ACT.2-4 井伊野合歓子の憂鬱
「本当に先に行っちゃうなんて……連れないなぁ、ちぃちゃん」
授業が始まって三日目。
合歓子は、最終便の通学バスの中、窓の外を流れ過ぎる木々に向けて呟いた。
今朝、寝坊をしたので千沙菜に「先に行って」とは言った。
でも、せっかく同じ学校に通えるようになったのだから、そうは言っても待っていてくれると思っていた。
「あ、そうなの? じゃぁ、先に行っとくかんね!」
だけど、実際にはそう言ってあっさり先に行ってしまったのだ。
「とはいえ、そこで素直に従うのがちぃちゃんだもんねぇ……失敗しちゃったなぁ」
合歓子は、寂しかった。
幼稚園、小学校、中学校。近所に住んでいながら全て違う学校というのは、親友としては切ない距離感。
だから、同じ高校に通えるようになって、本当に嬉しかったのだ。
学校が同じならもっと一緒にいられる、そう思っていた。
でも、現実は上手くいかない。
「バイトも始めちゃったから、あんまり一緒にいられないし……こんなことならルームシェアにすればよかったなぁ」
最初はルームシェアを申し出たけれど、小遣い等で厳しい千沙菜に気を使ってついつい家賃は出すとか言ってしまったのだ。それが、潔癖な部分のある千沙菜を意固地にさせてしまい、別々の部屋を借りることになった。
だから今は、隣同士とはいえ違う部屋。その距離は同じ部屋とは比べようもない。
「まぁ、でも、同じクラスにはなれたし、これからよねぇ……ん?」
気持ちを切り替えたところで、ふと物音がして注意をそちらに向ける。
恐らく上級生だろう、かなり背の高い女生徒が最後尾の席を立ったところだった。
山道の安全運転もあって一時間程度かかる道程だ。観光バスを改装したこの通学バスにはトイレも付いている。だから、席を立ってもトイレだろうと誰も気を払いはしなかった。
しかし、その女生徒はトイレのある中央部を越え、運転席へと近づいていった。
「?」
怪訝な視線を向ける生徒がちらほら現れる中、女生徒は信じられない行動に出た。
シュルシュルと、ブレザーのリボンタイを抜き取ってポイっと投げ捨てたのだ。
乗り合わせた男子生徒が唾を飲んで見守り、
「ちょっと! やめなさい!」
男の運転手は注意するが、チラチラと横目で見る。
「あぁら? 脇見運転はいけませんわよ?」
色っぽく言って、その女生徒は昇降口に降りる。
一段低くなったそこは、車内からは死角になっていて姿が見えない。
そこから、ジャケット、ブラウス、スカート、更には下着までが飛び出す。
「おぉぉおっぉおぉっぉ」
男子生徒一同の期待に満ちた唸り声が上がる。
が、次の瞬間、昇降口から何かが飛び出すと、
――キィィッィィッ!
甲高い音を立ててブレーキがかかり、車体がガクン、と揺れた。
ほどなくバスは停止し、開いた昇降口から運転手が放り出される。
いきなりのストリップで車内には混乱があった。
急展開に、誰も反応できなかったのは仕方ないだろう。
何が起こったのか多くが把握できない間に、急発進するバス。
そんな中、合歓子は冷静に状況を分析していた。
伊達に、護身術道場の娘ではない。
途中で辞めてしまったけれど、幼い頃に千沙菜と共に学んだことは、しっかりと身に付いている。
暴漢は突然襲いかかってくる。
不意の事態で焦らないのは、井伊野流実戦護身術の基本中の基本だ。
運転席を見ると、そこには一つの影。
豹柄の全身タイツに身を包んだ、女。
ルームミラーに移る顔は、目の周りに黒い隈取のような模様のある同じ柄の覆面。
彼女は、バスに備え付けの無線機を手に取ると、高らかに宣言した。
「わたくしは、
微妙な嫌がらせ要求をすると、バスがグンと速度を上げる。
「何人たりとも、わたくしの前は走らせませんわよ!」
普段安全運転で揺れのないバスが、激しく揺れる。
バスの揺れに合わせて、
ここに来て乗り合わせた学生達も不安になってきたようで、そこここでひそひそと語る声が聞こえてくる。
一方で、合歓子は依然として冷静だった。
「結果オーライかも。ちぃちゃん、ううん、ペタバイト、助けに来てくれるよね?」
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