第六節 光射す空間
他の誰にも知られてはいけない。大人数で実行すれば必ず露見する。失敗すればどんな目に遭うのか知らぬ羅珠ではない。しかし行動しなければ今のままだ。脱出を望まなければこのまま一生日の光を見ることはないだろう。であれば、行くしかない。
監視役にも真面目な者とそうでない者がいる。羅珠たちが石牢で寝込んだころ、燭台の傍で見張っていた監視役はほどなくうつらうつらと眠り始めた。章逸と羅珠はそっと起き上がった。あらかじめ傷を刻み込んでいた足枷を例の鉱石で断ち切った。その後、牢の鍵も同様に破壊する。先に章逸が出ると、羅珠がまだ牢の敷居をまたぐ前にさっと前に飛び出した。あっと声を発しそうになるのを羅珠は直前で堪えた。章逸は迷いなく監視役にとびかかり、すぐ傍に立てかけられていた剣を奪って抜き放ち、頸を斬り裂いたのだ。バシュッと鮮血が噴き上がり、燭台の薄暗い明かりに照らされた石壁が瞬く間に真っ赤に染まる。
監視役は即死していた。しかし章逸はその体に何度も剣先を突き込んだ。その体が傾いで椅子から転げ落ちたところでようやく手を止める。殺しに手を染めた興奮で肩を上下させ荒い息を吐いていたが、それが落ち着くとくるりと羅珠に振り返る。
「こいつらは俺たちを散々虐めてきたんだ。そのツケを返して当然だろう?」
羅珠は何も答えなかった。武芸者の家系に生まれた羅珠は闇討ちが卑怯な行いであり、忌むべき所業であると幼いながらにも知っている。そのような仁義を教えられて育ってきたのだ。確かに監視役たちの残虐さは目に余るものがあったが、章逸の野蛮な所業も認められるものではない。
羅珠が何も言わないのを暗黙の肯定と受け取ったのか、章逸はそれ以上を言わずに監視役の遺体をまさぐった。その懐から何やら取り出した。折り畳まれた一枚の紙だ。広げて燭台の明かりにかざしてみると、それは坑道の地図だった。
「奴らが時折これを取り出して道を確認していたのを見たんだ。特にこいつは最近加わったばかりの新参者、まだ道を覚えていないから持ち歩いていたんだ」
長く坑道暮らしをしていただけのことはある。表向きは従順なふりをしたまま腹の内では着々と何年も脱出の策を練っていたのだ。監視役たち個々の観察を入念に行い、機会が訪れるのを焦らず待っていたのだ。
「ここに大きな空間がある。こっちへ行ってみよう」
章逸は地図の一点を指さした。常日頃通っている坑道の曲がり具合は体が覚えている。それを地図と照らし合わせ、彼は即座に自分たちの位置を地図上から探し当てていた。指示したのはいくつかの角を曲がった先だ。羅珠が覚えている限り、そちらへ続く道へ足を運んだことはない。そこには特別大きな空間があるようだ。しかもその入り口らしき部分には扉のようなものが書き込まれている。採掘場に扉は一つもない。であればここはもっと特別な場所に違いなかった。
章逸は剣を腰に挿し、羅珠を伴って坑道を進んだ。途中で巡回の監視役を数回見かけたが、幸いにも彼らは羅珠らのいる方向には近づくことがなかった。そもそも普段は何人もいるはずの監視役たちがこの方角へ進むにつれてより見かけなくなってきている。彼らはあくまで採掘場の監視を任されているだけで、羅珠らが向かっている大空間には関わりがないのだろう。羅珠は組織運営に関して詳しいわけではない。しかし中天幇会では各人がきっちりと線引きされた任務を負って活動することを曖昧ながらも知っていた。他人の管轄にはむやみやたらと手出ししないことが決められていたのだ。
大空間へ続く道は次第に狭くなってゆき、灯りはとうの昔に設置されなくなっていた。直前で壁から外した松明を片手に進む。やがて奥から光が差し込んできた。
角を曲がり、二人は同時に「あっ」と声を発した。
そこは天井に大きく穴が開き、そこから太陽の光が燦燦と差し込んでいた。羅珠たちは地に潜って生活していたため時刻を知らなかったが、今は日中であったようだ。光の柱が照らすその真下には碧色の池が広がっている。水底は青と緑とが混ざり合い、淵には苔が自生している。その水は岩壁の隙間に空いた穴から地下水が流れ出て作られたようだ。その池の中心には島が一つあり、
「綺麗……」
思わず羅珠はそう口にしていた。まさかこの薄暗い坑道の先に、このような空間が広がっているとは思いもしなかった。章逸もこんな光景は予想していなかったのだろう、茫然と目の前の光景に見惚れているようだった。
羅珠たちがいる細道はすぐ目の前が池に面しており、亭の右側面を見る位置にある。亭は羅珠たちの左手側に橋を伸ばし、その岸側から数十歩のところにまた大きな扉があった。地図にあった扉はあれだ。しかしあそこへたどり着くには池に身を沈めなければならないようだ。
章逸が水面に足を踏み出そうとした瞬間、扉がギィと音を立てた。章逸は慌てて足を引っ込め、羅珠とともに細道の陰へと身を潜めた。
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