ACT.2-5 バスジャック発生!

〈本日の通学バス最終便でトラブルが発生しました! まだ登校していない生徒が居るかと思いますが、授業は平常通り行なってください! 繰り返します、授業は平常通り行なってください! あんな奴らのせいで臨時休講になんてしてたまるもんですかっ!〉

 朝の教室に、全校放送で学園長の声が響き渡る。

「あ、最後に本音が出た」

「『あんな奴ら』ってTKB団ってことよね、多分」

「でも、トラブルってなんだろう?」

「バスジャックとか?」

「それって、結構やばくね?」

 徐々に不安が広がっていく教室の中で、千沙菜は出番を悟り、

「え、と、ちょっと気分が悪いから保健室行ってくるかんね!」

 そう宣言して強引に教室を離れようとすると、クラスメート達の視線が集まった。

「え? え? ほ、ほんとに調子悪いから……」

 仮病がバレたかとしどろもどろになるが、そうではないようだった。

「うん! 調子悪いなら仕方ないね! 行ってらっしゃい! 先生には言っとくから!」

「そうよね。それ以上悪くならないうちに、早く行かないと!」

「おう! 頑張れよ!」

 何故か、みんな素直に受け入れて大々的に見送ってくれる。応援するような言葉まで混じっていたことを若干奇妙に思いながらも、今はそれどころではない。

 寝坊して件のバスに十中八九乗っているだろう合歓子のことも心配だ。

 千沙菜は教室を飛び出すと、とても調子が悪いとは思えない勢いで長い三つ編みを揺らしながら、しかし、胸は微動だにさせずに保健室へと駆けていった。

 保健室に着くと、前で待っていた知香に隣の学園長室へ促される。そこでバスの様子をモニタしているということだ。

 学園長室に駆け込むと、巨乳ボイン獣からの通信が入ったところだった。

〈こちら巨乳ボイン獣ユッサM2。北多学園長、そろそろ要求を呑む気になったかしら?〉

「だまらっしゃい! あんたらには絶対に屈しないわよっ!」

〈あらあら、いいのかしら? わたくしの気分次第で可愛い生徒達が酷い目にあうかもしれませんわよ?〉

「そ、そんな脅しには屈しないって言ってるでしょっ!」

〈いいですわよ。なら、わたくしはこのバスでどれだけ無茶ができるか試すだけですから〉

「ごちゃごちゃ五月蠅い! じきに吠え面かかせてあげるからっ!」

 そう叫んで、学園長は乱暴に無線機の通話を切る。

「さっきから、ずっとこんな調子よ。向こうも余りことを大きくしたくないはずだから、口だけで本当に事故らせるつもりはないとは思うんだけど、うざいわね」

 やってきた千沙菜と知香に向かって、疲れたように口にする学園長。

 その姿はいつものパンツスーツではなく、何故か白衣に緋袴の巫女装束。

「あの、学園長、その格好は?」

「あ、これ? 元神社の娘としての、私の勝負服みたいなものよ。司令官としては、ちょっと変化があってもいいかなぁってね……っと、今はそれよりもバスよ!」

「おっと、そうですね!」

 言われてモニタに目を向けると、先に来ていた静真がその前に座っていた。

 50インチの画面を十六分割して映し出される各所の監視映像の中を、バスは次々に駆け抜けていく。

「あんな複雑な山道で、まともな人間なら出せる速度じゃないですね。小回りの効く車ならいざ知らず、バスであの運転はもはや絶技です」

 急カーブをほとんど減速なしで駆け抜けた映像を見て、知香が呆れたように口にする。

「それも、BOINの力、ということなんだろうね。人体の活性を向上させるということは、集中力なども増幅されるということだから、そのデータ取りも兼ねてるんだろう」

 静真は冷静に状況を分析しているようだった。

「バイパスを利用して麓から目に付かない五合目以上の範囲をグルグルと回ってるのは、そういう目的もあるんでしょうね。あの辺りからカーブが激しくなっていきますから」

 知香の言葉で、千沙菜は通学時のバスから見える風景を思い出す。

 確かに、五合目を超えた辺りから右に左に曲がりくねった道が続いていた。バイパスというのはところどころにあった脇道のことだろう。迂回路のようになって少し先で合流するようになっていたから、そこを通って大回りでUターンすれば、同じ場所をグルグル回れそうだ。

「流石にPETAでもあのバスをどうこうするのは難しいな。こちらも車で並走してバスに侵入して、巨乳ボイン獣をどうにかするか……」

「ダメよ。今、あのバスの命運を握っているのは巨乳ボイン獣だから、下手に刺激して運転ミスでもされたら大事故間違いなしよ。それは絶対に避けないといけないわ」

 確かに、バスに侵入したとしても、運転を邪魔せずに巨乳ボイン獣を排除するなんて器用な真似は自分にはできないと、千沙菜も学園長の意見に賛同する。

「ガス欠を待つというのは?」

 それでも何かしら意見を出そうと、千沙菜は思い付きで聞いてみる。車のことはよく知らないが、無限に走れる訳ではないだろう。

「状況的には、それが妥当な作戦だと思うんだけどね。あのバス、大容量のタンクを積んでる上に燃費のいい車体だから、普通に走れば丸一日は余裕で走れちゃうのよ。あれだけ無茶しても、多分半日は持つでしょうね」

