第二章

突撃・・・・・・ルイズ側

第二章 突撃と策略

 

 一方。こちら“評議会”上空、遊弋中のオストラント号――――――。

 

様子を窺ってでもいるのだろうか。一向に攻撃を仕掛けてこないエルフたちを警戒し、キュルケたち敵の動きを探りながらも作戦会議を開いていた。


 ちなみにシエスタは雑務があると艦内に戻り、コルベールは調節のため機関室にいる。いざとなった時起こしに行っては遅いので、精神力を使い果たしたルイズには甲板で眠ってもらっていた。


「それじゃあ、具体的に今の状況を整理してみましょうか」


 キュルケの一声で、議論が始まる。寝ているルイズを取り囲むように立ち話をするものの、その視線は互いの顔ではなく、来るかもしれない攻撃に備え空を向いていた。


「まず、あそこがカスバで間違いないみたいね」


 キュルケが、数リーグほど離れた一番高い白色の建物を指さす。


「周りのより大きいし、しきりにエルフが出たり入ったりしてるもの」


「確証がないだろ」


 ギーシュが顔をしかめ反論する。


「それだけで断定して突っ込むなんて、無謀すぎる」


「大丈夫よ、さっきマリコルヌに“遠見”の魔法を使わせたわ。大騒ぎしてるところを見るに、ルイズの魔法を警戒してるんでしょうね」


「本当かいマリコルヌ? いや、疑ってるわけじゃないけども・・・・・・」


 確認が必要だな、と少し離れたところにいるマリコルヌに声をかけるギーシュだったが、エレオノールに鞭で叩かれて悦に入るその様子に聞き取りを諦める。こんな緊急時にでさえも風の妖精さんは、通常運転まっしぐらのようだった。


「さっきわぁッ! よッ! くッ! もッ! ヴァリエール家の長女であるわたしにぃぃいいいい! ぶッ、豚の分際であんなまねをぉおおおおお!」


「すいません、豚調子乗りすぎました! でもしょうがないんです夢だったんで! そりゃもうッ!!」


「な・ん・で、わたしがあんたのワガママに付き合わなきゃいけないの、よッ! なにがいかず後家よ、よくも言ってくれたもんだわね! ええッ!?」


「イエス! もっと、もっと激しく叩いて! はぅ、そのほとばしる熱い感情を、もっと鞭にぶつけてください!! ハァハァ、お姉様! お姉たま!! エレオノールおねえさまぁあああ!」


遠目に見える怒りで顔を真っ赤に染めているエレオノールと、至福のあまり絶叫するマリコルヌ。


 ・・・・・・ギーシュはどちらも見なかったことにして、話を戻すことにした。


「わかった。で、誰を人質に取るんだね? 偉そうなヤツなんてすぐにはわかりそうにないぞ?」


「そんなの簡単よ。一番奥か、周りに囲まれているエルフを捕まえればいいわ」


 すると突然今まで黙っていたタバサが首を振り、キュルケを見て呟いた。


「ビターシャルの近くにいるエルフが確実」


「・・・・・・そうね、危険ではあるけれど、それが一番よさそうね。そうそう、いいかげんルイズを起こさなくちゃ」


 思い出したように身を翻し、キュルケは中央にいるルイズを抱きおこす。固い木材の上での雑魚寝だ、深くは眠れないだろうと思っていたが、揺さぶってみてもなかなか起きる気配がない。


「ルイズ、ルイズ! 起きなさい!」


「あ、やだ、ダメよサイト、そんなとこ触っちゃ・・・・・・」


耳元で声をかけるが、返ってくるのはうわごとである。聞くにどうやら使い魔の夢でも見ているらしい。どういう内容なのかはすぐに、ぺしぺしと虚空を払うその手から容易に察することができた。


「よく暢気に夢なんか見れるな。・・・・・・それにしても幸せそうだ」


 ギーシュが覗き込んでいる内に、ルイズの寝言はさらに加速する。


「だめだめ、そこほんとだめってば。・・・・・・え、かわいくてたまらなかったからつい? ・・・・・・も、もうしょうがないわね。わたしってばかわいすぎて仕方ないもんね。・・・・・・ち、ちょっとだけよ? だって、あんたがわたしのかわいさでおかしくなっちゃったら困るから・・・・・・」


