第二節 目立ちたがりの娘と大侠客の弟子
え、なになに? あたしの身の上話が聞きたいって? へぇぇ! あんた、結構見る目があるじゃないの。いいよいいよ、そこに座りなよ。あたしの武勇伝、好きなだけ聞かせてあげるからさ!
あたしの名前は知ってるかな? 知らない? それは仕方ないわね! あたしぐらい有名になると本名よりも二つ名の方が知られるようになっちゃうからね。かつての
で、あたしの名前ね。あたしは姓が
あたしの伝説は生まれたときから始まったと言っても過言じゃないわ。なにせこの桃蘭香、生まれついての大侠客だもの。ほら、この柳葉刀。家の納屋を片付けていたら出てきた物よ。見た目は真っ黒で味気ないけど、切れ味はすっごくいいんだから! こんな立派な一品が自らあたしの手の中に飛び込んだら、これはもう天啓以外の何物でもないわ。あたしは早速、裏山の廃廟で武芸を磨いたの。
……え、なに? 苦い顔をしてる? そんなことないわよ。……うん、嘘ね。ちょっと嫌なことを思い出しただけ。あんまり深く訊かないでよ。とにかく、あたしの前で李とか辛とかの名前を出さないで。言えるのはそれだけ。
あたしの武芸の話、だったわね? あたしの武芸はそれこそ天より与えられたものなの。新月と満月の夜、鍛錬場にしていた廃廟の壁に武芸指南図が現れるのよ。誰が書いたのか、あたしは知らない。でもあれはあたしに向けて記されたもの、それは間違いない。きっと天があたしに武芸を授けて、天下の悪を討ち取れと仰せだったのよ。
でも正直なところ、あれを一人で解読するのは大変だったわ。いろいろな分野の本に載っているいろいろなことを繋ぎ合わせて、やっとそれらしい意味を見い出せるの。当然よね、天界の武芸が凡百の輩に修められるはずないもの。でもそこは天の采配、あたしには幼馴染がいたの。とっても頭の良いやつだったわ。神童とさえ呼ばれていた。あたしはそいつに文字を学んで、百般の書を読んだ。それであたしは天界の武芸を修めることができたの。
その神童の幼馴染はどうしたって? なんでそんなこと訊くのよ、関係ないじゃない……。うん、そう。あたしが初めて悪人を倒したとき、あいつはあたしの目の前にいた。恐ろしいものを見る目で、あたしを見ていた……恐怖なはずないわ。あたしはあいつを助けた、命の恩人だもの。あれは畏怖の視線だった。それ以外に、ない。
――え? 違うわよ、さっきまでいたのは林
林哥哥との出会い? そりゃあもう劇的だったわよ! ええそうよ、そーゆーのこそ聴いてもらいたい話だわ!
あたしは江湖に出てからしばらくある悪党を探していたわ。さっき話した幼馴染、あいつを誘拐しようとした奴よ。その場で倒したのは一人だけ、残り一人は逃げて行った。絶対に地の果てまで追ってでも討ってやると心に決めていたの。でも行き先がわからなくてかなり時間がかかってしまったわ。
見つけ出したのはほんの偶然よ。と言うより、あいつらの方から姿を現してくれた。仲間を大勢連れて来たけど、あたしの敵じゃあなかったわ。ただ一人だけ厄介な奴がいた。鉄槍を持った頭の足りなさそうな奴。腕も中々なんだけど、その鉄槍が特に面倒だった。
さっきも言ったけど、あたしの柳葉刀はかなり切れ味が良いの。人の腕も頸も簡単に転がしてやれるわ。でも奴の鉄槍は違った。それで手こずって、それを取り巻き共が卑怯にもあたしに鎖をかけて捕まえた。本当に卑怯な奴ら! あたしは危うく殺されそうになったわ。
そこへ現れたのが林哥哥よ! あたしの危機を救ってくれた……本当に、あの勇姿は今でも忘れないわ。思い出すだけで惚れ惚れしちゃうッ!
え? ああ、そういえば言ってなかったかしらね。林哥哥の姓は
ともかく、林哥哥が助けに入ってくれて、あたしたちは形勢逆転、鉄槍使いをぶっ殺してやった。正義は必ず勝つのよ!
――なに、殺しはマズい? バカ言わないでよ、こっちが殺されるところだったし、悪党はあいつらよ。悪人を斬ることのなにが悪いの? それが侠客ってものでしょう? ――まだ、文句があるの? ない? よろしい。
ともあれ、そんな感じではあたしと林哥哥は出会ったの。あ! ちょうど林哥哥が戻ったわ。あたしもちょっと話し疲れちゃったし、続きは林哥哥に聴くと良いわ。
――林哥哥、ほらこっちよ!
私ですか? 私は元林宗……ああ、それはもうご存知でしたか。それで、私の身の上? ……いえ、今までそのようなことを訊かれたことがなくて、戸惑っただけです。ええ、お話しますよ。私がなぜここへいるのか。
事の始まりを話すには、まず私の師父についてお話する必要がありますね。私の師父は
……いや、
話を戻しましょう。私は師父と義兄弟たちとともに
ある日、また一人侵入した者がありました。その名は
私は飛鼠が後を追うことを承知で、飡霞楼を出て師伯のもとへ向かいました。いずれにせよそれしか方法はありませんでしたから。いち早く毒を消し、飛鼠を迎え討つ。――結局、そんなものは不要でした。師伯は確かに伝説の使い手、飛鼠など恐るるに足らず。たちまち奴を退け、解毒薬まで奪い取られた。本当に感服するしかありませんでした。そればかりか、この不詳の甥弟子に技を伝授してくださった。本当に、師父と師伯には感謝してもしきれません。
しかしこれで事が終わったわけではありません。飛鼠は未だに天問牌を狙っている。そしてそれは師伯のご子息が持ち出してしまわれたと。もしもそのご子息を飛鼠が先に見つけ出すことがあれば、天問牌を奪われてしまうやも知れません。それだけは絶対に阻止しなければ。
あなたはもしかしてご存じではありませんか? ええ、そう。紅袍賢人李客様のご子息のことを。その方の名前は――。
……蘭妹、どうした? ああ、李姓の名を君の前で口にするのはご法度だったね。これはすまないことをしたよ。……そうだね、もう大分遅い時間だ。もう部屋へ戻って休むとしよう。私も? うん、わかったよ。
お客人、私たちは申し上げたように先を急ぐ身。明日も早くに発たなければなりませんので、これにて失礼いたします。そちらもどうかお気をつけて。天のご加護がありますように。
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