File:00 King`s Gambit



 箱型の空間に一人、青い作業着の青年がじっと立っている。

 壁に埋め込まれたデジタルの文字が数字を映し出している。35階を指したところで、木琴もっきんを鳴らしたような、ぽーんと柔らかな音が鳴る。

 広いワンフロアを擦りガラスの壁が仕切っている。足元を照らす柔らかな光に誘われるように、奥へ奥へと進んでいく。突き当たった最奥のガラス壁の奥から人の気配がする。

「どーも、サニースマイル……うわっ!」

 ガラス戸を開けた瞬間、ぶつかってくる影に押し倒される。

 柔らかくずっしりと中身を持った『それ』は人肌の温かさを持っていた。覆いかぶさるように体の上に乗っている『それ』から甘くむせ返るほど濃い香水のニオイに混じって、錆鉄さびてつのニオイがする。慌ててその下から半身を抜け出すと、床を叩くヒールの音が間近でした。

 顔を上げると、すぐかたわらにスーツの女性が立っていた。その手には、あまりに不釣合いなものが握られている。つや消しの施された黒い物体。まず日本では見かけないもの、自動拳銃じどうけんじゅうだった。その先には、銃身と同じ色と素材の、調理に使うゴムヘラのような装置が取り付けられ、銃の先に重心を置いたようなそれは、一見おもちゃのようにも見える。だが、かたわらに転がり、赤い水を広げ始めた『それ』から、殺傷能力を持つのは明らかだ。

 青年は動けないでいた。女性が細いフレームの眼鏡の奥から、無感情に青年を観察している。だが、薄桃色の人差し指はまだ、引き金に添えられている。少しでも間違えば、『それ』と同じ運命を辿ることになる。

「Hey, Is she died?」

 突然男の声がした。ガラスで仕切られた部屋には、もう一つ奥があり、その向こうから発せられたようだ。背の高いシルエットは見えるが、こちらも目の細かい擦りガラスがその姿をおおっている。

「Absolutely.」

 女性のスカートから伸びる足が動いた。高く美しいヒールの先で、青年の上に乗った『それ』を蹴り転がした。『それ』はピクリとも動かない。それを一瞥いちべつし、女性はガラスの向こう、男のシルエットに声を投げる。

「I'll clean-up. Please relax and do not mind me.」

「Ok, I'll stay a good boy.」

 男の声が止まると、女性は視線を青年へと戻す。

「Sorry,Gay.」

 女性はそういうと、倒れた時に落としたのだろう青年の帽子を拾って、差し出した。青年は戸惑ったようにそれを受け取る。その様子に、女性は細い指を思案するように顎にあてた。

「Ah……Can you speak English?」

「あっ、えーっと。ノーイングリッシュ、オーイエーイ!」

 両手を上げながら、青年はおどけて見せた。敵意はないと全身で示しているようでもある。女性はしばらく縄張りに入ってきた異物をみる獣のように青年を観察する。互いに動かない。つっと女性の視線が青年かららされると、握りこんでいた拳銃けんじゅうから力を抜いた。そしてスカートを捲り上げ、黒いストッキングのももに巻かれたホルスターへと拳銃をしまう。

「大丈夫、日本語話せるから」

 どこか発音に違和感はあるものの、ほぼ完璧な日本語に青年は安堵あんどの溜息を吐いた。

「あーよかった。ほんのちょっとなら聞き取れるんですけど、話すのは苦手で。日本語お上手ですね?」

「雑談はいらない」

 女性は冷たい無機質な声で言うと、きびすを返した。ヒールを鳴らしながら、部屋に落ちていた白い何かを拾い上げる。

「これと、『それ』の処理をお願いしたいんだけど、できる?」

 投げ渡されたのは白いブランド物のハンドバッグだ。青年は見えているか分からないほど細い目で、バッグと転がったそれを交互に見る。

「全部?」

「跡形もなく」

「これ犯罪ですけど?」

 青年は隣に転がる『それ』を指差すと、女性は胸の前で腕を組んだ。

竜胆真りんどうまこと。あなたは、【そっち】に特化した掃除屋と聞いているけれど?」

 青年・竜胆は驚いたように眉を上げた。

「誰からの紹介ですか?」

「Manjusaka.」

 女性の発音のよさに、言葉が上手く聞き取れなかったのか首を傾げた。が、ふと頭の中で文字と音と意味が繋がった瞬間、竜胆はぷっと噴き出すと、軽快な笑い声を上げた。

曼珠沙華まんじゅしゃか! あははは、そうでしたか! すいません。そのつてからは久々で。あーもう、あの人ホント意地悪と言うか、一言連絡くれても良いのに、ははは」

 目の端から溢れた涙を袖で拭うと、造作もなく立ち上がった。バッグを放り、持っていた帽子を丁寧に被り、つばの奥から眼鏡の女を覗いた。

「高いですよ」

 にっこり笑う姿は、ファーストフードの販売員が値段を告げるような軽さだ。女性は承知しているとゆっくりと瞬いた。

「いくらでも。口をつぐんでくれるなら」

「ああ、いえ。口止め料は要りません。この仕事は、お客様との信頼で成り立っているので、ご安心を」

 そう言った竜胆は、部屋に入ると慣れた動作で背負っていたバックから荷物を取り出し床に置く。白いゴム手袋をはめると、黒いビニール製の敷物を部屋の真ん中に敷いた。機敏きびんな動作で部屋の外に転がる『それ』を難なく持ち上げ、その上に降ろした。