「・・・・・・なあ、かわいいの一言で落ちたんだが」


「そんなの分かりきったことじゃない。幸せそうに口元を歪めてるあたり、この子全然嫌がってないわよ」


「ああ、公爵家の身分で結婚前にそんな、ふしだらな・・・・・・」


「ねえお姉たま。そんなとこってどこだと思います? あんなとこかナ、それとも・・・・・・」


ちょっとどころではなくアレなルイズの様子に、少し離れた二人も気づいたらしい。動揺に止まった鞭をチャンスと捉えたのか、呆けたエレオノールにさわやかな笑顔でマリコルヌが追い打ちをかけていく。


・・・・・・そんなみんなの話し声で、ルイズは起きあがった。


 「ふにゃ?」


 寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見上げると、場にいる全員が自分に呆れたような視線を向けていた。先ほどまで見た夢と現状から状況を二秒で把握し、ルイズは耳まで真っ赤になった。


 「ルイズ、お楽しみなところ悪いがもう時間だ」


 「な、なななんにも、許してないわよ!」


 「分かってる分かってる。なあマリコルヌ?」


 「そうだともそうだとも。風の妖精さんは何でも知ってるのサ。・・・・・・ところでおねえたま、当たってなくてもいいんでその予想をぼくに・・・・・・」


 「だーかーらー、何が“ぼくのおねえたま”よッ!!」

 

マリコルヌが言い終わることはなかった。正気に戻ったらしいエレオノールのハイキックが炸裂し、尖った靴が顔面に刺さって吹き飛ぶ。


「・・・・・・まあ安心したまえ、きみがレモンちゃんなのは今更な話じゃないか」


「そういう話じゃないでしょうがぁあああッ!!」


 ぽつりと言ったギーシュに、怒り狂ったルイズが「爆発」を唱えようとすると、キュルケに止められた。


「ほら、そんなしょーもないことで魔法を使わない。サイトを助けに行くなら、あなたの力はすこしでも温存しておくべきでしょ?」


「・・・・・・そ、そうだったわ。あ、ありがと・・・・・・」


 諌めるキュルケに思わずお礼を言ってしまい、杖を引っ込めたルイズは恥ずかしさをごまかすように立ち上がり、空を眺める。


 自分たちはもうアディール上空にいるようで、眼下には見知らぬ建物が並んでいた。


 どうやら自分は“爆発”を使って、精神力が切れて寝てしまったのだろう。夢の中でおぼろげに聞いていた先程の話によると、あの白っぽい建物がそうらしい。


 ふと疑問が頭をよぎり、ルイズは機関室に向かった。


「ん、ああ、おはよう、ミス、ヴァリエール。よく寝れたかね?」


コルベールは相変わらず、蒸気機関とにらめっこしていた。余程機体に無理をさせているのだろう。せわしなく手を動かしてはレバーを引き、ボタンを押し、こまめに風や水の呪文を唱えて機械を冷却している。


