ACT.3-5 取り戻した力が教えてくれたこと

「ケジメを付けてきました」

 長い三つ編みを振り乱して保健室へ戻った千沙菜は、男前な笑みを浮かべて知香に報告する。

「うん、いい表情ね。そんな表情ができるなら、もう大丈夫そうね」

 知香は、普段通りの慈愛を感じさせる笑みを向けてくれる。

「それなら、豊胸ジェルを使ったことに対するお話しはここまで……ってしたいんだけど、そうもいかなくなったわ」

「え! ま、まだ、何か……」

「ううん、音無さんは関係ないわ。豊胸ジェル自体に問題が見付かったのよ」

 そう言って、ベッドのある一角を指差す。

「……学園長?」

「お、音無さん、見苦しいところ見せちゃってごめんね……うん、でも、これは報いね」

 そこには、上半身裸の学園長が仰向けに横たわっていた。

 その胸は痛々しく真っ赤になっていて、氷嚢を乗せて冷やされている。

「結論から言うとね、あの豊胸ジェルは粗悪品よ」

「え? でも、たった二十四時間でカップが一つ上がって……」

「うん、即効性は素晴らしいし胸のサイズを大きくするって意味では、嘘は言ってないわ」

 知香はそこで一端言葉を切り、残酷な真実を告げる。

「でも、実際は『腫れてる』だけなのよ、これ」

「へ?」

「まだまだ詳しく調べないと詳細は解らないけど、学園長の診察でざっと調べたところでは、症状的には『腫れ』以外の何者でもないわね、これ」

「『腫れ』って……」

「原理的には、頭にたんこぶを作って身長を誤魔化すのと大差ないレベルよ」

「うわぁ……」

 解りやすい比喩に、千沙菜は先までとは違う意味で情けなくなってくる。

「ジェルの方もきっちり分析しないと解らないけど、恐らくは痛みとかの自覚症状が出ないよう成分を調整して『腫れ』の症状だけが出るようになってるんでしょうね」

「確かに、あたしも他の子も痛みとかは訴えてなかったけど……あれ? でも、それじゃ学園長はなんであんな痛々しいことになってるんです? もしかして、長期に渡って使うと段々と痛みが出てくるとか?」

 学園長が一足先に使っていたという情報は高橋さんから聞いている。使い続けていたらと想像して肝を冷やすが、そこは知香が少し呆れたように補足する。

「ああ、あれは用量を無視して塗りたくった結果ね。それでかぶれて普通に腫れちゃったのよ。これは薬が粗悪品以前の問題ね」

「……はい、私が悪ぅございました。効果が嬉しくて一日一回のところ朝昼晩の三回塗っておりました。面目次第もございません」

 学園長はしゅんとなって、やたら丁寧に謝っていた。心底反省しているのだろう。

「まぁ、でも、その大人気ない学園長のお陰でジェルの不備に気付くことができたのも事実よ。解ったからには、一刻も早くこのジェルの使用を止めさせないといけないわね」

「それは責任を持って私が連絡するわ。試供品を持っていった子は解ってるから」

「え? いつの間に!」

「私の肝入りで配布を認めたから、あの机を学園長室から監視カメラでモニタしてたのよ。元々、防犯目的で購買部には監視カメラが設置されてるから、その一つを使ってね」

 購買の各所に監視カメラが設置されていたことを、千沙菜は思い出す。

「ああ、それなら、録画映像から特定できますね」

「そんな必要ないわよ。全校生徒の顔と名前ぐらい全部頭に入っているから、誰が持っていったのかは解ってるわよ」

「えぇ?」

「こんなの、学園長として当然のたしなみよ」

 感心する千沙菜に向かって誇らしげに胸を張ろうとして、

「イタッ!」

 胸の痛みに呻くので台無しだった。

「対応は……そうね、使っちゃった子には、今後の使用中止とこの件に対する緘口令を敷いて、業者の方にはそれなりに賠償請求でもさせて貰おうかしらね」

「……警察は?」

「あら? 警察沙汰になったら私だけじゃなくて、使った生徒達まで好奇の目に晒されるかもしれないじゃない? それはやっぱり避けないといけないから。私が学園長として内々に処理するわ」

