何故、此処に……?


 晶生は男に向かい言った。


「犯人をおびき出すために。

 此処にあなたの霊が居て、いろいろペラペラしゃべってる、と言おうと思ってたんですけど。


 本物が出てきてしまいましたね。


 ……お亡くなりになったんですか?」


 もう一度、晶生はそう問うたが、男は、さあ? と言っただけだった。


 本当にわからないのかもしれない。


 気づいたら、此処に居ただけで。


 此処は犯人の女が被害者の男と知り合った店らしい。


 犯人から話を聞いたタナカ イチロウが推測したところ、この店が一番、条件が合致していたようだ。


 それで、おそらく、この店だろうということになったのだが、確証はなかった。


 だが、今、意識不明の被害者の霊が此処に出てきたことで、此処が正解なのだとわかった。


「此処にあなたの霊が出ることにして、犯人に揺さぶりをかけようと思ったんですよ」


 そうか……と言う男は、ぼんやりとしか見えないが、カウンターに両肘をつき、なにか考えているのはわかる。


 その憂いを帯びた気配に、晶生は眉をひそめ、

「こちらのお客様からです、とかやりたい雰囲気なんですけど。

 私、未成年なので」

と言った。


 すると、横に居た沐生が、

「未成年でもおごるのはおごれるだろう」

と小声で言ってくる。


 晶生は顔を上げると、カウンターの奥に向かい言った。


「マスター、この人に一杯」


 この人って誰っ?


 っていうか、そもそも、マスターって誰っ?

と奥で控えていた店の女たちが怯える。


 呆れたように沐生が言った。


「マスター居ないぞ。

 この店、ママさんしか居ないだろうが」


 そんな二人の会話を聞いていた男は、

「あんたたちと居たら、自分も生きて此処に座ってるんじゃないかと錯覚するな」

と言い、笑ってみせた。


 そこに、おっかなびっくり、水割りのグラスを手にママがやってくる。


「すみません、此処に」

と晶生が男の前を手で示すと、ママはビクつきながらも何度も頷き、男が座るスツールの前にグラスを置いていた。


 チラチラとこちらを窺うママの視線に、晶生はようやく気がついた。


 ママたちは見えない幽霊よりも、目の前に居る得体の知れない自分に怯えているのだと。


「あ、私、笹井さんの弟子です」

と晶生は名乗り、ママたちでなく、笹井をショック死させそうになる。


「だ、だから、それ、やめてください……」

とちょっと離れた場所から笹井が懇願してきたとき、男は呑めない琥珀色の酒を見ながら礼を言ってきた。


「……ありがとう」


 顔を上げた男は酒瓶の並ぶ棚を見、呟くように言う。


「彼女もずいぶん投げやりに生きてたみたいだから、自分に近い人間だと思ったんだけど、違ったみたいだ。


 きっと、一瞬だけ、今の生活とは違う何処かに逃げて、愚痴を言ってみたかったんだけだったんだな。


 彼女には帰れる場所があったんだ……」


 本気になったのは自分だけだった、と言う男が少し寂しげに見えて、晶生は、


「もう一杯どうですか」

と思わず、訊いてしまう。


「だから、一杯目も呑めてないだろ」

と言う沐生の言葉に、男はまた笑ったようだった。


「死なないでおいてあげたかったんだけどな」


 そう男は言った。


 彼女が殺人犯になってしまうからだろう。


 ただ刺して怪我をさせただけで終わるのと、相手が死んでしまうのとでは、やった行為は同じでも、状況も刺した人間の後悔もまるで違う。


 晶生はカウンターに背を預け、腕を組んで男を見た。


「じゃあ、もし、あなたが死んでたら。

 死体を盗んで、生死不明にしてあげましょうか?」


 沐生が本当にやりそうだ、という顔をする。


 男は笑い、

「あんた幽霊相手の何でも屋みたいだな。

 何者だ?」

と訊いてきた。


「……殺人は……」


 殺人犯、と晶生が言い終わる前に、沐生が叩くように晶生の口を押さえる。


「こいつは、うっかり探偵だ」

と沐生は言った。


 ……殺人犯というのがこの場で一番、わかりやすい自己紹介だと思ったのだが、と思いながら、押さえられた口のまま、晶生は、まだもごもごと言っていた。




「ほんと、絵になる子ですね」


 そう呟くカメラマンが晶生にカメラを向けているのに気づいた堺はさっきの黒い酒瓶をカメラの前に突き出す。


 いきなり、視界が暗くなったカメラマンが、うわっと身を引いた。


「はい、撮らないっ」




 その頃、タナカイチロウは、外をウロついていた。


 中に入ると、沐生に見られてしまうからだ。


 すると、駐車場に大きな黒い車が入ってきた。


 降りてきたスーツ姿の俳優のようなイケメンを眺めていると、向こうもこちらを振り返り見ていた。


 通りすがりになんとなく見たというには長すぎる時間だった。


 だが、男は、なにも言わずに、あのスナックの扉を開けた。


 ちょうど外に出ようとしていたらしい堺が、男に気づいて声を上げた。


「あっ、なぎさっ。

 なんであんたまで、此処に……っ」


 そう叫びかけ、堺は慌てて言いかえる。


「……なんで、此処にいらしたんですか、社長~っ」

と嫌そうに言う。


「いや、沐生がなにかやらかしてないかなと思って」


「晶生じゃなくて?」


「あいつは画面には出ないだろうが」


 そう言いながら、汀は店の中へと入って行った。





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