チョコレートミントソーダ
安達テツヤ
きみみたいにきれいな女の子
仕事関係以外でテキストエディタ開くの、えらい久し振り。うまく書けるか、最後まで書けるのかさっぱりわからないまま、プーというきれいな女の子の話を書く。書く時なんて大抵そんなものだから、着地点すら考えていないのだけれど。題名はピチカートから拝借。きみみたいにきれいな女の子。
プーと初めて会ったのは十四、十五の頃だったと思う。年齢を偽ってとある喫茶店で働いていた時のことだ。時給は驚くほど安かったが、かなり自由な職場だった。よくつるんでいた和弘という男の紹介で入ったのだが、彼も年齢を偽って入っていたし、厨房に居た里見さんという男は高校生なのに、ほぼ一人で厨房を任されていた。
かなり専門的な紅茶を出す喫茶店ではあったが、中身は学園祭の出店と変わらないレベルの代物だったと今になって思う。聞き慣れないメニューが注文されると、マニュアルを引っ張り出して勘だけで作っていた。一度、マニュアルにないメニューを注文され、和弘と二人で紅茶にいろんなものを混ぜてみて、一番うまかったものをお客さまに出したことがあったが、特にクレームもこず、満足してお客さまは帰っていった。なんでも気合でなんとかなるなと、階段を登っていくそのお客さまを尻目に二人で笑いあったものだ。
そんな適当な店にも関わらず、客層は意外にもまともに思われた。何人かの常連が居て、カップルや奥さん連中や、会社員、紅茶に詳しそうなお姉さん(だいたいそういったお客さまは突っ込んだ話をしてくるので適当に話を合わせるのだけど)などが入れ替わり立ち替わり現れては注文をし、僕たちはそれを適当にいなして、お客さまに帰って頂く。こういった毎日が閉店まで行われていた。
プーは何人かいた常連のうちのひとりだった。プーはどこかから里見さんが連れてきた女の子で、こいつな、プー、そのへんで拾ってきたと言いながら一緒に出勤してきた。和弘と里見さんはタイプは違うとはいえ、二人ともかっこいい男の部類に入るような男だったから、よくそこいらへんでお客さまを捕まえてきて出勤してくることがよくあった。そのあとは当たり前のように口説いていたので、普通にナンパしていただけだ。二人は本当によくモテた。
プーは最初の何回かはもう一人女の子を連れてきていたが(そしてその子は僕のお気に入りだった)、そのうちほぼ毎日ひとりで来るようになった。プーは里見さんが好きらしく、出勤前に必ず店に寄って里見さんと話をしてから仕事に行くようになっていた。プーの仕事はいわゆる水商売の女の子で、どういう形態の店だったかは未だにわからないが、おっさん相手でストレスが溜まるとよくぼやいていた。里見さんと話すことによってそのストレスを帳消しにしているんだ、とよくプーは話していたことを覚えている。あの喫茶店はホストクラブだったのか。
その時、僕が知っていた女の子の中ではプーは一番きれいな女の子だった。歳は二歳しか離れていなかったが(そう、この物語の登場人物は全員、年齢を偽って働いていた。なんとも物語的だと思わないかい?)、周りの女の子たちに比べると驚くほど大人びていて、仕草も言葉使いもずいぶん洗練されていたように見えた。完璧な女の子だと思われた。
何回めかに会った時のことだった。店には僕と和弘しかいなく、交代で厨房を回していたときにプーがやって来て、カウンターを覗いて一言。
「里見いねえのかよ。俺、気合入れてきて損したわ。今日、出勤すんのか?あいつ」
一瞬、誰が発した言葉かわからず、二人でゆっくりバックしてきた車に当てられたような顔になってしまったことを今でもはっきり憶えている。だが店内にいたお客さまは間違いなくひとりであり、霊的現象でもなければこれはプーが発した言葉である。
「ええと、里見さんやったらきょうちょっと遅れてくるはずやけど、な?」と和弘が執拗に僕に話を振ろうとする。