「保身、じゃないですよね?」

「も、勿論よ! べ、別にこれで学園の評判が悪くなったらTKB団にやられるのと大差ないとか思った訳じゃないからね!」

 何か間違ったツンデレテンプレで応じる学園長を、憎めない人だと千沙菜は思った。

 そうして翌日の朝。

 学園長の個別連絡に従って、試供品を使った学生達が一限目の開始前に保健室に集められていた。通学バスの出ていない時間ながら、学園長自らが小型のバスを運転して迎えにいったのだ。それが、学園長なりの誠意なのだろう。

 集められた女生徒の数、十一人。

 当然、千沙菜、佐藤さん、高橋さんの貧乳同盟もそこに含まれている。

「皆さん。本当ごめんなさい。昨日も電話で説明させて貰ったけど、あの試供品は、ただ胸を腫れさせて大きく見せるだけの粗悪品だったのよ。だから、治療を受けてください」

 学園長は、改めて一同に謝罪し、治療を促す。

「私は、今からこの粗悪品を提供した企業と内々に話し合って決着を付けてきます」

 最後にそう宣言すると、学園長は颯爽と保健室を去っていった。

 その後、知香が一人ずつ順番に治療薬を塗っていく。分析の結果、治療薬は簡単に作れたということだ。微妙なバランスで腫れを保っていたので、その成分を中和させてやれば、半日程度で腫れは引いて元通りになるらしい。

 ただ、腫れでもいいからと一部、治療を拒む生徒がいた(一人は佐藤さん)が、そんな生徒には昨日の学園長の痛々しい胸部写真を見せて「こんな風になりたい?」と慈愛に満ちた笑顔で言って、納得させたようだ。

 そして、最後が千沙菜の番。

「さらば、あたしの2.5セーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンチ!」

 千沙菜は何に対してか敬礼して叫びながら、知香に治療薬を塗られていた。

 因みに、2.5センチはカップの変わるトップとアンダー差の単位で、2.5センチ減ればカップが一つ下がる計算だ。

「保健室では、静かにね?」

「あいた!」

 薬を塗り終わった後に、むき出しの両胸をパチンと平手で叩かれる。

 こうして、一限目が始まる頃合には、大きくしたい乙女達の儚き夢は、夢のまま幕を閉じたのだった。



 保健室から去って四半刻ほど。

 学園裏の森の中にひっそりと立つ日本家屋の居間に、学園長は正座していた。

 学園内で常用しているパンツスーツではなく、白衣に緋袴の巫女装束姿。

 もう神職を畳んで両親も他界したとはいえ、これは、神社の娘としての勝負服。

 そう、勝負なのである。

 正面には髪をアップに纏めて分厚いレンズの眼鏡をかけた背の高い女が、こちらも姿勢よく正座している。彼女は露内ろうち千那津ちなつと名乗っていた。

 あの『フクラーム・ジェル』を送ってきた株式会社胸熱営業主任で、先日のメールの後、一度ここで直接会って打ち合わせをしたことがあり、既に面識を持っている相手である。

 今回は、事前に対策を練らせないため、粗悪品と気付いたことについては告げていない。飽くまで、試供品配布後の購買での取り扱いに関する打ち合わせとして、朝一番で呼び出しておいたのだ。

