誰も彼もがスタンバイオッケーです


 次は二十分後か、と思いながら、日向はスナックを出た。


 さっきは店内に居て、頷いているだけでいいから楽だった。


 いや、楽だったとか言っちゃ駄目か。


 そんなときも、きちんと綺麗に見えるポーズを取り、それらしい表情をしていなければならないのだから。


 雨後のたけのこのように新しい若いグラビアアイドルが湧いて出てくる。


 気を抜いたが最後、自分の椅子はなくなってしまうに違いない。


 そんなことを思っていると、そうそうに芸能界から離脱した、


 いや、そもそも最初からやる気があったのかわからない女の声が狭い路地の方から聞こえてきた。


 晶生だ。


 ……私にあの顔とスタイルがあったらな、と思う。


 いや、自分の愛くるしい感じの顔も体型も、グラビアアイドルという仕事も、気に入ってはいるのだが。


 晶生みたいだったら、女優の方を目指してたかな、と思う。


 だが、そんなもの目指さないからこその、あの浮世離れした透明感なんだろうなとも思っていた。


「スタンバイオッケーですか?」

と言う晶生の声に、日向は、ひょいとそちらを覗いてみた。


「晶生、なにしてるの?」


 すると、晶生は、おっと、という感じに振り向いたが、

「なんだ、日向か」

と言う。


 晶生の後ろには細身だが、少し筋肉質な男がいた。


 キャップを目深まぶかに被っているが、鋭角的な顎や、すっと通った鼻筋でかなりのイケメンだとわかる。


 そちらを手で示し、晶生は、

「日向、この人、見える?」

と訊いてきた。


「そのイケメン?」

と訊くと、晶生は男を見上げたあとで、


「いや……こっちじゃなくて、この前にいる頼りない感じの霊。


 いたっ、はたかないでくださいよっ。


 篠塚さんがイケメンじゃないなんて言ってないじゃないですかっ。


 日向の目線がずいぶん上を向いてからですよっ。


 ……背が低いとも言ってませんよ。


 この人が高すぎるだけですよ」

と誰かわからない相手に向かって話し出した。


 霊が見えない自分には晶生が真面目な顔でコントをしているようにしか見えないのだが……。


 こいつ、前から得体が知れなかったからな、と日向は思う。


 撮影中も、ショーの休憩時間も変なとこ見てたり、突然、ライトが割れたり、カップが倒れたり。


 晶生だけではない。

 沐生もだ。


 よく私、こいつらと居たわね。

 子どもって怖い物知らずだな、と今になって日向は思う。


「まあ、見えないわよね」

と安心したような、ちょっと困ったような顔で言う晶生に、


「見えないけど。

 なんか私がやる必要があるのなら、サイン出してよ」

と言うと、ありがと、と晶生は言ってくる。


「この企画、成功するのなら、なんでもやるわよ。

 言ったでしょう」


「人気コンテンツになるといいわね。

 ああ、日向、このイケメンの顔は記憶から消去しといてよ」

と簡単にこの女はそんなことを言ってくる。


 だが、慣れている、そういうのは。


 この世界にいると、記憶の消去は得意だ。


 了解、と軽く手を上げ、日向はその場から去っていった。





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