番外編

番外編1 ペン吉の冒険


※1 この話は本編の番外編という位置づけですが短編としてもお楽しみいただけます。

※2 フンボルトペンギンたちの言葉は本編で登場したペンリンガルを使用して日本語に翻訳されています。




 ——視点:フンボルトペンギンのペン吉——



 物心着いたころから、この水槽の中が世界の全てだと思っていた。

 けれど、外にもっと広い世界があるということを知った今、その世界を知りたくなった。

 外の世界との壁に穴が開いた。

 穴の向こうに月の光が見えた。

 月の光の中へ飛び出した。





 番外編1 ペン吉の冒険





 —一—


 その日は朝から水槽の中が騒がしかった。

 南米から新しい仲間がやってきたのだ。名前はロナウジーペンという。

 足の筋肉はしっかりとしていて、ぺたぺたと走る速さは水槽育ちのペンギンとは桁が外れて速かった。足の速さを確かめようと、この群れ一番に足が速いペン太郎とロナウジーペンが駆け比べをしたのだけれど、圧倒的な足の速さでロナウジーペンの勝ちとなったのだ。

 水辺の岩に余裕の表情で立つロナウジーペンに対し、足の速さを自負していたペン太郎がくちばしを開けて息を切らしている。

「な、なかなか見所があるな』

「いや、ペン太郎もかなり速いぞー」

 ロナウジーペンはフリッパー(翼)をぱたぱたと広げたり閉じたりしながら嬉しそうに答えた。南米からやってきたせいか少し言葉に訛りがある。

「足が速いペンギンって素敵」

 若い雌のおマツが目をきらきらさせながらロナウジーペンを見つめている。

 ロナウジーペンが視線に気づいて、おマツへ、ぺたぺたと走り寄った。

 おマツの目の前で立ち止まり、おマツの体の前で下から上に向かって宙をなぞるようにくちばしを動かした。

「君の瞳は夏の太陽のように明るいなー」

「まあ、お上手ですこと」

 おマツのくちばしの周りにある紅色の模様が、普段にも増して深く色づいた様子だった。





 —二—


 ロナウジーペンはすぐに群れの雌たちに囲まれて、あれやこれやと質問攻めにされるようになった。

 そんなロナウジーペンを横目にペン太郎に話しかけられた。

「おい、ペン吉、次のペンギンレースではなんとしてでも一位を取るのだ」

「うん、わかった」

 曲がりくねった道や、階段を上り滑り台を滑り降りる障害物競走の要素を含むペンギンレースは、単なる直線における競争とは異なる技術を要する。前回の優勝者としては、新参者のロナウジーペンには負けられない。