 学園長室を使わないのは、学園とは切り離して内々で済まそうという魂胆もある。

「朝早くからお越しいただき恐縮なのですが、単刀直入に申し上げます」

 挨拶もそこそこに、学園長は話を切り出し、

「あの商品が、粗悪品であるということが判明致しました」

 即座に事実を突き付ける。

「さて? そんなことはございません。当社の『フクラーム・ジェル』は、乳房の発達を促す成分が全体を底上げして、サイズアップを図る薬ですわよ」

 流石は営業主任というべきか、動じることもなく恍けてみせた。

「そうですか。それなら、成長している以上、短期間で縮むことなどないですよね?」

「ええ、勿論ですわ」

「ところで、試供品配布を認める連絡のメールでBになったと明記させていただいていましたし、先日の打ち合わせでも実際に確認していただきましたよね」

「はい、確かにその通りですが……ま、まさか!」

 そこで、千那津の表情が変わる。

 学園長は言質を取ったことで、してやったりという表情を浮かべ、

「ええ。今の私のサイズは既にAに逆戻りしています」

「そ、そんな馬鹿な!」

「いいえ、事実です」

 言って、愛は巫女装束の上をはだける。

「な、何を破廉恥な!」

「いいから黙って見てなさい!」

 言いながら、二本の紐を順に胸に巻き付ける。

 一つはアンダー。

 一つはトップ。

 その二本の紐の長さをそれぞれの周囲に合わせて、丁寧にはさみで切り、

「さぁ、計ってみなさい!」

 二本の紐を並べる。

 トップとアンダーの現在の長さを示した、二本の紐を。

 哀しい事実だが、物差しをあてて示された、その差は10センチ。

 標準的なAカップ。

「短期間で縮まないとおっしゃいましたね? でも、今、私の胸はAカップに逆戻りしてますが、これはどういうことでしょうね?」

 目の前で計ることで、揺るがぬ事実を突き付ける。

「これは、おたくの薬を調べて、その対処薬を塗った結果です。ですからいい加減、認めて貰えませんか? 偽の薬、もしくはでき損ないの薬だったと。今、認めて貰えれば悪いようには致しません。お互い、警察沙汰は困るでしょう? 示談金で内々に処理させて貰いますよ」

 愛は、伊達に若くして学園長兼理事長をしてはいない。警察沙汰で困るのは学園の方も同じなのだが、敢えて相手の都合を全面に押し出す。

「まさか、あのジェルを調べられるなんて……」

「ああ、私がちょっとばかり使い過ぎて思いっ切り胸がかぶれて腫れ上がっちゃったのよ。それで医者に調べて貰って判明したという訳」

「学園長なら学生への規範として用法用量を守って自重してください!」

 事実の露見のあんまりな理由に、千那津が感情的なツッコミを入れる。

「こういうのを怪我の功名というのかしら? 因みに、使った生徒達にもさっき治療薬を塗って貰ったわ。これで、半日もすればみんな元通りよ」

 学園長はさらりと流すが、その言葉を聞いて千那津がニヤリと笑う。

「……それは、不幸中の幸いですわ」

 言うや眼鏡を外すと、胸元から丸味を帯びた茶色い獣耳のついた覆面を取り出して被る。

 そして、スーツを大胆に脱ぎ捨てると、胸元の線がくっきりと出るコスチュームに早変わり。

巨乳ボイン獣! え? もしかして、あの豊胸ジェルってTKB団の仕業だったの!」

「そうですわ! 株式会社胸熱営業主任、露内千那津とは仮の姿。その実態は、巨乳ボイン獣タユンR9!」

 名乗ると、準備運動のように軽くその場で垂直跳びをして、たゆんたゆんと胸を揺らす。

「ふふ、それじゃぁ、ギリギリ間に合う間に暴れさせて貰いますわ。きっとあのジェルを使ったであろうペタバイトの中の人の胸が元に戻る前に!」

「! 豊胸ジェルはそれが狙いだったの!」

 学園長の言葉を背に、巨乳ボイン獣は学園へと向かって飛び出す。脱ぎ捨てたスーツと眼鏡は律儀にも持ち去っていた。

 学園長は、自宅にも設置されている通信機のスイッチを入れる。ここからも学園長室同様、各所へと音声を流すことができるのだ。

 その出力先を全校放送に切り替え、叫ぶ。

巨乳ボイン獣が現れました! 学園の皆さんには、冷静な対応を願います。授業なども中断することなく、できる限り無視するようにお願いします! あんな奴らの嫌がらせに決して屈しないでくださいっ!」



