ACT.2-6 暴走バス vs 貧乳
〈バスは同じコースを巡回している。だから、そこで待ち伏せればコンタクトは簡単にできるだろう……だが、くれぐれも無理はしないで欲しい〉
「うん。でも、できる限りのことはするかんね!」
ポイントは20番カメラ前。
そこは柔浜山の五合目の辺りで、暴走コースの折り返し点付近となる。
曲がりくねる道に入る直前で、ここはまだ直線が続いて見通しがよく、こちらの映像も司令室(=学園長室)からモニタしやすいというのが、選択の理由だった。
ペタバイトとなって配置についた千沙菜は、ガリガリと地面に食い込むスパイクの具合を確認する。正面から向かうなら足下を安定させる必要がある。気休めかも知れないが、品揃え豊富な購買で一番いいスパイクを調達してきたものだ。結構な値段がしたが、費用は研究の経費で降りるということなので安心だった。
普段なら重いぐらいのゴツさだが、PETAで強化された状態では軽く、動作に支障はない。
〈来るぞ!〉
足下を確認していると、静真の声が聞こえる。
それとほとんど同時に、爆走するエンジン音が聞こえてくる。
〈現れましたわね、ペタバイト! でも、どうするおつもり? まさかバスに正面から挑むつもりかしら?〉
続いて、
「そのまさかだかんねっ!」
そうこうしているうちに、バスは視認できるところまでやってきた。
小柄な千沙菜の視点から見上げると、ことさらにバスは大きく感じられる。
それが、猛スピードでこちらへ突っ込んでくるのだ。
真正面から向かってくる大型バスは、否応なく恐怖を掻き立てる。
ゴクリ、と唾を呑む。
それでも、怖じ気付いてはいられない。
怯みそうになる心を叱咤する。
覚悟を決め、バスに向かって両手を構える。
「うわっ」
だが、バスに触れた瞬間、その勢いに流されて体勢が崩れてしまう。
踏ん張りが不十分で、このままだと弾き飛ばされるだろう。
ヒヤリとしたが、一方で冷静な思考が働いた。
PETAの効果による判断力向上の賜だろう。
普段の千沙菜ならごり押しするところだが、バスへ向かうのを早々に放棄。
全力での退避に移る。
「なんの!」
即座に体重を移動して体勢を立て直し、大地を強く蹴りつける。
大きく跳躍し、そのままバスを越えてやり過ごすことができた。
〈ほぅら、やっぱり無理でしょう? 貧乳は怪我をしないうちにお帰りなさいませ〉
そんな耳障りな声を残して、暴走バスは走り去る。
「ふぅ……流石に一発で止めるのは無理か」
とりあえず、最初は様子見のつもりだったのでこの結果は想定内だ。少なくとも『やり過ごす』という形ででも対処できたのは上々だろう。
〈だ、大丈夫か! 怪我はないか! 音無君〉
モニタで見ていた静真から、気遣わしげな通信が入る。
「全然平気。本当に不本意だけど、あたしの貧乳とPETAのお陰で判断力も向上してるから、最悪でも今みたいにやり過ごせますっ!」
〈そうか……とにかく、くれぐれも無理だけはするんじゃないぞ〉
「了解」
心配してくれている静真を安心させるように気軽に応えはしたが、対峙した暴走バスの迫力は想像以上だった。
生半なことでは止められないことをヒシヒシと実感している。
それでも、みんなを護るために引くことはできない。
護ることは、揺るがざる己の信念。
だから、やるしかない。
言葉に反して、内心では少々の無理は覚悟する。
弱気を払拭し、次はどうしようか? と考えながらその場で待つことしばし。
数分で次が来た。
やはり、向かってくる大型バスは怖い。
大きく深呼吸して恐怖を押し込めて再び覚悟を決めると、
「今度はしっかり踏ん張ってっと」
両足を前後に開き、足場を確認する。しっかりとスパイクが地面を噛んでいることを確認した上で前傾姿勢となり、バスに挑む。
「ふんっ!」
今度は体勢を崩さず手応えを感じたものの、ズリズリと体が後ろに滑っていく。力負けしているようだ。
「ダメね……」
早々に見切りを付け、跳び上がってバスをやり過ごす。
それからも、同じようなことを姿勢を変えて何度か試してみたが、どうしても力負けしてしまう。
〈本当に大丈夫か? 君にもしものことがあっては、元も子もないからね。いざとなれば、撤退を選ぶのも恥じゃないからね〉
恐怖を押し込めて半ば意地になって挑戦を繰り返していると、静真の声に含まれる心配の度合いがどんどん増してきているのが伝わってくる。
しかし、千沙菜は自らの誇りに懸けて引く訳にはいかない。
「大丈夫! 貧乳の秘めた可能性、確と示してみせます! あたしの貧乳の力を見出したのは文倉先輩なんだから、信じてくんなきゃっ!」
とりあえず静真を安心させようと、軽口を返す。
そんな風に相手を気遣ったことで、少し気持ちに余裕が生まれたのだろう。
ふと、閃くものがあった。
「あ、力が足りないなら、助走すれば……」
速度を乗せればそれだけ力は増す。ただ踏ん張るだけだと押し切られるなら、助走してみるのはどうだろう?