 すでにペンギンレースの準備はなされている。

 スタート位置に並んで人間の合図を待つ。

 なんと言ってもゴールには食べ物のカタクチイワシが待ち構えているのだ。どのペンギンよりも早く食べたい。最初の一口は死守するのだ。

 自然と足とフリッパーに力が入る。

 スタートのベルが鳴った。

 横一列で一斉にぺたぺたとスタートを切る。

 最初は直線だ。

 ロナウジーペンの様子をうかがう。

「え?」

 すでに二歩も先に進んでいた。

 ロナウジーペンの足の速さは際立っていてすぐに階段に到達し、そのままの勢いで階段をぴょんぴょんと登り始めた。

 一足遅れて階段につき、くちばしとフリッパーと足を組み合わせて階段を登る。ここで速くなりすぎないのがこつだ。

 ロナウジーペンは勢いよく階段を登り切るとそのまま前に走り出した。

 ——そして階段の向こうに落ちた。

 この階段の先は横に曲がって平均台の上へ進むのだ。階段を登るときには曲がる道が見えないので、初めての時には階段の頂点で向こうに落ちてしまうことが多い。

 階段をもう一度、回り込むロナウジーペンが見える。

 そのすきに平均台をぺたぺたと通り過ぎた。

 滑り台に到達、そして滑り降りる。

 目の前にはカタクチイワシがぶら下げられている。ぱくりと食いついた。

「おまえ、なかなかやるなー」

 振り返るとロナウジーペンがいて、フリッパーをぱたぱたと振っていた。

「いや、慣れていたコースだからだよ」

 そう答えた。





 —二—


 夜遅く、なにか気配を感じてペンギンハウスから外に出た。

 水辺にロナウジーペンが立っていて、空に光る星を見ていた。

 ぺたぺたとロナウジーペンに近づく。

「星を見ているの?」

 ロナウジーペンが振り返った。

「いつも見ていた星の並びが見えないのだー」

 ロナウジーペンの隣に立って空を見上げる。

「どんな星?」

「+の形に並んだ星なのだー」

 ロナウジーペンの視線を追いかける。空の星はいろいろな形に並んでいるようで、ロナウジーペンの言う並びの星はよくわからなかった。

「わからないね」

「そうだなー。いつも見ていた並びの星が見えないほど、北に来たのだなー」

「キタ? キタって何?」

 ロナウジーペンが空を見上げるのやめた。

「知らないのかー。地球というものがあって北とか南とか東とか西とか広く広がっているのだー」

 ロナウジーペンに見つめられる。

 少し気恥ずかしくなって視線をずらす。

「ここから外に出たことが無いから、知らないよ」

「そうかー」

 ロナウジーペンはいろいろと話した。

 地球という丸いものが宇宙の中に浮かんでいるということ。その表面に海というものがあって、水槽よりももっともっとたくさんの塩水で満たされていると言うこと。その海の中には魚がたくさん泳いでいて、自由に食べられるということ。

「そうなの?」

「そうなのだー」

 卵から生まれて外にでたときから、食べ物は空からつり下げられるものであったり、水槽の中にばらまかれたりするものだと思っていた。けれど、食べ物は本当は自分で採らなければならないものだということを初めて知った。



 その夜の翌日から、ロナウジーペンに色々なことを教えてもらうようになった。

 穴の掘り方もその一つだ。

 起用に、足とフリッパーと体をばたばたと動かして、深い穴を掘るこつを教えてくれた。

「こうやって、穴を掘るのだー」

 柵の近くの地面がすごい勢いで削られてゆく。

「すごいね」

「いずれは、この柵を下から抜けるトンネルが開通するのだー」

 穴を掘る場所は見つかりくいサボテンの脇に設定された。





 —四—


 ロナウジーペンがやってきてから、しばらくたった。

 空のお月様がまん丸くなって無くなってというのが、五回くらいあった。

 その日のお昼の食事の時間に、ロナウジーペンもおマツもやってこなかった。ペンギンハウスに引きこもっている。

 おマツの姉妹のおタケとおウメが心配そうに顔を見合わせている。

「お姉さま、どうしたのかしら。そういえばロナ様もお見えにならないわね」

 ロナウジーペンは雌のペンギンたちの間で『ロナ様』という相性で呼ばれるようになった。イケペンの人気者だからそうなのだけれど、少し悔しい気もする。

 それはそうとして、今日も食事が終わったら水槽で泳いで運動してから、人間とペンギンの目が届かないサボテンの陰で穴掘りに精を出した。

 ロナウジーペンは結局現れなかった。



 その日の夜は満月だった。

 いよいよ今晩は柵の向こうに穴が開通しそうだ。

 ぺたぺたと穴場に向かう。

 ——ペンギンの気配がした。

 後ろを振り返った。

 ロナウジーペンがいた。

「今日、穴が開通しそうなんだ。一緒に外へ行こう」

 ロナウジーペンがくちばしを左右に振った」

「君は外に出ないの?」

「卵を守りたいからなー」

「卵?」

 ロナウジーペンはフリッパーを広げて、閉じた。

「今朝生まれた」

「おめでとう」

「ありがとうなのだー」

 ロナウジーペンを見た。

「広い世界へ出かけてくるのだー」

 そう言われた。

「うん。行ってくるよ」

 そして穴に向かった。

 穴に入る。壁に向かう。

 くちばしで壁をつついた。

 壁は簡単に向こうに抜けた。

 外の世界との壁に穴が開いた。

 穴の向こうに月の光が見えた。

 月の光の中へ飛び出した。





 ——その先の話はまた別の物語である。





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フンボルトペンギンはピコブラックホールから取り出せるか 園田光之助 @bigbox

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