「え? 巨乳ボイン獣!」

 予想外の展開に、一限の授業中に放送を聞いた千沙菜は面食らう。

「あ、あの! 頭痛が痛い気がするので保健室へ行ってきます!」

 早速、いつものごとく無茶苦茶な理由を付けて授業を抜け、静真の研究所へ。

「……やっぱり、まだ効果は小さいままですか?」

 手早くPETAスーツに身を包んだ千沙菜は、数値をモニタしている静真に問う。

〈そのようだな。大体、これまでの三割から四割程度の『生命エネルギーティファレト』発生量だ〉

 ヘルメット内のスピーカーから冷静な返答があった。

 薬を塗ってまだ一時間程度。完全に腫れが引くには半日程度が必要ということだから、全然時間が足りていない。だから、今回はこの力で巨乳ボイン獣に相対するよりない。

 だがそれは自業自得。

「なら、その力でできる、最大限で応戦します!」

〈ああ、その意気だ! 僕も全力でサポートする!〉

 千沙菜は覚悟を決め、ペタバイトとなって校庭へと飛び出す。

「うわ! 今のホームランだったのに!」

「今のスマッシュ、絶対に入ってたわ!」

 校庭の各所から悲鳴が上がる。男子が野球、女子がテニスをしているようだった。

 それを、校庭を縦横無尽に跳び回る巨乳ボイン獣がボールを奪ったりして妨害している。

「本当に、嫌がらせって感じね」

 せこい行動に、若干呆れる千沙菜。

〈今回は、狸のようだな〉

「ああ、やっぱり……」

 静真に言われて、巨乳ボイン獣の姿を確認する。丸みを帯びた獣耳に茶色を基調としたスーツ、覆面の目の周りには黒い模様。狸の特徴だ。

「あれって、何か意味があるのかな?」

〈粗悪品を売り付けようとしたのだろう? 化かすから狸ってことじゃないか?〉

「なるほど」

 結論が出た所で、改めて巨乳ボイン獣へと向かう。

「くぉら、巨乳ボイン獣! これ見よがしに胸をたゆんたゆん揺らして授業妨害してんな!」

〈現れマシたね! ペタバイト!〉

〈今日こそは我輩の巨乳ボイン獣が勝って、巨乳こそが正義だと示してくれよう!〉

 校庭の片隅に立つ放送塔からTKB団の面々の声が聞こえてくる。どうやら、始業式やらで使っていた通信機をそこに設置したらしい。

「そんな訳で、お相手しますわ、ペタバイト!」

 巨乳ボイン獣は、即座にペタバイトへ向かってくる。

「くっ! やっぱり、いつもと感じが違う……」

 巨乳ボイン獣が繰り出した拳を、両手をクロスさせて受ける。

「とっとっと……」

 だが、受け止めはしたものの、体勢を崩してたたらを踏んでしまう。

「ふふっ、やっぱり、出力が下がっているようですわね」

〈貧乳は巨乳を目指す! それは、我らが巨乳至上主義を肯定する行為なのデーーーーース!〉

〈うむ。豊胸薬を使うなど、情けないものだな。貧乳にプライドを持てぬとは〉

巨乳ボイン獣が出た時点でそんな気はしてたけど、やっぱりあれはあんたらの仕業か!」

「ええ、そうですわ。でも使ったのはあなたの弱さじゃなくて?」

「くっ」

 きちんと静真に誠意を示してケジメは付けた。

 それでも、指摘されると心に揺らぎが生じる。

〈気にすることはない。君の貧乳は君のものだ。言わせておけばいい。それよりも、今の力でも十分対抗できているんだ。もっと自分の貧乳ちからに自信を持つんだ!〉

「は、はい!」

 ヘルメットに内蔵された通信機から響く落ち着いた静真のバリトンに、気を取り直す。

「うわっと」

 そうは言っても、出力低下の影響は小さくない。

「そんな攻撃、当たりませんわよ?」

 一撃で沈むようなことはないにしろ、攻撃はことごとく躱され、どうしても防戦一方となってしまう。

 このままではジリ貧だ。

 だが、五分ほどが経過した頃。

「あら、まぐれあたりかしら? でも、浅いですわ」

「うぅ、当たりそうで当たらなくてイライラする……」

 これまで躱され続けていたこちらの攻撃が、かするようになってくる。

