君の隣
靴を脱いで玄関を抜けた辺りで限界が来た。
さんざんに過ごした酒の所為で、世界がぐるぐると回っている。もう世間の目もないからとだらしなく床に転がり、俺は
少し冷え始めた秋の夜だ。
このまま眠ってしまえば、きっと風邪を引く事だろう。それはいけないと思うけれど、でも起き上がる気力が少しも湧かない。
するとふっと俺の肩に、君が触れた。
「ダメだよ、こんなところで寝たままじゃ。ね?」
小さく揺すりながら囁く、記憶通りの優しい声音。
閉じた目の裏が熱くなって、涙が零れた。
わかっている。どんなにはっきりと聞こえても、どんなにしっかりと感触があっても。これは夢だと。これが夢だと。
本当は君はもうここにはいない。本当の君はもうどこにもいない。
これはただ時折に訪れる、俺の願望が見せる幻想なのだと。
だから瞼は決して開かない。
もしそうしたら君の声も感触も、全て消え失せてしまうものと知っているから。
「もう起きて。起きてよ。ねぇ、ちゃんと立って」
そういえば初めての時は飛び起きて、そしてひどく落胆したものだったっけ。
悲しく案じる声を聞きながら、俺はそんな回想をする。
いつかは君が薄れる日が来るのだろう。君を忘れる日も来るのだろう。俺は独りで立ち上がれるようになるのだろう。
だけど、それは今じゃない。
だから、今は。
もう少しの間だけ、この幻に縋っていたいと思っている。
もう会えない君の隣で、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます