言葉の先生
クロフォード・クロムウェルが帰宅すると、「あ!」という嬉しげな声と子供の軽い足音とが立て続けに耳に届いた。
「おかえりなさいっ」
とたとたとクロフォードの元へ駆け寄ってきたのは、今年幼稚園に上がったばかりの使用人の娘であった。
クロフォードはそれを迎えて、うむ、とひとつ頷くと、後は娘がするに任せた。
抱き上げられて自慢の毛皮をもみくちゃにされるのも、自慢の黒くしなやかな尾を引っ張られるのも、最早慣れたものである。貴族とって最も大切なのは余裕、つまりは寛容の精神だとクロフォードは考える。幼子相手に毛を逆立てても器量を疑われるばかりだ。
「今日はどこへ行ってきたの?」
娘が問うので、「本日も領地の安寧を見回り、下々を慰撫して参ったのだ」とクロフォードは得意げにヒゲを蠢かす。
「あら、クロが帰ってきてたのね」
そこへ顔を出したのは、娘の母親であった。
「あのね、しもじものね、いぶをしてきたんだって!」
「はいはい、外で遊んできたのね。なら足を拭いてやらないとね」
生返事をしつつ、母親は猫用雑巾でクロフォードの足をごしごしと擦り立てる。
またしても寛容の精神を試されながら、クロフォードは娘と顔を見合わせ、「全く、御母堂はわかっておらんな」と嘆息した。娘は意味も分からぬまま、
「ごぼどうは、わかっておらんなー」
と繰り返す。
母親は猫の不満げな鳴き声と娘の言いを聞きながら、「この時代がかった言葉遣いを、この子はどこで習い覚えてくるのかしら」と首を傾げた。
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