機嫌を直す

 5歳になる妹がおかしな事を始めた。

 僕の家の裏庭には、枯れ井戸がある。

 固く封をされたそこへとことこと出かけて、蓋の上辺りへ向けてしきりに声をかけるのだ。

 のみならず、


「にらめっこしましょ、あっぷっぷー」


 など変な顔を披露しては、きゃっきゃとはしゃいで笑っている。まるで誰かと話でもしているようだけれど、そんなところには誰一人とていない。

 妹の事ながら薄気味悪くなって両親に告げると、蓋を閉じていても危ないからと、井戸を埋めようという事になった。

 井戸というのはなかなかに処遇が厄介なものらしい。

 色んな人が入れ替り立ち替りで家を訪れ、手間暇かけてようやくに埋め立てが終わった時は、両親ともほっとしたような顔をしていた。


 だが、それから妹が夜泣きをするようになった。


「怖い顔のままになってる。怖い顔になって怒ってる」


 そう言って泣き止まない。

 妹が泣く前後には必ず、地震のようにみしみしがたがたと家鳴りまでがする。 

 困り果てた両親は、胡乱な霊媒や拝み屋の類にすら頼ったが、いっかな効能はなかった。



 だが一ヶ月ほどすると、夜泣きも家鳴りもぴたりと治まった。

 原因も理由も不明のままの釈然としない解決であったが、それでも異常が続くよりはずっといいと、深く考えない事にした。

 げっそりとした僕たちを尻目に当の妹は呑気なものだった。

 最近は声の反響する風呂場が気に入りらしく、その排水口へ向けて「にらめっこしましょ、あっぷっぷー」などと楽しげに興じている。





※以上はつまようじ様よりの原案「まだ5歳の妹が井戸に向かって『にらめっこしましょあっぷっぷー』と言っている。井戸は暗いどころか水すらもない」を元に創作したものです。

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