つままれる

 彼女と死に別れた。事故だった。


 社会人になっても寝汚いぎたなかった俺は、半同棲の彼女によく起こしてもらったものだった。

 面倒見のいい性格で、俺もそこに甘えていたところがある。

 ただその起こし方だけは独特だった。俺がちゃんと目を覚ますまで、ずっと鼻をつまんでいるのだ。

 だから俺の起き抜けの記憶はいつも、彼女がつけている香水の、花のような香りと一緒だった。

 きっと、このまま結婚までいくのだろうと思っていた。

 でもそうはならなかった。 



 死別からしばらく経っての事だ。

 休日、友人との約束のその前に、ついうとうととうたた寝かけた。意識の片隅は起きていて、このままだと遅刻すると分かってはいるのだけれど、どうしても睡魔の誘惑を振り払えない。

 すると誰かが、そっと俺の鼻をつまんだ。


 はっとなって飛び起きたが、部屋には俺独りきりだ。

 ただかすかに、優しい花の香りがした。

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