 時間を経るにつれ、繰り出した蹴りが拳が巨乳ボイン獣に触れ、一方で、攻撃をブロックしてもたたらを踏まずに受け流せるようになってきた。

 そして、そこからたった三分程度の時が過ぎて。

「おお、おおぉ! なんか、漲ってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

〈素晴らしい。出力が戻っている!〉

「へ? でも、サイズが戻るには半日はかかるんじゃ」

〈そうね。普通はそうだけど、ペタバイトの貧乳は規格外だから、小さい分早く効果が出たのかも知れないわ〉

「それはそれでなんか悲しい!」

〈いや、それもあるかもしれないが、PETAの効果で治癒が早められたのもあるだろう〉

「文倉先輩、ナイスフォロー!」

 理由はどうあれ、その胸の如く揺るがざる事実として、一気にペタバイトの動きがよくなり形勢逆転。攻めに転じる。

 パワーバランスの急激な変化についていけない巨乳ボイン獣は、反応し切れない。あっという間に形勢が逆転する。

 ペタバイトは巨乳ボイン獣の背後に廻ると、身長差でその頭の高さにある巨乳を背後からぐわしと鷲掴む。

「あふぅぅぅん……」

 そして、嬌声を上げる巨乳ボイン獣の胸をいつもより余計に揉みしだいた後、

「BOIーーーーーーーーN断裂破壊掌クラッシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっッッッ!」

 力強く叫び、巨乳ボイン獣の胸部を引き裂く。


――ポロリ。


「巨乳など花拳繍腿! 貧乳こそ王者の胸よ!」

 即興の決め台詞を述べると、授業そっちのけで集まっていた男子からの喝采が上がる。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 巨乳ボイン獣は悲鳴を上げて胸を覆うと、学園の裏へと走り去った。

〈ふん、貧乳を一度は拒んだ時点で精神的には敗北したようなものデス! だから、今日のところは引き分けということにしておいてあげマーーーーーーース!〉

〈最後に勝つのは我が巨乳ボイン獣よ!〉

「うわ、解りやすい捨て台詞!」

 その言葉を最後に、放送塔からの声は沈黙する。見れば、巨乳ボイン獣が設置した装置から煙が出ていた。

「本当、様式にこだわる連中ね……」

 呆れて言いながら、千沙菜は実感していた。

 この平面的な胸が、確かに強大な護る力になっていたということを。

 己の矜持のために、不可欠なものであるということを。

 今まで、長年のコンプレックスで素直に受け入れられなかったけれど。

 ついつい豊胸ジェルに手を出したりもしたけれど。

 一度失って、取り戻したことで。

 ようやく。

 その場のノリではなく。

 勢いだけでなく。

 その有り難みを、認めた。

 心の底から。

 今、初めて、千沙菜は己の貧乳を肯定的に捉えることができたのだった。

 これまでのわだかまりが消え、一つの想いが込み上げる。

 なら、全力で叫ぶのが千沙菜の流儀。

「文倉先輩、この通信って、全校放送に繋ぐことってできますか?」

〈ああ、できるが〉

「なら、繋いでください」

〈了解だが、何をする気だ?〉

「あたしの覚悟を示すんよ! 今回の一件で、よく解りました! もう吹っ切れたかんね! 自分の貧乳を認めるっ! 誇るっ! それを、今ここに宣言しますっ!」

〈!!! 解ったっ! よしっ、繋ぐぞ!〉

 応じる静真の声からは、隠し切れない喜びが滲み出していた。

 それを感じ取って千沙菜も嬉しくなり、気分が高揚してくる。

〈OKだ!〉

 静真の熱の籠もった合図に従い、千沙菜は声高らかに告げる。

「貧乳に悩む同志諸君っ! 豊胸ジェルやらに頼らんでもいいっ! 無理におっきくする必要なんてないっ! あるがままであればいいんよっ! 貧乳ありのままの自分を受け入れるんよっっっ!」