「え、半日も!」

 だが、学園長の示したリミットは少々長過ぎた。

「そうよ。それで、半日あの暴走バスに揺られたら、大概の人は酔うでしょうね。多分、エチケット袋が足りなくなって、車内には酸っぱい臭いが充満することになると思うわ。だから、できれば避けたいんだけど、他にいい手はないし悩ましいわ」

 地味に嫌な結末予想だった。

 となれば、少しでも早くあの暴走バスをどうにかしないといけない。

 みんなを護らないといけない。

 そう考えたら、自然と言葉が飛び出していた。

「うん、まどろっこしいことはいいっ!」

 ぱしっと、胸の前で右手の拳を左掌に打ち付ける。

「文倉先輩は、貧乳だからこそ力を発揮できることもある、そう主張したいんですよね?」

「その通りだ。貧乳がマイナスではなくプラスとなる、そんな可能性を提示したいからこそ、PETAの理論を産み出したんだ」

 静真は熱の籠もったバリトンで同意する。

「で、ものすっっっっっっっっっごく不本意だけど、あたしの貧乳は、PETAの最大限の力を引き出せるんですよね?」

「その通りだ。ここ数日の実験で僕の想定の数倍の効果が産み出されているのが、その証明だ」

 そこまで聞いて、千沙菜はニヤリ。

「だったら、小細工無用! 正面からガチで勝負! あたしがPETAの力でバスを真っ向から受け止めたげるわっ!」

 超薄型の胸をドンと叩いて、力強く宣言する。

 だが、その宣言に静真の顔色が変わった。

「待て、それは幾ら何でも危険過ぎる! ヘルメットにはそれなりの強度があるにしても、PETAスーツに特別な防御機構が備わっている訳ではない。PETAにより人体の耐衝撃性も向上してはいるだろうが、それでもこんなケースは想定の範囲外だ!」

「そうよ! 幾ら静真様が生み出したPETAが素晴らしい力を秘めているといっても、あの暴走バスと真っ向勝負をするのは無謀よ!」

「やめなさい! それはマジでヤバイわ!」

 知香、愛も静真に続いて窘めるが、それでも千沙菜は揺るがない。

「じゃあどうするんです? ガス欠を待って半日のらりくらりと挑発をやり過ごすんですか? そんなんだったら、例え要求を呑まなくても負けたようなもんです! あたしは、正直まだモヤモヤした想いはあるけども、自分の貧乳が役立つってんなら、役立てたいんです! その力で助けたいんです、あのバスに乗ってる友人達を! 護りたいんです、この学園の名誉を!」

 千沙菜の熱い想いの籠もった啖呵に、三人は黙った。

 無茶な手段ではあるが、パンチ力で30トンという数値を弾き出した実績がある。その手応えから、自身の貧乳が産み出す力なら、バスを止められる可能性もないことはない、とは思う。

 とはいえ。

 正直、やってみなくちゃ解らない。

 怖くないと言えば嘘になる。


――でも、やらなきゃ護れないっっっ!


「それに、型通りとはいえ、あのときPETAの被験者としての契約書にサインしたってのは、そういった危険にも同意したってことなんでしょ? なら、何かあっても自己責任でいいかんね。まぁ、万一の場合には保健の先生の迅速な対処は期待してますけど」

 ネガティブな感情を断ち切るように、冗談めかしてそう言うと、三つ編み眼鏡の委員長然とした姿に不似合いな、だが、その言葉に相応しい豪快な笑みを浮かべる。

「……止めても、無駄みたいね」

 沈黙を破って、愛が何かを諦めたように口にする。

「正直、私も学園長として愛する生徒を危険に晒したいとは思わないわ。でもね、あなたの覚悟は本物だって伝わってくる。生徒のやる気に水を差すのも不本意だわ」

 言って、遠い目をして続ける。

「それに、ちょっと見てみたいとも思うのよ、貧乳の可能性を……」

「め、愛姉さん! なんかカッコ付けて雰囲気で押し通そうとしてるけど、さっきはヤバイって言ってたじゃないか! 流されちゃダメだ。研究者の責任として、被験者をそこまでの危険に晒すことには同意しかねる!」

「そうですよ、学園長! こんなの、博打ですよ!」

「ごちゃごちゃ言わないっ! 本人の決意を無駄にするっていうのっっっ!」

 バスとの正面対決に難色を示す静真と知香を、愛は一喝する。

「学園長命令よ! 音無さん、いいえ、ペタバイトが暴走バスを止められるよう、全力でサポートなさいっ!」

 その剣幕に、学園長の考えを翻すのは不可能と判断したのだろう。

「音無君、それで、いいんだね」

 静真が真剣な表情で問いかけてくる。

 千沙菜は無言で、しかし、力強く頷いてその決意を示す。

「……解った。音無君が、それを、望んでいるのなら、その意志を、尊重、しよう」

 まるで一語一語自分に言い聞かせるように、ゆっくりと口にしながら静真は同意する。その瞳は、ずっと千沙菜を気遣わしげに見つめていた。

 静真の葛藤を知ってか知らずか、学園長は千沙菜に向き直り、高らかに告げる。

「貧乳の可能性、存分に奴らに見せ付けてやりなさい。私が許すっ!」

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