子供の頃の話になる。

 ひとりで留守番をしていると、押し入れの障子が少しだけ開いているのに気がついた。

 そこから朱色の細い紐の端が覗いている。


 なんとなく気になって、手に取った。手に取って、引いてみた。

 すると何の抵抗もなく、紐はするすると押し入れから出てくる。けれどいくら引き出しても、逆側の端は見えてこない。


 最初は意地になって、途中からは怖くなってやめられず、ひたすら紐を引っ張り続けた。

 日が落ちてすっかり暗くなっても、まだ紐は尽きなかった。

 するする、するする。

 引いた分だけ長さを増して、床の上にわだかまる。


 その時、玄関で物音がした。

 ただいま、と聞こえて来たのは母の声だ。一瞬、意識がそちらへ逸れ、次に気がつくと、床にも手の中にも紐はなかった。

 見れば押し入れは、隙間もなくぴたりと閉じていた。

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