あない峠

 この九十九折つづらおりの山道を、土地の者は「あない峠」と通称する。古老によれば「あない」は「案内」の転訛てんかであるという。

 里と山あいの村とを繋ぐ唯一の動脈でありながら、あない峠は難所として知られる場所だった。昼なお暗い山道は下生えもまた多く、道を見誤って谷へ落ちる者が後を絶たなかった。

 そこへいつの頃からか、猫が出るようになった。

 目に痛いほど白い猫が、旅人の先に立って道案内をするのだ。お陰で悪路に難儀する者は減り、誰ともなく案内峠と呼び慣らわすようになったという話である。


 けれど近代化の波により、この峠も変わった。ひらかれ舗装されて道は整えられた。

 だがそれは残念ながら、事故が皆無になったという意味ではない。

 先日も、一台の夜行バスがスリップして谷に落ちた。

 晩夏とはいえ夜の山は凍死者が出るほどに冷える。救難隊もすぐには入山できず乗客乗員の安否が気遣われたが、驚くべきか、彼らはただの一人も欠ける事なく、揃って自力で下山してきた。

 この時も人々の先に立って、夜目にまばゆい白猫が歩いたという。


 同様の不思議が年に数件は必ずあって、地元では町おこしのシンボルとして、猫を祭り上げる気運が高まっている。

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