口では大丈夫と言いつつ、そんな簡単なことも思い付かないほどにテンパっていたのだ。
それを自覚して、逆に落ち着いていく。
まだまだ全然遅くない。思い付いたなら、即実行すればいい。
幸い、正面からの相対を何度も繰り返して、バスのタイミングは掴めている。
もうすぐやってくるだろう。
ならば。
千沙菜は、両手を地についてクラウチングスタートの体勢となる。
「ヨーーーーーーーイ」
そして、バスが見えた瞬間。
「ドン!」
自分で合図をして駆け出す。
「うわ! 何これ! 凄っ!」
スパイクがしっかりと地面を噛み、PETAの力で強化された脚力が全て前方へと向かうエネルギーに変わる。
世界新とかそういうレベルも超越した信じられない速度で、白い弾丸と化してバスへと向かう。
「こわっ!」
自分の速度が加わって、とんでもない速度で迫り来る大型バスは、これまで以上の恐怖を千沙菜の心に生み出す。
「でも、これならいけるっ!」
声に出して己を叱咤し、心を奮い立たせて恐怖を散らす。
速度を落とさず、そのまま大型バスへと突っ込んでいく。
〈え? ちょっと! 何をする気ですの!〉
さしもの
「いよっっっっっっっっっっっっしゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁ!」
気合いの声と共に、ペタバイトはバスに接触する。
これまでとは比べものにならない手応え。
それでも押し返してくるバスの力を、踏ん張って留める。
ギャリギャリとスパイクが道路を削っていく感触が伝わってくる。
だが、その摩擦がブレーキとなり、確実にバスの速度は落ちている。
「おぉぉぉぉおぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ペタバイトが叫びと共に更に力を込めると、ゴウン、と鈍い音がして急にバスからかかる負荷が軽くなる。どうやら、ペタバイトが無理矢理押しとどめたことで駆動系がいかれたようだった。
「う、嘘でしょ!」
バスが動かなくなったことに、
「ふん、ホンッッッッッッットーーーーーーーに、認めたくないし不本意だけどね……」
千沙菜はその
「あたしの貧乳は暴走バスさえ止めちゃうんだかんねっっっ!」
全力で啖呵を切る。
〈よくやったわ! 貧乳の可能性、見せて貰ったわよ。同じ貧乳として嬉しいわ〉
同時に、通信機越しに愛から祝福の言葉が聞こえてくる。
そう、自らの貧乳の力で、また、学園のみんなを護れたのだ。
その喜びに、貧乳を力に変えるPETAから更に力が漲ってくる気がする。
「出てこい、
「こうなったら仕方ありません……撤退させて貰いますわ!」
言って、バスの後方ドアから飛び出してくる。
〈地出先生! バスの方は結構酸っぱい臭いがしてるんで、対応願います! あたしは、
言うなり、千沙菜は走り出す。向こうもBOINで強化されているようだが、PETAで強化された千沙菜の足はそれ以上。あっという間に距離が縮まる。
「今度の
〈いいえ、顔に隈取りがあったからチーターでしょうね。走りの速さにでもかけてたんじゃないかしら? まぁ、それでも貧乳の力には敵わなかったみたいだけどね〉
通信機越しに学園長とそんな益体のない話をしつつ、
「ええ? そ、そんな……」
両手を前に回し、背後からその胸を鷲掴む。
「くぅぅぅ、これ見よがしに揺らしてからにぃぃぃ」
ひがみを込めて、合歓子には劣るその
「は、はふぅ……ん」
大人の女の嬌声を上げる
そんな声にも動じずに心ゆくまで揉んだ後、
「BOIーーーーーーーーN
高らかに技名を叫び、容赦なく胸部の布を引き裂く。
――ポロリ。
「また、つまらぬものを剥いてしまった……」
やり遂げた顔で、即興の決め台詞を吐く千沙菜。
「いやぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
一方で、
「あ……逃げられたか」
〈別に構わないでしょ。それよりも知香さんがバスへ向かってるから、後は任せて戻ってらっしゃい。こっちからも車を出すから途中で合流しましょう〉
「了解」
そう言って戻ろうとしたところで、バスからワラワラと学生達が降りてくる。みんな、かなりグロッキーだ。
そんな中、暢気に伸びをしながら、
「ジェットコースターみたいで楽しかったよぉ」
と言っている小柄で胸の大きな少女がいた。
合歓子だ。どうやら、平気だったらしい。
「……マイペースね、ねむちゃんは」
無事な親友の姿に、安堵と共に思わずクスリとする。
「ありがとう! ペタバイト!」
「本当、助かった、ありがとう!」
「ありがとう、音……じゃなくてペタバイト!」
そこここから聞こえる感謝の声に、得もいわれぬ達成感を感じる。
貧乳の力が、千沙菜の渇望したみんなを護る力となっていることを実感する。
だが、長居する訳にもいかない。
正体がバレてしまう危険があるからだ。
「我が貧乳は力の証っ!
だから、そんなリップサービスの見栄を切って、学園の方向へと走る。
しばらく走っていると、前方から黒い車がやってきた。学園長の車だろう。
路肩に止まるや、ドアが開いて誰かが駆け出してくる。
「え! ちょ、ちょっと……」
そして、思い切り抱き締められた。
「音無君……無事でよかった……」
それは、静真だった。
「え、あ、あの……」
顔を真っ赤にして、千沙菜は対応に窮する。
「あんな無茶な作戦……確かにPETAを信じればよかった。だけど、僕は、被験者の安全のために、常に最悪を考える義務がある。ずっと、ずっと、不安だった……」
静真は、本気で千沙菜の身を案じてくれていた。
これまでの言葉に、そして今、体を包む温もりにそれを感じる。
「大丈夫です。あたしは、文倉先輩のPETAを信じます……」
静真の腕の中は、心地よかった。
段々と、体温が上昇してくるのを感じる。
心臓の鼓動が高まる。
でも、男に免疫のない千沙菜である。すぐに限界がきた。
「だから………………………………………………………………ええ加減に離れろ!」
空気に耐えられなくなった千沙菜は、PETAによる精密な手加減により怪我をしないけど痛いギリギリで、静真を弾き飛ばしてしまったのだった。
こうして、北多学園通学バスジャック事件は、ペタバイトの活躍により無事解決と相成った。
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