中継 その二


 二度目の中継。


 近隣の人たちの怖い話を聞きながら、あのカウンターの赤いスツールを凝視していた笹井が、手を上げ、話を遮る。


「どうかしましたか? 笹井さん」

と淡々と沐生が訊いていた。


「此処に……先程から霊が居るのですが」


「ああ、それでそちらを見てらしたんですね」

と沐生に言われ、


「はい。

 私、霊はよく見えるものですから」

と真顔で笹井は答えている。


 ……笹井さんが真顔なのはわかる。


 でも、そこで真顔で受け答えできるのはすごいわ、沐生、

と晶生と堺は思っていた。


 笹井が見つめているスツールには篠塚が座っているのだが。


 篠塚はカメラを向けられ、笹井に見つめられ、照れて俯いているのだ。


 なにも怖くない……。


「……顔が見えないよう、俯きがちに座って、クールに振る舞って、と言っておいたのに。


 霊が見える人が見てたら、なに、この陽気な霊。

 テレビに出て喜んでるみたい、とか思ってしまうじゃないですか」

と晶生は呟いた。


「どっちみち、ぼんやりとしか映らないわよ、きっと。

 ところで、篠塚に、なにをさせるつもりなの?」

と堺に訊かれ、


「篠塚さんには……」

と晶生が言いかけたとき、篠塚の後ろにぼんやりとした人影が見えた。


 グレーの霞のようにも見える、色のない霊だ。


 そのとき、壁際に居る晶生たちの前でスタッフたちがバタつき始めた。


「音声が……?」


「いや、そんなはず」

とインカムに手をやり、なにか言っているスタッフのひとりを晶生は捕まえた。


「どうかしたんですか?」

と篠塚の後ろを見ながら、晶生が訊くと、


「あ、いえ。

 それが……


 ちょっと不思議な現象が」

と言うので、


「変な音が入ったとか、映像が乱れたとかですか?」

と訊くと、


「いえ、変な音が入らないし、映像が乱れないんですよっ」

と焦ったように言ってきた。


 ん?


「呪いですよっ」

と堺と顔見知りらしいそのスタッフは、堺と晶生に訴えてくる。


「音声とか映像乱れさせようとしたのに乱れないみたいなんですっ。

 機材トラブルを起こそうと思ってたのにっ」


 テレビ局……、と晶生が呆れたとき、笹井が異変を感じてこちらを見た。


 晶生が頷く。


 その様子を見た沐生が口を開いた。


「呪いの椅子の霊が悪さでもしているのか。

 機材に異常が出たようです」


 ……異常が出ないという異常がね、と思いながら、晶生は沐生の説明を聞く。


「一旦、スタジオに戻します」

と沐生が言い、笹井が呪いの椅子を見つめているところが大写しになって中継は終わったようだった。


「晶生さん」

と笹井が振り返る。


 晶生は篠塚の居る椅子の方に近づきながら言った。


「篠塚さん、ありがとう。

 お疲れ様」


 篠塚さん、誰っ?

という顔で、スタッフたちがこちらを振り返る。


 篠塚は、

「お疲れ様です~」

と業界人風の挨拶をして、機嫌よく立ち上がると、隅で休憩している日向の方に向かった。


 ファンなのだろうか……。


 後ろに居る堺が篠塚を目で追いながら、

「その霊、もうタレントとして、局か笹井さんの事務所で雇ってもらったら?」

と言っている。


 晶生はさっきまで篠塚が座っていた椅子の向こうに呼びかける。


「人間と霊だと、どっちもハッキリ見えるけど。

 霊と霊だと、人間同士が重なってるときみたいに見えにくいんですよね。


 っていうか、真後ろに違う霊が居るのに気づかないって、どうなんでしょうね」

と微妙に篠塚をディスりながら、晶生は篠塚が居たのより、ひとつ奥のスツールの銀のパイプの背に手をかける。


「こんばんは」

と晶生はそのグレーの影に向かい言った。


「もうお亡くなりになったんですか?」


 あのトイレで刺されていた男がそこに座っていた。




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