別に囮になるつもりはなかったんですが……1



 困った、と思いながら、晶生は女子トイレを出たり入ったりしていた。


 たぶん、美森には、なにやってるんだろうなーと思われていたことだろうが。


 なにか事件が進展しそうなものはないかと思い、ウロウロしていたのだ。


 特に目新しいものも見つからず。

 時折、拝殿に参拝者は来るものの、トイレには誰もこなかった。


 ……舞い戻らないようだ、犯人、と思いながら、なおも晶生がウロついていると、タナカ イチロウの声が何処からともなく聞こえてくる。


「いい加減、諦めろよ。

 堺が冤罪で刑務所に入れられたとしても。


 その方が平和だろ?

 お前の貞操も守られるし」


 いや、なんでだ……。


 っていうか、何処から私を見てるんだ、と思ったとき、

「おっと、もうひとり怪しい奴が現れた。

 実はあいつが組織の人間だったりしてな」

という呟きが聞こえてきた。


 何処にっ?

 誰がっ?

と晶生は周囲を見回す。


 が、女子トイレの外には誰もいない。


 比較的近くを通ったものといえば、お散歩中の御老人くらいか。


 あれが組織の人間だろうかな。


 ああ見えて、実は俊敏な動きをするのかもしれない、と草花を見ながら、日課の散歩をしているらしいおじいさんを窺いながら、女が消えたという裏参道を行ったり来たりしてみる。


 が、事件からは数日経過しており、ドラマみたいに、


 いやいや。

 そんなところに落ちてたら、最初から気づくだろっ、

という場所に犯人につながる証拠品が落ちていたりもしない。


「現実は上手くいかないなあ」

と呟きながら、晶生は美森に挨拶し、帰ることにした。


「またのお越しを~」

と機嫌よく手を振る美森に、此処は何屋だ……と思いながら、表側の参道を歩き、角を曲がって、昔ながらの細い路地を歩く。


 そこから急な階段を降りると、駅の裏手に出て近いようだった。


 まだ考えごとをしながら、夕暮れの階段を降りようとしたとき、突然、誰かに背中を突かれた。


 転げ落ちそうになったが、手すりをつかむ。


 そのとき、

「待てっ」

という声が後ろでした。


 自分を突いた人間を誰かが追っていったようだ。


 タナカ イチロウか?

と思ったが。


 待て、の声は彼のものではなかった。


 そのままそこに居ると、やがて、何処かで見たスーツ姿の若いイケメンが戻ってきた。


「大丈夫か、須藤晶生」


 鳴海なるみ刑事だった。







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