突然のちょっとした旅のような――


「いやー、申し訳ありません。

 本買っていただいて」


 払いますよ~と晶生は駒井と乗っているバスの中で言った。


 駒井は署までバスで通勤しているので、バスなのだ。


「すみませんね、車なくて」

と恐縮する駒井に、ああ、いえいえ、と晶生は言う。


「私もおにいちゃんとか堺さんがいないときは、長距離移動はバスか電車なんで」


「……おにいちゃんって、長谷川沐生さんですか?」


 鳴海さんが言ってた通りのすごい人ですね、と言われる。


「長谷川さんを足代わりに使うとか」


 いや……それは沐生がすごい人なだけで、それを使う私はなにもすごくないのでは、と晶生は思っていた。


 夏の夜は明るい。


 まだそこまで日が落ちてはいないが、もう街の灯りは煌々とついている。


 車窓からそれを眺めていると、駒井が言う。


「長谷川さんって、なんかすごそうですよね、いろいろと。

 なんでもできそうって言うか」


「あ~、家のことは結構不器用っていうか、そうでもないんですけど」

と語りはじめると、駒井は身を乗り出す。


 芸能人の日常を聞くのが物珍しくて楽しいようだ。


「確かに芝居に関することはすごいですね。

 役者さんって、必ず間に合わせますもんね、芝居に必要なら。


 乗馬でもピアノでも。


 ……おにいちゃん、ピアノはもともとやってたんですけど、そこまででもなかったのに。


 弾いてるシーンのところだけ、完璧でしたね。


 天才ピアニストの役だったんで、余裕で弾いてるように見えましたけど。


『実は、内心、ハラハラしていた』

と無表情に言ってました」

と沐生の口真似と顔真似をして言うと、駒井は笑う。


「役者さんって、ほんとすごいですよね。

 でも、そんな人が事件の容疑者になったりしたら困りますよね~。


 言ってること、なにがほんとうで嘘か。

 顔を見ててもわからないんでしょうから」


 そうかもですね、と言いながら、晶生は思っていた。


「あんた、やっぱり役者ね」

とよく堺に言われるが。


 そういう意味では、当たってるのかも、と。


 私の言っていること。

 なにがほんとで嘘なのか。


 きっと誰にもわかりませんよ、駒井さん――。


「あ、ここです、ここ。

 ここの工場で働いてるらしいです」


 降りましょう、と駒井は自動車販売店を指差す。


 大きなガラス張りの店内は明るく、まだ客たちもいるようだった。






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