足元注意

 深夜、車での帰途の事である。


「やめてやめてやめて、痛い痛い痛い!」


 唐突に女の悲鳴がして、残業帰りの眠気がざあっと醒めた。

 代わりに冷たい汗が背筋を濡らす。それは明らかに低い位置から──足の下、つまりは車の下から発された声だった。

 感触も衝撃もまるでなかった。なかったけれど、人を轢いてしまったのかもしれない。


 慌てて路肩に停車して、車を降りた。

 スマートフォンを懐中電灯代わりに夜道を照らしたが、しかしそこには人どころか何の痕跡もない。幾度目を擦っても同じ事だった。

 だがあの悲鳴は、決して幻聴などではなかったはずだ。

 首を傾げながら運転席に戻ろうとして、そこで気づいた。

 アクセルペダルに、長い黒髪がみっしりと絡みついていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る