 言って、PETAスーツの胸元を示す。

 そこには、青い『P』の文字。

 胸に輝く貧乳ペタのPマーク!

「あたしは、巨乳ボイン獣に屈することなく、貧乳の可能性を示し続けることを、この胸に輝くPマークに誓うっ! 巨乳に詰まる脂肪なんか目じゃないっ! あたしがっ、みんなのっ、貧乳に詰まる希望になったげんよっっっっ!」

 ペタバイトの熱い言霊に、各教室の、校庭の、一部からひっそり拍手が起こる。

 拍手する者達に共通するのは、貧乳。

 勿論、佐藤さんと高橋さんもそこに含まれていた。



 その後、学園長は治療を受けた学生達に内々に今回の犯人に対する処遇を問うた。

 豊胸薬というのは、乙女にとってデリケートな問題だ。おおっぴらに訴えるとこちらも風評被害を受けかねない。徹底的に追求して、カウンターでマスコミに変な追及を受けるのも面白くない。そういった話を、

「べ、別に保身のためじゃなくて、貴女達のことを思って聞いてるんだからね!」

 テンプレを間違えてデレデレで語る学園長は、皆に親しみを持って迎えられた。

 千沙菜も、その言葉が学園長の本心だと感じる。

 もしも揉み消したいなら、こうして学生の意見を聞いたりはしないだろう。ここで学生が望めば、警察沙汰も辞さないという学園長の覚悟が伝わってくる。

 そんな学園長に対する、千沙菜を含む貧乳女学生達の意見はおおむね一致していた。彼女達に共通するのは『おおむね』ではなく『ちいさいむね』なのだが。

「ペタバイトが決着を付けてくれたんだから、もういいよね?」

 それが大勢を占めていた。

「並々ならぬ貧乳のペタバイトが、代表して可能性を示してくれるっていうんだから、無理に大きくしなくてもいいかなって気もするよね」

「うん、もうこんなの懲り懲り! 『貧乳』と書いて『ありのままの自分』って何かいい感じもするしね!」

 佐藤さんと高橋さんが何故か、千沙菜に向けてそんなことを言ってくる。

「そうそう! 貧乳ありのままの自分、バンザーーーーーーーーーーーーイ!」

 その言葉を聞いて、千沙菜は思わず叫んでいた。

 静真の悲願の達成にほんの少しでも近づいた。その役に立てていることに喜びを感じる。

「あれ、でも、なんであたし、こんなに嬉しいんだろう?」

 その疑問の答えに、千沙菜はまだ気付かない。


 こうして、今回の偽豊胸薬事件は、学園の黒歴史として処理されることとなった。


  ※


 粗悪品ということで処分された『フクラーム・ジェル』。

 その説明書を、合歓子は入手していた。

 千沙菜が処分するというので、どんなのだったか見せてとせがんで入手したのだ。

 そこに、問い合わせメールアドレスを見付けた。

 TKB団の仕業と既にバレた以上、ダミーと考えるのが妥当だろう。

 だが、まだ届くかも知れない。

 かつて憧れ、諦めたこと。

 でも、今は一つの可能性を知った。

 その可能性に賭けるため。

 合歓子は携帯でそのアドレス宛にメールを書く。

「返事、くるかなぁ?」

 願いを込め、メールを送信する。

 携帯の送信済みトレイに入ったメールの件名は、


――わたしを巨乳ボイン獣にしてください

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