舌を打つ

 まだ俺が小さかった時分の話だ。

 近所の川へ、父と釣りに行った。その日は釣果がまるでなく、焦れた俺は腰を据えた父から離れて、ちょろちょろとポイントを変えては竿を投げていた。

 それでも魚はかからない。

 苛立ちながら、何度目かの移動をしようと立ち上がったその時、上流から何かが流れてくるのが見えた。

 目を凝らすと、何かは小さな椀であると知れた。今にも沈みそうにゆらゆらと揺れるそこに何かが乗っている。

 どうしてか俺にはそれが、助けを求めて手を伸ばす女の子に見えた。


 次に我に返ると俺は腰まで川に浸かって、父に後ろから羽交い締めにされていた。いつの間に飛び込んだものか、まったく記憶がなかった。

 その俺の傍らを、するすると椀が流れていく。中には人の形めいた粗末な草人形が収まっているだけで、先ほど見た女の子の幻などは影もない。

 だが鼻先を通り過ぎ際、それは確かに強く舌打ちをした。


「触れば厄を受けたぞ」


 やけに冷静な父の声の響きは、今も耳に残っている。

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