File:00 King`s Gambit
箱型の空間に一人、青い作業着の青年がじっと立っている。
壁に埋め込まれたデジタルの文字が数字を映し出している。三十五階を指したところで、
広いワンフロアを擦りガラスの壁が仕切っている。足元を照らす柔らかな光に誘われるように、奥へ奥へと進んでいく。
突き当たった最奥のガラス壁の奥から人の気配がする。
「どーも、サニースマイル……うわっ!」
ガラス戸を開けた瞬間、ぶつかってくる影に押し倒される。
柔らかくずっしりと中身を持った『それ』は人肌の温かさを持っていた。覆いかぶさるように体の上に乗っている『それ』から甘くむせ返るほど濃い香水のニオイに混じって、
顔を上げると、すぐ傍らにスーツの女性が立っていた。
その手には、あまりに
青年は動けないでいた。女性が細いフレームの眼鏡の奥から、無感情に青年を観察している。だが、薄桃色の人差し指はまだ、引き金に
「Hey, Is she died?」
突然男の声がした。ガラスで仕切られた部屋には、もう一つ奥があり、その向こうから発せられたようだ。背の高いシルエットは見えるが、こちらも目の細かい擦りガラスがその姿を
「Obviously.」
女性のスカートから伸びる足が動いた。高く美しいヒールの先で、青年の上に乗った『それ』を蹴り転がした。『それ』はピクリとも動かない。それを
「I'll clean-up. Please relax and do not mind me.」
「Ok, I'll stay a good boy.」
男の声が止まると、女性は視線を青年へと戻す。
「Sorry,Gay」
女性はそういうと、倒れた時に落としたのだろう青年の帽子を拾って、差し出した。
青年は
「Ah……Can you speak English?」
「あっ、えーっと。ノーイングリッシュ、オーイエーイ!」
両手を上げながら、青年はおどけて見せた。敵意はないと全身で示しているようでもある。女性はしばらく縄張りに入ってきた異物をみる獣のように青年を観察する。
時間が止まったように
「大丈夫、日本語話せるから」
どこか発音に違和感はあるものの、ほぼ完璧な日本語に青年は
「あーよかった。英語はさっぱりだめで、もうこのまま英語で会話が進んだらどうしようかと思いました。日本語お上手ですね?」
「雑談はいらない」
女性は冷たい無機質な声で言うと、
「これと、『それ』の処理をお願いしたいんだけど、できる?」
投げ渡されたのは白いブランド物のハンドバッグだ。中には財布など入っているのだろう。青年は見えているか分からないほど細い目で、バッグと転がったそれを交互に見る。
「全部?」
「跡形もなく」
「これ犯罪ですけど?」
青年は隣に転がる『それ』を指差すと、女性は胸の前で腕を組んだ。
「
青年・竜胆は驚いたように眉を上げた。
「誰からの紹介ですか?」
「Manjusaka」
女性の発音のよさに、言葉が上手く聞き取れなかったのか首を傾げた。が、ふと頭の中で文字と音と意味が繋がった瞬間、竜胆はぷっと噴き出し、軽快な笑い声を上げた。
「
目の端から
「高いですよ」
にっこり笑う姿は、ファーストフードの販売員が値段を告げるような軽さだ。
女性は承知しているとゆっくりと瞬いた。
「いくらでも。口を
「ああ、いえ。口止め料は
そう言った竜胆は、部屋に入ると慣れた動作で背負っていたバックから荷物を取り出し床に置く。白いゴム手袋をはめると、黒いビニール製の敷物を部屋の真ん中に敷いた。
機敏な動作で部屋の外に転がる『それ』を難なく持ち上げ、その上に降ろした。
そしてすぐに、広がってしまっている赤い水を布で手早く拭き取り、スプレーを吹きつけさらに
そこまでを九十秒かからず終え、部屋の扉を閉める。女性が鍵をかけると、竜胆はそれを横目に黒い敷物の前に立った。
その上に寝かされた『女性』を見下ろす。
下着だけ身に着けた、非常に無防備な姿。だが、爪の先から頭の天辺まで、非常に手入れの行き届いた体だ。明るく染められた巻き毛と女性特有の白い肌が、黒い敷物に映えている。
なぜ殺されたの、なんでどうして?
そんな顔だ。
竜胆は細い目をさらに細めて笑う。
「ご
友人に別れを告げるような軽さで手を合わせる。
そして背後に回ると抱え上げ、
「よっ」と竜胆の掛け声とともに、若い枝が折れる音が部屋に響いた。
女性が二つ折りのよう、ぴったりと下半身に上半身を乗せた。
そこで竜胆は思い出したように、扉にも垂れ、腕を組んでいる女性に顔を向けた。
「このまま見学します? 結構ショッキングなことになりますけど」
「気にしなくていい」
首を振った女性に、竜胆は構わず作業を続ける。
時間にすれば、十分ほど。竜胆は手際よく『折りたたみ』、抱えられるほど小さくなったそれを敷物で包んだ。さらに大きなポリ袋二枚に包み、密封する。手袋を新しいものに取りかえ、今度は部屋を見回し始める。
「部分掃除にしますか? それとも全部にします? 確実なのは全部ですが、ちょっと時間かかりますけど?」
女性は返事をしない。竜胆は女性の顔色を
瞬かず、言葉を発することなく、
「興味ないの? なぜ死んだのか」
小首をかしげる動きに合わせ、真っ直ぐで
「ん? あー、殺された理由ですか? 興味はありますよ。でも、知ったら……」
人差し指で自分のこめかみを指すと、ばーんと声とともに首を傾けた。
「安全第一。これは仕事の基本です、ちゃんと足元は見ないと」
竜胆は人差し指を立て、足元を指差す。左から右へ。女性と自らの間の空間に滑らせた。
二人を分ける一本線。
にこりと懐っこく笑う竜胆に、女性は小さく笑った。
「Sounds like fun! let me in.」
またしても、男性の声が割り込んできた。先ほどから、まるで子供のような会話をこちらへ投げていることだけは、竜胆も雰囲気でわかる。それを証明するように、女性はわがままを言う子供に
「Please bear with me.」
「I need it ASAP. I’m bored to death!」
「You're the boss.」
女性の厳しい口調に、擦りガラスの向こうで男性の
「部屋、全て綺麗に掃除してもらえる? なるべく急いで、彼が退屈で暴れる前に」
ヒールの音を響かせながら、女性は男の声がする擦りガラスの方へと向かう。
「承知いたしました」
「それから」
ヒールの音が止まる。
「
机を拭いていた手を止め、細い目を女性へと移した。
「この名前、ご存知?」
竜胆は首を傾げ考え込むように
「いいえ、知りません」
「そう、今のは忘れて」
「ははは、ボクは掃除屋ですよ。ここでのことは、ゴミ袋の中に捨てて燃やしてぽいっ、完璧ですよ」
「とても優秀で安心した」
眼鏡の奥で、女性が笑う。帽子の下で、青年は笑う。
全てを知るのは部屋の片隅、咲き誇る白いユリだけだった。
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Thank you for reading to my story.
Was it interesting?
Please do try and read next story too.
See you bye. And come on next. The insane game begin!
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