 そしてすぐに、広がってしまっている赤い水を布で手早く拭き取り、スプレーを吹きつけさらに磨く。すると、そこには何もなかったように汚れは落ちていた。以前より少し綺麗なくらいだ。

 そこまでを30秒かからず終え、部屋の扉を閉める。女性が鍵をかけると、竜胆はそれを横目に黒い敷物の前に立った。

 その上に寝かされた『女性』を見下ろす。

 下着だけ身に着けた、非常に無防備な姿だ。だが、爪の先から頭の天辺まで、非常に手入れの行き届いた体だ。明るく染められた巻き毛と女性特有の白い肌が、黒い敷物に映えている。

 額のど真ん中に穴が開いている。

 なぜ殺されたの、なんでどうして?

 そんな顔だ。

 竜胆は細い目をさらに細めて笑う。

「ご愁傷様」

 友人に別れを告げるような軽さで手を合わせる。

 そして背後に回ると抱え上げ、長座前屈ちょうざぜんくつをさせるように上体を倒した。その背に膝を乗せ、体重をかける。

「よっ」と竜胆の掛け声とともに、若い枝が折れる音が部屋に響いた。

 女性が二つ折りのよう、ぴったりと下半身に上半身を乗せた。

 そこで竜胆は思い出したように、扉にも垂れ、腕を組んでいる女性に顔を向けた。

「このまま見学します? 結構ショッキングなことになりますけど」

「気にしなくていい」

 首を振った女性に、竜胆は構わず作業を続ける。

 時間にすれば、10分ほど。竜胆は手際よく『折りたたみ』、抱えられるほど小さくなったそれを敷物で包んだ。さらに大きなポリ袋二枚に包み、密封する。手袋を新しいものに取りかえ、今度は部屋を見回し始める。

「部分掃除にしますか? それとも全部にします? 確実なのは全部ですが、ちょっと時間かかりますけど?」

 女性は返事をしない。竜胆は女性の顔色をうかがうが、特に変わった様子はない。瞬かず、言葉を発することなく、りんたたずむ姿は精巧せいこうで、美しい人形のようだ。桃色の唇がゆっくりと開く。

「興味ないの? なぜ死んだのか」

 小首をかしげる動きに合わせ、真っ直ぐでつややかな黒い髪が肩を滑り落ちた。

「ん? あー、殺された理由ですか? 興味はありますよ。でも、僕は知っているので」

 竜胆は人差し指を立て、足元を指差す。左から右へ。女性と自らの間の空間に滑らせた。

 二人を分ける一本線。

 にこりと懐っこく笑う竜胆に、女性は小さく笑った。

「Sounds like fun! let me in.」

 またしても、男性の声が割り込んできた。先ほどから、まるで子供のような会話をこちらへ投げていることだけは、竜胆も雰囲気ふんいきでわかる。それを証明するように、女性は我侭わがままを言う子供にあきれたような、大げさな溜息をつくと、擦りガラスの向こうに声を投げ入れる。

「Please bear with me.」

「I need it ASAP. I’m bored to death!」

「You're the boss.」

 女性の厳しい口調に、擦りガラスの向こうで男性の愉快ゆかいそうな笑い声が上がった。

「部屋、全て綺麗に掃除してもらえる? なるべく急いで、彼が退屈で暴れる前に」

 ヒールの音を響かせながら、女性は男の声がする擦りガラスの方へと向かう。

「承知いたしました」

「それから」

 ヒールの音が止まる。

芳乃蓮ほうのれん

 机をいていた手を止め、細い目を女性へと移した。

「この名前、ご存知?」

 竜胆は首を傾げ考え込むように唸ると、首を振った。

「いいえ、知りません」

「そう、今のは忘れて」

「ははは、ボクは掃除屋ですよ。ここでのことは、ゴミ袋の中に捨てて燃やしてぽいっ、完璧ですよ」

「とても優秀で安心した」

 眼鏡の奥で、女性が笑う。帽子の下で、青年は笑う。

 全てを知るのは部屋の片隅、咲き誇る白いユリだけだった。







 Thank you for reading to my story.

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 See you bye. And come on next. The insane game begin!


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