ミギアシさん

 私の生まれ故郷は雪深い地方で、都心よりもずっと早く、始発列車のドアが半自動化されていた。ボタンを押して開け閉めをして、冷暖房の空気を逃がさないようにするあのシステムだ。

 家から片道約2時間の私学に通っていた私はいつも始発を利用していたから、これは非常にありがたかった。

 ぼんやりと温かい社内で、うとうとと足りない眠りを補うのは至福の時間だった。


 ところで始発の列車には、いつも変なモノがいた。

 ミギアシさんだ。

 姿は見えず、ただ足音だけを立てる何かだ。ぺたん、ぺたんと素足の音が、毎朝一両目を行き来している。電車が動き始めると、音はそれきりぱったりと絶える。

 雨の日などは床に濡れた足跡がつくのだが、それはどうしてか右足の分だけしかない。

 だから人呼んでミギアシさんである。

 私以外も知っていたから、きっと昔からいるのだろう。

 最初は驚いたけれど、そのうちわざわざ一両目に行って、ぺたん、ぺたんを子守唄代わりに眠るようになった。やはりミギアシさんを怖がる人もいて、一両目は空いている。間違いなく座れるのだ。


 ミギアシさんは雪が大好きらしくて、ホームに新雪が積もると、いつも必ず踏みに行く。半自動のドアは開かないままなのに、電車から出て雪を踏み固める片方だけの跡ができるからそれとわかる。

 ただしつけるのは行きの分だけだ。

 帰りの足跡はまったく残さず、いつの間にかまた一両目をぺたんぺたんと跳ねている。


 もう故郷を離れて数年になるけれど、こんな雪の日はふっとあの「ぺたん、ぺたん」を思い出す。

 ミギアシさんは、今も元気で跳ねているのだろうか。






※以上はつまようじ様よりの原案「新雪降り積もる始発列車に揺られてなんとなく外を眺めていると、電車から出ていく足跡があった」を元に創作したものです。

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