遠からず、全部なくなるわよ

 

「なにこれ。

 もうマジでヤバイ」


「なんだ、その女子高生みたいな言葉遣いは」

と晶生は遠藤に言われた。


 いや、そもそも女子高生なんだが。


 だが、うっかりそんな言葉が出るくらい、遠藤の階段はなくなっていた。


 もう遠藤が座っているところより上はない。


 外壁は残っているが、天井もないし。


 星空が見えて、なんだかやっぱり天国に上がっていく階段みたいになっている。


 途中で消えているのが、また、それっぽい。


 ホテルを囲む青い養生シートが風にはためく音を聞きながら、晶生は言った。


「遠藤、少しずつ下に下りてってるの?

 そのうち、床に座るんじゃないの?」


「……床に座ったときのポーズも考えなくてはな」

と遠藤は言う。


 格好いい床の座り方を熟考してみるつもりのようだ。


 いや、その床もいずれ持ち去られるか、壊されると思うんだが、と思いながら、晶生は言った。


「タナカさんが、遠藤がなんかすごい悲鳴上げてたって言ってたけど?」


「……恐ろしいものを見たんだ」


 霊の言う恐ろしいものってなんだ、と思いながら、真顔でそう語る遠藤を晶生は見る。


「まだしばらく語りたくない」

と言うので、とりあえず、放っておくことにした。


「ところで、そのタナカは何処行ったんだ?」


「仕事終わったあと、お仲間と食堂に食べに行ってる」


「じゃあ、危ないから帰れ。

 私はなにもしてやれないから」


 ひとりでウロウロするなと言われるが、晶生は扉のないホテルの入り口を見ながら呟く。


「そうねえ。

 でも、みんなもこんな時間まで塾に行ったりしてるわよ。


 あ、そうだ。

 昨日、ダムの近くにある怪しい塚のところで、殺人事件にでくわしたのよ」


 遠藤にそう語りながら、あとどのくらい、此処で、この人と話せるのかな、と晶生は思っていた。




 次の日の夕方、堺がちょっと来いというので、事務所に行くと、なぎさが騒いでいた。


「どれもこれも全然甘くないじゃないか、このブランドスイカッ」


 付き合いで買った有名な産地のスイカがいまいちだったらしい。


 しかも、結構何個も買ってしまっているようだ。

 事務所で振る舞ったり、知人に配ったりする予定だったようだ。


 まだ切られていない分のスイカが壁際の長机に箱に詰められたまま置いてあるのを見ながら、晶生は言う。


「あ~、糖度が書いてあるカットスイカと違って、一玉まるごとのスイカは当たり外れがありますよね~」


「付き合いで沐生をCMに出してやって、付き合いで買ったのにっ」

と言っている端から、その通販のCMがはじまり、司会の人がわあわあ言っている横に沈黙して立っていた沐生が唐突に、


「ぜひ、お問い合わせください」

と言った。


「おい、あいつに今すぐお問い合わせろ。

 このスイカが美味くない件についてっ」

と汀が言う。


 沐生は仕事でまだ戻っていないようだった。


「……まあ、値段のわりに甘くないってだけだから、食べてって。

 中には当たりもあるかもしれないし」


 そう堺に言われ、川口たちが切ってくれたスイカをひとつもらって食べる。






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