「そうそう。うん。もう少しやからいつもの飲んで待っててや」と極めて普段通りに受け答えする。
何度見返してもいつものきれいな女の子のプーなので、動揺しながらオーダーを通し、ちらちらと様子を伺ったりしてみる。意を決してここは素直に疑問をぶつけてみようと思った。店の中だし、テレビで見た酒乱の女の子のように暴れたりしないだろうかと心配はしたのだったが。
「ていうかさ、普段のプーがあれとしてさ、いつものちーんとしたきれいな女の子は?」
「営業用。あと俺は里見が好きだから」とぶっきらぼうに答えるプー。
「あのな、俺は育ちがわりいんだよ。だからこんな喋り方が楽なんだ。やけどな、 好きな人にも嫌われたくねえし、店でもこんなんじゃ困るしな」
納得もしたし、これ以上なんかショックみたいなもんを受けたくないので、神が降りてくる心持ちで里見さんを待った。割とすぐ来てくれたように思うが、ずいぶん待ったような気もする。和弘はずっと厨房に篭っていた。
帰り道、近くの公園で廃棄のケーキを食べながら、プーのことについて和弘と話した。
「お前さ、自分の彼女があんなんやったらどうするさ? ちょっと考えもんじゃね?」
「や、ああいうのも含めてかわいいって言うのがかっこいい男なわけでな。実際、すげえきれいなわけだし」と僕が言う。
お、かっこいい。でしょ。などとわいわいケーキを食べあさった後、でも、ねえよな、と二人で笑いあった。
だが、プーと長く付き合うに連れてその”かっこいい男”としての難易度はどんどんあがっていくのだった。
それからプーと里見さん抜きで遊んだり、家に遊びに行ったりすることが多くなったのだが、まず、休日のおっさんと遊んでいる気になるぐらいガサツで適当。それから部屋が宇宙的レベルで汚く足の踏み場がない。後にも先にも、シルクの下着で滑って肩を強打したことはプーの部屋でしかない。冷蔵庫にはビールしかなく、冷凍庫にはアイスしか入ってない。調理器具どころか、スプーンやフォークすらあの部屋にはなかった。ベランダにはゴミ袋が散乱しており、かわいいとか言えるような状況ではないレベルだった。もはやかっこいい男を目指している場合ではないなと思った。
でも、僕たちは(少なくとも僕は)プーのことが大好きだった。姿形は相変わらずきれいだし、ガサツだったが、とても優しかった。
何度も家出を繰り返していた僕たちを、なにも言わずに泊めてくれたりもした。僕なんかは通算で一年近くはプーの家に世話になっていたように思う。部屋をきれいに保つ秘訣はプーの部屋で学んだ。物の数の割に僕の部屋がきれいなのはきっとプーのおかげだ。
本当にきれいで優しい女の子だった。僕はプーが大好きだった。いや、あれからずいぶん経った今でもね。かわいいとすら言えるようになったよ。
プーの部屋で世話になっていたある日、チャイムが鳴ったのでドアを開けると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったプーが立っていた。
とりあえず肩を抱いて部屋に入れてやり、綺麗なタオルで顔を拭いてやる。座らせて頭をぽんぽんと叩いてやると、プーは積み木が崩れるように僕に抱きついてきたのだった。背中をさすってやる。しゃくりあげるのが大分おさまってきたので、大好きなアイスでも出してやろうと立とうとしたが、しがみついて離れなかった。なにか訳があるのだろうと思い、そのまましがみつかれるままで居た。話さないのにもきっと訳があるのだし、聞きもしなかった。未だにあのとき何があったのかは知らないし、知ることもないだろうと思う。
どれくらい時間が経っただろう。プーが顔をあげて僕の肩を掴んで言った。
「よし。セックスしよう」
そう言って服を脱ぎだしたので、できるだけ丁寧に、そのとき持っている僕のプーへの好意のすべてを込めてセックスをした。
