子攫いの家

 女房子供と一緒に実家に顔を出したら、おそらくは夕食の買出しだろう。

 おふくろが足を悪くしてから、親父がつき添うようになったと聞いている。万一に備えて鍵は持っていたから、先に妻と息子を入らせて、俺は玄関先で帰りを待つ事にした。

 しかし、


「赤ん坊は連れて来るなと言っただろう!」


 出迎えた俺を見た、た親父の第一声がこれだった。


「おいおい、折角初孫の顔を見せに来たってのにそれはないだろ。ひょっとして、まだ信じてるのかよ?」


 親父はひどく迷信深かった。

 うちの家に赤ん坊が入ると必ず神隠しに遭うとのだと、何故だか昔から、頑なに思い込んでいる。お陰で近所付き合いも親戚付き合いも悪くて、俺は幼い頃から肩身が狭かった。

 流石にもう時間が解決してくれただろうと思っての訪問だったのに、これである。げんなりと肩も落ちる。


「ああ、信じてる。信じているとも。俺もお前と同じで、昔は信じていなかった。だから」


 まるで親父の台詞に合わせたように。

 半狂乱の女房が家から飛び出してきた。腕には中身のない、空っぽのおくるみを抱えていた。


「だからお前が帰ってきたのは、5歳になってからだった」


 小さな親父の呟きが、割れ鐘のように轟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る