「・・・・・・あの」


「なんだね?」


 ルイズは閉口したが、思い切ったように質問した。


「オストランド号は、どうするんですか?」


「カスバに突っ込ませる」


 コルベールは当然と言わんばかりに即答した。


「もしサイト君たちがカスバにいても、恐らく大丈夫のはずだ。捕虜は相場で地下と決まっているからな。まぁ、かわりに帰りのフネも要求しなきゃいけなくなるがね」


「先生・・・・・・」


「・・・・・・そうそう、もうそろそろ戦車砲の射程にカスバが入る頃だ。ミス・タバサ、ツェルプストー、砲弾の装填、発砲を頼む。突っ込む前に全弾撃ち尽くしてくれ」


 コルベールは伝声管ごしにそう告げた。威勢のいい、キュルケの声が返ってくる。


「でもこのフネは先生が、サイトと一緒にロバ・カリイレに行くために・・・・・・」


 戦闘が始まったらしい。砲弾が爆ぜる音を耳に入れながら、ルイズは話を続ける。


「・・・・・・なあに、どうせ誰もいなくなったら爆破されるんだ。それにサイト君がいなかったら、わたしも東へ行けないからね」


 コルベールは寂しげな表情を浮かべ、自分が手繰る蒸気機関を愛おしそうに撫でる。


 だがそれは一瞬で、振り向いた彼は生徒を導く教師としての顔をしていた。


「それじゃ突っ込むぞ! 甲板に戻ってシルフィードくんに乗っておいてくれたまえ!」


 コルベールはそう言うと、“カスバ”めがけて急降下するべく機関の再調節を開始する───







 ルイズが目覚める少し前、評議会本部――――――


 一人の竜騎士が荒い息で議会室にやって来た。現状報告をしにきたようだった。


「おお、どうだった? 蛮人のフネは木っ端みじんになったであろう! ははははは、我らがエルフの土地に無断で進入しようとしたからだ!」


 “鉄血団結党”の一人が意味もなく喚くが、しかし次の竜騎士の言葉にその高揚は掻き消される。


「報告します! アムラン上将率いる我が本国艦隊十六隻、壊滅しました!」


「・・・・・・は?」


 ぷつんと途絶える、笑い声。一瞬にして広がる動揺を察知したエスマーイルは

場の主導権を勝ち取るため、議員たちの疑問をすぐさま竜騎士にぶつけた。


「そんなわけがあるか! 相手は一隻、しかも蛮人のフネだぞ!」


「そ、それが、アムラン上将が言うには突然目の前が光に包まれ、風石のみが一瞬にして消滅したそうだとか」


「上将はどうした!?」


「ケガを負い、療養中です。奇跡的にも負傷者ばかりで、死人は出ませんでした」


「・・・・・・彼は、何か言っていなかったか?」


 エスマーイルは声をかすらせながら竜騎士に尋ねた。思い当たる節が、ないわけではなかった。


「・・・・・・そういえば、“悪魔の技”とかなんとか・・・・・・」


その言葉を聞いた途端、“評議会”は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。


「静かになされい! 貴殿らはそれでも誇り高き砂漠の民か!」


 エスマーイルのその一言で、とりあえず場は静まりかえった。彼自身も相当顔を蒼く染めていたが、人一倍あるプライドですぐさま持ち直したのだった。


「第二戦隊はなにをしている! あとどのくらいでここまでやってくるのだ!?」


 間髪入れずに、エスマーイルは報告に来た竜騎士に問いを投げる。しかし、竜騎士は動揺にまごつくばかりで答えない。


「愚図が、答えぬようでは何もわからぬではないかッ!! ・・・・・・誰でもいい、結界を張れる者は張れ!! 襲撃に備えるぞ!!」


「エスマーイル殿」


「なんだね!」


「蛮人の目的がわかりました」


「もったいぶらずに、さっさと用件だけ言いたまえ!」


 エスマーイルはまたもや怒鳴った。彼は顔を紅に染めたり、蒼白にしたりで顔を忙しそうに動かしていたが、呼びかけたエルフ・・・・・・ビターシャルには動揺がない。


「彼らはおそらく、“虚無”とその使い魔を奪いにきたのでしょう。そこで提案があります。あと、誰か手の空いている者は統領閣下をお呼びしていただきたい」


「・・・・・・それには、及ばんよ」


 唐突にかけられる声。カツカツと足音を響かせ、いつの間にか老エルフは議会の中央に現れていた。


「何事だね? ビターシャル君」


 ビターシャルは近寄り、テュリュークに誰にも聞こえぬよう耳打ちする。


「先程とある策を思いつきましたので、閣下にご協力をお願いしたいのです」








 ビターシャルが立てた作戦をテュリュークに説明し終わったのと、カスバを衝撃が駆けたのが同時だった。


 窓に貼られていたガラスが割れ、衝撃で”評議会”そのものが揺れる。幸い“評議会”には十重二十重結界が張られているため、被害は壁に亀裂が走る程度で済んだ。


「何事だ!」


 エスマーイルが叫ぶ。


「蛮人の砲撃です! 打ち込みを続けながら船体も、こちらに猛進しております! このまま突っ込んでくるつもりです!」


 外を見ていた鉄血団結党の議員が、泡を食いながら絶叫し───次の瞬間、エルフたちは皆爆風によって吹き飛ばされた。飛んできた瓦礫や木材の残骸などが当たった者は、声もなく反対側の壁まで弾き飛ばされていく。


「・・・・・・くッ!」

 

 エスマーイルはよろよろと立ち上がると、状況を確認する。辺りには砂埃が舞い上がり、ほとんど何も見えない。敵は風を操っているのだろうか、砂塵が晴れる気配はない。


 まずいな・・・・・・しかし、視界を封じられているのは向こうも同じ・・・・・・!


