才人が背負った麻袋には、しこたま武器が詰まっている。もし何かあった時、あの海竜船とかいうヤツに載せといたら時間がないと思い、持てるだけ持とうとしたら、かなりの重さになってしまったのである。
もちろん、このだだっ広いガリアを歩いて、ガリアの中核であるリュティスに来た訳ではなかった。手持ちの金が足りなくて馬車はルクシャナとティファニアの分だけしか手配出来ずに、アリィーと一緒に馬に乗ってここまできたのが、才人の疲労の理由だった。
振動が身体に負担をかけていたのだろう、未だに全身を虚脱感が包む。隣で乗馬していたアリィーの澄まし顔と、麻袋の中でロケットランチャーやらスナイパーライフルやらが擦れる金属音だけがまだ頭に残っている。
「ねぇサイト、大丈夫?」
「ん? ・・・・・・ああ、なんてことない」
辛うじて歩けるようになったティファニアに背後から呼びかけられ、努めて気楽な声で答える。銃弾が急所から外れていたと聞いてはいたが、やはりエルフの魔法は凄いのだろう。かつて自分もティファニアの指輪に直してもらったことがあるので驚かなかったが、それはそれとしてなんというかこう、怪我人に身体を心配されるのは我ながらどうかと思う。
・・・・・・ダメだろ、俺。なんで心配する立場の人間が、逆に心配されてんだよ。役に立たねえなあ。
ファーティマの時も結局何もできずに足手まといみたいだったし、ほんと一体なにやってんだか・・・・・・
久々のネガティブモードへ走ろうとする思考を、頭を振って追い出し、才人は思考を切り替えようとする。そんな様子を見たルクシャナが、面白半分に首を突っ込んできた。
「あら、ほんとにつらそうね。ちなみにわたし一時的に、身体をごまかす呪文を知ってるんだけど・・・・・・」
「いや、んなことしたら自分の体調わからなくなっちまうよ。というかそんなの、かけてほしいって言う奴いるのか?」
「ええ。アリィーはよく頼んでくるわよ? なんだか頭が痛いって、よくわたしに
頼んでくるわ」
「・・・・・・いや、遠慮しとくよ・・・・・・」
隣のアリィーがどんな顔をしているのか気になるも、揉め事はもう御免なのでやめておく。自分もこの魔法だらけの世界に慣れたもんだなあ、とひとりごちながら、才人はヴェルサルテイルの正門をくぐった。
・・・・・・宮殿に入るとすぐに、イザベラが恭しく礼をして出迎えてくれた。最初、フードをかぶるルクシャナとアリィーに戸惑いを見せはしたが、
「ようこそ、ガリアへ。皆様がお待ちしております」
すぐにそう告げると、「こちらへ」と言いながら歩き始める。
なんの質問もしてこないのは恐らく、自分は関われない話だという自覚があるのだろう。才人がいきさつを説明しようとしても話を聞くような態度は見せずに、ただひたすら広大な宮殿の案内役に徹している。
・・・・・・とある会議室の前で、イザベラは足を止めた。ノックもせずにがちゃり、とドアノブを回す。
そこにいたのは、水精霊騎士隊のみんなとモンモランシー、アンリエッタたちだった。
「サイトッ!」
「サイト殿!」
「・・・・・・・・・・・・あ――――――――――――――」
とりあえずどこから説明しようかと考えていると、ギムリがいきなり叫び声を上げた。
「サイト、いったいきみはどうやってここにきたんだ!? きみがこうして帰ってくるのなら、ルイズたちは完全に無駄足じゃないか!」
・・・・・・・・・・・・は?
