カーネーション/It's a Beautiful Day

 電車という乗り物の意味がわかんない。

 

 そもそも自分で運転してないのに進んでるのが気に入らないし、俺がなに考えてようが、それとは無縁に進んでいくし、絶対に道をそれるなんてマネはしない。いつだっておんなじ景色が流れていって、同じ時間と同じ感覚で淡々と繰り返される。なんだよ、人生だってそんなんだったらイヤに決まってんのにな、道を走るぐらいは自由にさせてくれてもいいんじゃねえかなと思う。

 まあそんなもんはへ理屈って奴で、俺の好きではない人がそこかしこにいる、そんな世捨て人のような理由で嫌いなんだけど。

 ともかく電車に乗らなきゃいけないと思っただけで気分が悪くなる。だったら答えはひとつ。乗らない生活をすればいんだよ。だからこそ俺にはバイクがある。いつだって道をそれることが出来るし、簡単に死ぬ事だって容易な無敵の乗り物がある。俺のお守りと言っても過言じゃない。

 で、出勤するかって階段を下りていったらね、バイクがそこになかったわけだ。こうなると無敵でもなんでもないし、ポメラニアンよりも弱い。さて、仕事にいかなきゃならない。諦念しても膨れっ面。膨れたまま職場に遅れるつって電話して三キロ先の駅へ。脆弱な俺を守ってくれる、大きな白いヘッドフォンをつけて。



 まさに捨てる神あれば拾う神ありだな。見事に職場の先輩からバイク借りる約束も取りつけた。膨れっ面で出勤してみるもんだなって思う。線路をまっすぐ走るしかできない電車とも、たった一日でお別れバイバイバイだ。だったら今日ぐらいはこの乗り物を楽しむのもいいよな、なんて上等な気分にもなる。

 帰り道を歩きながら考える。

 うん。電車も割といいもんじゃねえか? なにしろアクセル開ける握力が無くなっても目的地まで辿り着く。バイクなんて比べ物にならないぐらい快適じゃねえかって思い始めてきた。

 そのまま上機嫌でおつかれさんなんつって、ヘッドフォンをつけて帰りの電車へ乗り込んだ。


 落ち着かねえなと所在なさげに車内を見渡すと、ご機嫌そうな若い妊婦さん。

 お、いいね幸せそだねと思っていると、顔をあげた妊婦さんと目があった。同時に声を合わせて驚く。そりゃあ誰だって声をあげる。地元で別れた元恋人がそこにいんだから。ここは遠い名古屋の地。お互いまさかそんなとこにいるとは思ってない場所での鉢合わせ。なつかしーねーなんて笑い合えないぐらいレアな記憶。どうすんだこれ冗談じゃねえよとか思いながらも、彼女と話すネタで頭の中を埋め尽くす。


 きっと黙ってしまったら負けだ。別れたからこそ今の幸せがあるんだぜって、せめて言ってやりたい。俺が選んだ道も、君が選んだ道も正しいぜって、ほら、ゆきちゃんは幸せじゃねえか。別れて、おかげでいい旦那に巡り会えて、俺はほら、こうやって好きなことやれてるってな、だからよかったんだぜって言わなきゃならない。昔の方がよかったなんて、ゆきちゃんはもちろん、俺も思っちゃいけない。俺が後悔してるってわかってしまったら? んなもん幸せぶち壊しじゃねえか。きっと間なんてあったら、俺は思い出してかみ締めて懐かしんで後悔してしまう。きっとしょぼくれた顔なんて見せてしまうに違いない。だから考えるな!


 え? あ、あー、うん。音楽やるのにね、うん、こっち来てな。ゆきちゃんは? ああ、例の彼氏と結婚したのな? や、うんうん付き合ったっつう話は聞いてた。うん、ゆうこちゃんにな。うん。あ、ダンナは? あー、シゴトな。そりゃあね、こんな時間だもんな。えーと、あ、ああ、駅から家近いん? うん、あのへんなんや。ちょろっとしか行ったことねえけどな。うん? 俺? や、仕事帰り。やー、バイク盗まれてもうてな。ほら、仕事行くのに電車乗らなきゃってな。えー、や、うん。ね? 黙るな。黙るな俺。笑え。笑え俺。言葉に詰まった俺に強烈なカウンター。


「あのときさ、追っかけてくれるの待ってたんだよね」


 追っかけてればその幸せそうな顔は俺が作ることができたって? なんて馬鹿げた思いで一杯になる。案の定黙ってしまった俺を乗せて、電車は目的地へ。元気でな大事になんつって、しどろもどろにドアを潜り抜けて、ヘッドフォンをつける。


 階段を降りて駅側の踏切の前で足を止める。やがて動き出す電車と、こっちを見ているあの娘に「ほんじゃね」と大きく手を振る。バイバイバイ。うまくやれたか? なんてな、聞くことなんて出来ないけどな。


 きっと電車はあの娘を乗せて、あの娘の愛する旦那がいる街にいくんだろうよ。まっすぐと、それは確実に幸せに向かって進んでいく。決して道を逸れることなんかない。うん。俺にはそんなこと絶対できないからな、ゆきちゃんのその選択は間違ってない。自由に、まるででたらめに道を走ってしまった俺を、あの時、こうするしかねえよって追っかけなかった俺を尻目に、かわいいあの娘は電車に乗って、幸せに向かって走っていく。


 まっすぐな線路を跨ぐ。ステップを踏んで軽やかに、踊るように飛び越える。もう電車なんか乗るかって、大声で歌いながら帰る。

 イッツアビューティフルデイ! なんてな、やってられるかってバーカ。

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チョコレートミントソーダ 安達テツヤ @t_adachi

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