色眼鏡

 祖父が亡くなった。

 子供心にいかつく、怖い印象のある人物だったが、それは祖父が大層な資産家だったのに関わりがある。

 祖父はいつも、その財産を狙う人間たちにうろうろと取り巻かれていた。晩年はもう、孫である僕も含めて、誰一人信用していないかのようだった。


 葬儀の席もひどいものだった。

 祖父の死をいたむ者は誰もなく、皆がその遺産にしか関心がないのだ。祖父は遺言を残さなかったので、当然のように分配については大揉めに揉めた。


 その喧騒を脇に、僕は亡骸の傍へ寄って、遺品の老眼鏡に触れた。分厚いレンズのそれは、僕にとって祖父のいかめしさの象徴めいたものだった。

 ごわついた祖父の手を思い出しながら、何気なくかけてみる。

 すると、景色が変わった。僕の父も母もを含めた言い争う親戚たちが、全て動物に見えるようになった。

 猿が犬に掴みかかり、猪が山羊と押し合い、足元を鼠が駆け回り、それを鳥たちがはやし立てている。


 眼鏡を外すと、全て元の通りになった。みんな、人のような顔をしていた。

 祖父の人間不信も、むべなるかなと思った。

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