File:5 甘い楽園の片隅
AM 10:46. 警視庁・取調室。
鉄のドアを開けると、
「よお、腹は決まってないようだな?」
蕗二が正面に座ると、わずかに篝火の顔が上げられた。
「これが最後の質問だ。俺たちに黙ってることはないか?」
蕗二と目を合わせた篝火は、ゆっくりと首を
「協力者がいるんだろ? 誰かに人殺しを頼んで、殺した証拠を送らせる……違うか?」
その問いに篝火はさらに首を傾けた。顔にかかる髪が皮膚の上を滑り落ちる。そこから覗く口元が、
「刑事さん、現実ではありえないことも、時には起きるんだよ?」
肩を揺らし喉奥で笑う篝火に、蕗二は飛びかかる寸前の猛獣のように身を屈める。
が、不意に体の力を抜き、イスの背もたれに体を預けた。唐突な態度の変化に、篝火は首を反対側に傾ける。
「俺はな、超能力とか
鉄の扉がノックされた。蕗二の返事に細く開いたドアの隙間、するりと
垂れた目尻になで肩のせいで、ひどく気だるげだ。どこをどう見ても刑事ではない少年に、篝火は興味深げな視線を送る。
「だあれ?」
全身を
「このサイトを知ってますね?」
「うーん……知ってるような? 知らないような?」
「アクセスしてもらえますか?」
「えっちなサイトかもよ? きみ興味ある? オナニー教えてあげようか?」
前髪の間、下品に細められた目が芳乃を見つめる。蕗二のこめかみに青筋が浮き立った。
その隣、芳乃は黒い目を静かに
そして、薄く口を開いたかと思えば、盛大な溜息をついた。
「刑事さん、一発殴って吐かせましょう。その方が早いですよ」
「馬鹿言え、警察は暴言暴力反対組織なんだよ」
「思いっきり拳を握りながら言われても、説得力に欠けますけど」
ぐうと
肺一杯に吸い込んだ空気を逃がさないように唇を固く結ぶと、そのまま鼻をつんで目を
「何? 何か臭う?」
「すぐに分かる」
蕗二の声に答えるように、芳乃の指が鼻から外れた。水中から浮き上がるように顔を天に向け、大きく息をする。ゆっくりと
「質問です。あなたは、なぜ彼女たちを殺そうと思ったんですか?」
芳乃は篝火を見下ろす。
「そう、そんなに女の人が嫌いですか?」
静かに吐き出される言葉が、室温を下げていく。篝火の顔色が
「こっぴどく振られましたもんね? 顔がキモイ、金づる、あー、いい財布にされてたんですか。まあ、そうでしょうね。女は金でどうにでもなるとか思ってると、相手にも態度が滲んでしまうからバレますよ。ペットじゃないんですから、
篝火は酸欠を起こした魚のように
「え、あ、なんで……」
「あなたが幽体離脱して人を殺すように、ぼくは人の頭の中を
「そんなの無理だ、ありえない」
「ありえない? あなたの方がよっぽどあり得ない」
喉元に氷の刃を突きつけるように、冷たい声が鋭さを増していく。
「あなたは女性から愛されて当然だと思っている。女性たちがあなたに笑顔を向けるのは、ただの客だからですし、トラブル防止に
わざとらしく口角を上げて見せる芳乃の眼は、一切笑っていない。
「まあ、自分が特別と思い込むのは、楽しいですよね? 人と違う事を言う自分はカッコいい。他人の知らない話をする自分は世界から理解されなくて当然だ。そう、神様にでもなった気分でしょう。でも全部嘘だ」
芳乃は後ろ手を組んで、篝火を上から覗き込む。
「嘘で固めて作ったって、本当のあなたは、何もないし何もできない。親にすがりついて、一人で立てもしないくせに
「ああああああああああああああ!」
血を吐く勢いで叫びを上げた
「や、やめろ! 頼むやめてくれ! もう覗かないでくれ! お願いします許してぇ!」
「じゃあ。サイトを開いてください」
芳乃の指先が液晶タブレットの画面を叩いて
蕗二のズボンのポケットの中、液晶端末が小さく震えた。引っ張り出すと、ロック画面に通知内容が表示されている。片岡から「Congrats!」と送られていた。横目でそれを確認した芳乃は、目を伏せると後ろに下がった。役目は終えたとばかりに壁にもたれかかる。
「このサイトで知り合ったやつらとは、直接会ったことは?」
「し、知らない。会ったこともない……」
「一度も? じゃあお前、実行犯でも何でもないな」
「ぼぼぼぼくは、ただ、依頼しただけだ。彼女たちが、ほ、欲しかったから。≪青いの≫が近づいたって相手にされない。誰かのになるくらいなら、殺したほうがいい……」
独占欲と
救いようもないとは、このことだ。
「こんなサイトで
蕗二が吐き捨てると篝火は机に頭を打ちつけ、そのまま幼い子供のように、ただただ声をあげて泣き始めた。
「これで、後は片岡が実行犯の居所を
やっと実行犯まで
「蕗二さん!」
「事件が、また起きました! 今回の被害者は、
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