策士

 田舎の爺さんちの近くには、大きな川があった。

 ガキの時分は爺さんのところへ行くと必ず、そこで釣りをした。

 大きさもさる事ながら、川の流れは早く水は冷たい。子供が一人で行くのは禁じられていたが、悪ガキがそれで止まるものではない。

 親父とお袋は目くじら立ててオレを叱ったが、爺さんは鷹揚なものだった。


「ただし、川に小便だけは垂れるなよ。河童が怒るぞ」


 そんなそらっとぼけたような事ばかり言っていた。

 思い返せば、これは爺さんの策略だったのだろう。

 強く戒められればられるほど、それを仕出しでかすのが悪ガキである。


 次の日のオレは釣りに行くなり、川へ小便をした。河童などいるわけがないと腹の中で笑っていた。

 いつもは竿を出すなり当たりがある川なのだが、その日に限って少しも釣れない。面白くなくなって、もう帰るかと竿を畳んだその時、川べりの木の上から、けらけらとけたたましく笑う声がする。

 なんだと思って見上げると、樹上から生暖かい液体が降りかかってきた。

 それはすぐに小便だと分かった。枝に居る小柄な影が、オレに狙いを定めているのだ。

 だがこの野郎と立ち向かう気にはならなかった。

 こいつの尿いばりときたら、それこそ目も開けていられないくらい臭いのだ。

 泣きながら逃げ出すオレの背中を、けらけら、けらけらと笑い声がいつまでも追った。


 爺さんの家に戻ると、待ち構えていた爺さんは、それ見た事かという顔をした。


「知らなかったろう。ここらの河童は木にも登るんだ」


 そう言って風呂を炊いてくれた。

 以来オレは少しだけ、大人の言う事を聞くようになった。



 最近、息子が生意気盛りになってきた。

 爺さんの手口を、一度使わせてもらうかと思っている。

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