探される

 数十年連れ添った妻と死に別れた。

 癇癖かんぺきが強く、しかも浮気性な私であったから、苦労も迷惑もかけ通しだった。だがそんな夫に文句一つ言わずについて来てくれた、大切な伴侶だった。


 彼女の死を看取り、一旦病院から戻ったその夜の事である。

 我が家の天井の付近を、半透明の顔が漂うのを見た。それは懐かしくも美しい、若かりし頃の妻の顔だった。

 鮮明と不鮮明の境界を漂いながら、妻の輪郭りんかくは家中を彷徨っている。

 その口元がひたすらに動いているので耳を澄ますと、私の名を繰り返し続けているのが知れた。理由は知れないが目の前の私を察知できず、探しているものであるらしい。


「ここだ。ここだよ」


 声をかけるが反応はない。

 私の事が、やはり見えも聞こえもしないようだった。

 どうしたらよいかと思案していると、不意に妻の呟きが止んだ。そして数秒の静寂の後、陰にこもった物凄い声で、


「ここにいると思ったのに。ここにいるはずなのに。見つけたら、絶対殺してやったのに」


 立ちすくんだ私の前で妻の顔はぎりぎりと歯ぎしりをし、やがて消えた。

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