餌を撒く
少し暑くなってきた日曜の午後、久しぶりに隣家の住人に会った。
離婚してシングルマザーになったばかり彼女だが、先頃その一人娘が失踪してしまった。
やはり姿を消したままの元夫に誘拐されたのではないかと言われ、一時期警察も詰めかけていたようだけれど、その後の進展があったとは聞いていない。
やはりショックだったのだろう。
それからしばらく姿を見なかったのだけれど、今、庭で鳩に餌を撒いているその姿は、少し細った程度で元気そうな印象だった。
「こんにちは」
「こんにちは」
こちらの視線に気づいた彼女が笑顔で頭を下げてきたので、応えてにっこり会釈を返す。
「鳩、お好きなんですか?」
「ええ」
頷きながら、彼女は手元のタッパーウェアに手を入れる。そこには鳥の餌らしき、細かな肉片のようなものがみっしりと詰まっていた。
素手で触って気味悪くないのだろうかと思いつつも、失礼にならないように目を逸らす。
「鳩ってねぇ、なんでも食べるみたいなんですよ」
ばっと餌を撒くと、先を争うように鳥たちは群がり、羽毛が舞った。
「だから、便利でねぇ」
その羽ばたきに紛れるように続いた言葉は、どうしてかひどく不吉なもののような気がして。
挨拶もそこそこに、逃げるようにその場を辞した。
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