食い千切られる
彼には悪癖があったのだそうだ。
それは風呂場で唾を吐くというものだ。
湯に浸かっていると、体を洗っていると、不意にどうにも口がむず痒くなる。すると口に溜まった唾を排水口目掛けて吐き出さずにはいられなくなるのだという。
「あれだよ、ガスの元栓みたいなもんだよ。絶対閉めてるんだけど、外で気になると閉め忘れが気になって仕方ない。あんな感じ。やらないとどうしても収まりがつかない」
言われても、わかるような、わからないような心持ちしかしない。
だけど今、その癖はきっぱり鳴りを潜めている。
ある時風呂場から出ようとしたら、何の拍子か彼は足を滑らせた。咄嗟に手を突き出して頭を打ったりは避けたのだけれど、
「ついた右手の位置が悪かった。ずっと唾を吐きかけてた、排水口の真上だったからな」
そう言って、諦めたように彼は笑う。
中身のない右の袖が、ぱたぱたと風にはためく。
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