「あれからきみたちがさらわれた後、すぐにルイズたちはオストラント号でエルフの土地へ向かったんだ! きみたち二人を助けにな!」
「そうよ! ギーシュなんて、わたしに相談せずに勝手に行っちゃったんだから!」
「確認できているのは七人かな。・・・・・・コルベール先生とキュルケ、タバサとシルフィード、ギーシュとマリコルヌ、さらにルイズのお姉さん。いや、シエスタも入れて八人か」
「・・・・・・ちなみにだけれどもぼくらは、陛下から話を聞くまでそんなこと知らなかった。もし知ってたならいまごろ、ルイズたちと一緒に“ネフテス”に向かってるよ。だからせめて水精霊騎士隊を聖地回復連合軍の先発に配属してくれるよう、殿下に懇願しにきたんだけど・・・・・・ちょうどそこに、きみがやってきたわけだ」
みんな揃ってワイワイガヤガヤ状況を説明してくれるが、才人の耳には入らない。
“ルイズたちが、エルフの土地へ向かった”
その言葉だけがずっと、才人の頭の中をぐるぐる回っていた。
・・・・・・入れ違い? 俺を助けに? 嘘だろ?
一度「評議会」のエルフたちは、自分たちに薬を飲ませようとして失敗している。ルイズたちが捕まっていたら、恐らく薬すら使わずに殺すだろう。
もしかするといま、処刑が執行されているのかもしれない。
そう考えるとなんだか体の芯から力が抜けていくように感じ、才人は立ち尽くす。
「サイト!」
そんな風に呆然としていると、ティファニアに声をかけられた。
「落ち着いて、しっかり状況を説明して! まずはそれが一番大事な事でしょ!」
「・・・・・・そ、そうだな。ありがとう、テファ」
その言葉でなんとか気を取り戻し、才人は今までの経緯を説明した。
・・・・・・後ろにいるルクシャナとアリィーたちに連れて行かれたこと、心を失わせる薬を使わされそうになった寸前、ルクシャナに助けてもらったこと。潜水艦の中で“槍”を見つけたこと、「竜の巣」で敵に襲われてルクシャナとティファニアが傷を負ったこと・・・・・・。才人は語った。二重契約のことだけを、伏せて。
最初、フードを取ったルクシャナとアリィ―にアンリエッタたちは驚いたが、才人を助けて、いまも同行しているんだから悪い奴じゃないだろう、とすぐに打ち解けてくれた。
・・・・・・元々ハルキゲニアでは、エルフは恐怖の対象として有名だ。
ハーフのティファニアでさえも、魔法学院でさんざんな目に遭った事もあった。純粋なエルフなら、その比ではないだろう。
それが・・・・・・“俺と一緒にいる”という事だけですんなり受け入れられた。
それだけ自分がみんなに信用されていることが、才人は純粋にうれしかった。
・・・・・・話を聞き終わったあと、トリステイン女王は才人に感謝を告げる。
「ご苦労様でした、サイト殿。無事に帰ってきてくれて何よりです。今度は我々が、ルイズたち助けに向かわねばいけませんわね」
そういえば、といった感じで、アンリエッタはレイナールに尋ねた。
「・・・・・・聖下の姿がまだお見えになっていませんけれど。遣わせた者はまだ帰ってこないのですか?」
すると、蹴り破りそうな勢いでドアが開かれた。同時に先程この場に姿を見せていなかった隊員の一人、短い赤髪のエイドリアンが飛び込んでくる。
「へ、へへ陛下! 一大事です! って、サイト!?」
「一体、どうしたのですか?」
才人が帰ってきた事に一瞬面食らったエイドリアンだったが、すぐにアンリエッタに向き直る。
「はい、報告します!」
乱れた呼吸を整えながら、エイドリアンは言葉を続けていく。
「教皇聖下のお姿が、宮殿内のどこにも見当たりません!」
「なんだって!?」
レイナールが叫ぶ。その場にいるアンリエッタを除く、全員が総立ちになる。
「正確には、宮殿に使える女官にここまで案内してもらう最中に、女官の目の前から姿を消したそうです!」
「・・・・・・」
「姫さま?」
アンリエッタは何か考え事をするように口に手を当てていたが、やがて才人の言葉に気づき首を振る。
「いいえ、何でもありません。それより副隊長殿、早くその場所へ向かってください。・・・・・・もしかすれば編成を変更し、陸ではなく船での進軍となるやもしれませぬ」
含みのあるその言葉に首をかしげるが、何はともあれ頭を冷やすにはちょうどいい。
才人率いる水精霊騎士隊は女王直々の命に従い、次々と会議室から飛び出していった。
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