事が終わったあとのまどろみの中でプーがこんなことを言った。
「俺は今日、お前に助けてもらった。ベストだったと思う。ありがとうな。だからな、一回だけ、今日の分の一回な、一回だけどんなことでもいいから、お前が困ったときに全力で助けてやる。それでチャラな」
あまり意味がわからなかったのかもしれない。すごく疲れていたせいかもしれない。わかった、一回だけな、と笑って答え、そのまま眠った。
それっきりプーとはいつも通りの付き合いが続いた。遊んだり、呑んだり、和弘と一緒に騒いだりとそんな感じだった。
それからだいたい一年後、僕は最後の家出をした(それから家族とは現在まで顔を合わせていないので、まだ家出は継続している)。
見つかって引き戻されるのも嫌だったので、できる限り遠くへ行こうと思い、京都まで行った。もちろん、知り合いもなく、ツテやノウハウの類も一切なかった。持ち合わせは二万円ぐらいだったと思う。それぐらいあればしばらくは路上で生活できるし、その間に仕事なんかも見つかるだろうと思っていた。
が、盗んだバイクで走りだすぐらい見通しが甘かった。二週間ほどで路銀は底が見えてきて、仕事も見つからなかった。もう帰りの運賃はなかったから、ここに残ってなんとかするしかないと思った。どうしようもなく不安になって、寂しくなったので、拾ったテレフォンカードでプーに電話をした。
「なあ、プー。僕はどうしたらいいんかな。さっぱりわからんよ」とのっけから思わず口に出してしまった。普通に話して元気でもだそうと思っていたのに。
しばらくの沈黙があったあと、プーが口を開いた。
「お前、持ち合わせどんだけある?」
「二千円ぐらい」
「それならな、今すぐ電車乗って大阪の梅田まで出て行け。五百円もかからん。そのまま、全部のクラブ入って、ボーイ募集してないかって聞けばどこかにひっかかるはず」
「それがダメやったら」
「近くにホモに体売る店がいっぱいあるから好きなの選んでそこで働け。断られることはないし、食いっぱぐれない」
さすがに考え倦ねて言葉に詰まっている僕にプーはしっかりとした口調で、一緒に寝たときのような声色で言った。
「なあ。お前は里見とか和弘と一緒にいるからわかんないと思うけどな、背筋伸ばしてしゃんとしてればけっこういい男やぞ。ボーイぐらいなら間単に取ってもらえるし、そうでなくてもお前を養ってくれる女の子ぐらい見つかるやろ。お前はそれぐらいいい男なんやからな」
「ダメなんかじゃない。俺が保証するから。今すぐ電話切って行ってこい!」
そのまま電話を切って電車に乗って梅田に行った。今でも憶えている。六件目に行ったKというクラブで僕はボーイとして働かせてもらうことになったのだった。最初の二週間は店で寝泊まりしたが、そのうち、店の女の子と懇意になり、世話になることになった。店の女の子と付き合うのはご法度なので職を失うことにはなったが、またすぐ他の店でボーイとして働き出すことができた。すごくラッキーだったと思う。ついにホモに体を売らずに済んだのだった。
それからややあって、金沢に戻ったり、名古屋に行ったり、ほうぼうを転々としているが、そういった類のラッキーだけで僕は今ものうのうと生き延びている。あのときプーに電話しなかったらどうなっていただろうと考える。やっぱり、京都で野垂れ死んでだのかもしれないね。
ちなみに、この話を書こうと思ったのはプーから久し振りに連絡があったからなのだが、承諾を取り付けた際にプーに言われた。
「お前な、これで一回助けてやったからな。もう次はねえぞ!」
どうやら京都でのことはノーカウントらしい。プー、ありがとう。きみみたいにきれいな女の子を僕は他に知らない。
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