市田の真実



 頑なだなあ……。


 晶生は市田の表情の変化を見つめていた。


 大丈夫。

 心は開いてきている。


 でも、しゃべりそうにない。


 ――と、いうことは。


 晶生は、じっと彼とその後ろを見つめてみた。


 やがて、口を開く。


「……市田さん、お気に入りのボールペン、なくしてますよ」

「え?」


「仕事中、胸ポケットに挟んでるやつです」


 市田は慌ててカバンを開けてみていた。


 中の作業着を確認している。


「……ないです」


「すごくお世話になった方にもらった奴ですよね?」


 急に話が具体的になってきたせいか。


 駒井が驚いた顔をし、鳴海が賞賛の視線を向けてくる。


 いや、駒井は先ほどまでも驚いた顔をしてはいたのだが。


 それは、


 ええーっ?

 そういうこと言います~っ!?


 みたいな驚きだったようなのだが。


 今は、ほんとうにびっくりしているようだった。


「悪いことをしたり。

 そのことに目を瞑ったりして、心にわだかまりができると。


 そうして、ちょっとずつ運が悪くなっていくんですよ。


 ……あなただけじゃない。


 犯人の人も――」


「えっ?」

と市田は息を呑んだようだった。


「すみません。

 カマをかけただけです。


 心に強い罪悪感が残ったままだと注意散漫になりますしね。

 無くし物とかしやすくなりますから」


 晶生のその言葉を堺が聞いていたら、


「いや、あんたの場合、むしろ、隙がなくなってきてるけどっ?

 罪がバレないように気をつけすぎてっ」

と言っていたかもしれないが。


 ちなみに駒井は、今、横から全身で訴えかけてきている。


「いやいやいやっ。

 『無くし物とかしやすくなる』はともかくとして。


 それがボールペンだとか。

 お世話になった人からもらった物だとか。


 胸ポケットに挟んでるとか。


 勘だけじゃわからないでしょうっ?」

と。


 そんな駒井の気配を左肩の辺りで感じながら、晶生は思う。


 この人、刑事に向いてないな。

 こんなに心の声が全部ダダ漏れじゃ……。


 まあ、堀田さんとかもかなりわかりやすいけど。


 そう思ったとき、市田が言った。


「……なにもかもお見通しなんですね」


 市田は、彼がかばっている犯人にも害が及ぶと聞き、ようやく口を割る気になったようだった。


 いい人だな、と晶生は思う。


 すべて諦めたような顔で笑い、市田は言った。


「実は僕、今まで、胡散臭いなって思ってたんですよ。

 笹井さんの番組。


 でも――

 ホンモノだったんですね。


 弟子の人ですら、こんなに凄いだなんて」


 鳴海が、いや、弟子だけが凄いんだよっ、という顔を横のテーブルでしていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る