 エスマーイルは身をかがめ辺りを見回す。すると、床に倒れている鉄血党の議員たちが見えた。


 近寄って確かめてみると、寝息を立てていた。敵に殺意はないようだが、気になる事があった。


 ・・・・・・なぜだ? “寝て”いる・・・・・・だと? 


 そんなはずはない。自分の党に所属する者はみな、最低限軍人としての訓練は受けてある。なので睡眠耐性はあるはずなのだ。


 エスマーイルはえにも言えぬ不気味さを覚えた。手当たり次第に辺りを攻撃したい衝動を堪え、冷静に頭を巡らせる。

 

この煙の中だ、下手に魔法を乱射すると仲間に当たりかねないし、敵に居場所が割れてしまう。すでに実際、同士討ちによる悲鳴と叫び声は会議室の中で響いていた。


「大丈夫ですか! 今視界を晴らします!」


 ビターシャルの声が後ろから聞こえたが、それでもエスマーイルは動かない。


 蛮人が使用する魔法に、“ボイス・チェンジ”なる声色を変えられるものがあるとは聞いているし、声がした方向も変えられているかもしれない。


 思考を巡らせている間にも、ゴトン、ゴトンと議員たちが床に沈む音が聞こえてくる。 とりあえず身の守りを固めようと、結界を身体に纏おうとして詠唱を始めようとした瞬間、エスマーイルは気づいた。この部屋に宿っているはずの、全ての精霊の力が感じられないのだ。


 バカな、どういうことだ!? ここはネフテスの“評議会”だぞ、そんなわけが・・・・・・!!


 再度詠唱を口にするも、感じられない手ごたえにエスマーイルは寒気を覚える。


・・・・・・エルフの首都であるこのアディールは、何代にも渡って祖先たちが精霊と契約を結び続けている。さらに言えばその中核であるこの”評議会”は、もっとも大いなる意思の力を扱える場所なのだ。


 なるほど、これが悪魔の力か・・・・・・。ビターシャルが警戒するわけだ。

 

 通常なら混乱するところ。だが先程、戦艦が十数隻沈んだという報告を受けたエスマーイルはすんなりと飲み込めた。何しろ、相手はあの“悪魔”なのだから。


ともかく、うかつに動かない方がいい。精霊の力が使えない以上、一番有効なのは撤退することなのだろうが、出口で待ち構えるなんてことは蛮人でも考えつくことだ。


 とりあえずは身の安全の確保が先だ。そう考えたエスマーイルは微動だにせずに、砂煙の中に身を隠して時を待つ事にした。








 オストランド号が壁を破壊したと同時に、シルフィードに乗ってカスバ内に進入した一同は、それぞれ事前の作戦通りに動き出した。


 ルイズが砂煙の中で“解除”を唱え先住魔法を一時的に無力と化すと、すぐさまコルベールたちはエルフたちの攪乱と掃討を引き受けてくれた。


 というか、積みあげられたエルフたちをのしたのはほとんどがコルベールであり、出入り口の封鎖を担当しているタバサ以外は全員“レビテーション”で倒れた彼らを移動し一箇所に集め上げただけなのであるが。


 それにしても、コルベールの手際は見事だった。


 エルフには睡眠魔法をかけても効果がないことをなぜか知っていたコルベールは、まず戸惑っているエルフに当て身を食らわせ、昏倒している合間に付加として“スリープ・クラウド”を放つという方法をとっていた。


 コルベールの影が土煙に映る度に、複数人のエルフが床へと送られる。


 状況は圧倒的に優勢。しかし、コルベールはかつて戦場にいた経験から疑問を抱いていた。


 エルフは主に戦闘能力よりも、頭脳を使った策謀を得意とする。ただ先住魔法を使えるだけなのならば、エルフ一人でメイジ十人分の戦力、とまでは語られていないだろう。


 “どうにも、うまくいきすぎている”


コルベールは逃げ惑う議員の首に容赦なく杖を打ち込みながら、思考をさらに深めていった。

 

 

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