俺は犯人と話したんだが
「俺は犯人と話したんだが。
確かに警察には捕まえられそうにない感じだったな」
……なんだって? と晶生は男を見た。
「俺はあのとき、犯行現場付近に居たんだ」
あっさり男はそう言ってきた。
「事件のとき、あの神社に居たの?
どうして?」
「いや、食堂のテレビで、縁切り神社のことをやってるのをいたのを見て。
時間が空いたんで、ちょっと行ってみるかと思って。
お参りに行ったら、たまたま犯行現場に出くわしたんだ。
そのあと、堺たちがやって来た」
ということは、もしや、堺さんたちの前に来た、顔の見えなかったイケメンというのは、この人のことだったのだろうか。
……凄すぎる、美森さんのイケメンセンサー、と思いながら、晶生はなおも突っ込んで訊いてみた。
「でも、なにしにあの神社に?」
「いや、だから、縁を切ってやろうと思ってだよ」
「誰と誰の?」
私と貴方の? となんとなく晶生は思う。
おのれの過去に関わる人間を切り離し、新しい未来を歩み出そうとしているのかと思ったのだ。
……いや、そのわりには、霊体をやめてもまだ、私につきまとっているようなんだが、と思ったとき、男が言ってきた。
「お前と沐生の縁を切ってやろうと思ってな」
なんという余計なことを……。
「お前はあいつと義務のように共に居るが。
あいつを愛する限り、なにも忘れられなくて辛そうだからな」
その言葉に晶生は眉をひそめる。
沐生の目にも今の自分はそう見えているのだろうかと思ったからだ。
「だが、堺が余計なことをしに来たから。
お前と沐生の縁切りなら、俺が祈るから邪魔するなと思って。
それで、あいつのハサミをあいつの鞄にそっと返しておいたんだ」
「いや、なんでそう、事態をややこしくするようなことを……。
待って。
そういえば、指紋は?」
あのハサミには余計な指紋はついていなかったはず、と思いながら問うと、男は革のグローブに包まれた両手を掲げて見せた。
指先まである奴だ。
小洒落たデザインで。
普段からこれをやって歩いているのを見ても、バイク乗りの人かな、くらいにしか思わず、違和感はないだろう。
「俺は死んでいるはずの人間だ。
常に指紋は残さないようにしている。
犯人はあの男がつきまとっていた女だ。
呑み屋で偶然、知り合って、一夜を共にしたらしいが。
女はそれを夫にバラすと脅されてたらしくてな。
縁を切りたいと此処に来たところを男に捕まって。
団体客がいなくなったあとで、ちょうど人気のなかったトイレに押し込められたそうだ。
そこで、追い詰められ、男が脅すのに使っていたナイフでグサ。
出て来たところを俺に見られたんだ。
見逃してくれ、と言うから、ああ、と言ったら、全部説明していった」
言いそうだな、ああって……と疲れ気味に思いながら晶生は男の話を聞いていた。
「別に説明してくれなくてもよかったんだが。
俺の同情を買って、しゃべらせないようにしたかったのか、女はベラベラ事情をしゃべっていったよ。
そんなことしてる間に、逃げればいいのにな。
女はそのあと、人目につかない裏参道から逃げた。
被害者とは、もともと行きずりの関係らしいし。
女は脅されていることを周りに隠していたようだから、警察はなかなか犯人にたどり着けないんじゃないか?
男が意識を回復したとしても、自分の悪事も
長引きそうだから、手を引いたらどうだ」
「うーん。
でも、なかなか犯人が見つからなかったら、警察がメンツにかけて捕まえようとして、堺さんに犯人役押し付けちゃうかもしれないじゃない」
「そうかもしれないが、それがお前に関係あるか」
「ああ見えてもいい人……
なのよ、たぶん」
いろいろ思い出して、自信がなくなったとき、
「ただいま」
という声が玄関から聞こえてきた。
男はそちらを見て、
「沐生だな」
と言う。
「まずいわ、どうしよう」
と晶生は言ったが、
「人を殺しても平然としてる奴が、これくらいのことで慌てふためくなよ」
お前、どんだけ沐生が怖いんだと鼻で笑われてしまう。
「とりあえず、行ってくる。
隠れてて」
と言って行きかけた晶生は、
「待て」
と男に止められる。
「シュウマイ、持ってく気か。
沐生に出すのか」
そういえば、男がくれたシュウマイの袋を手に持ったままだった。
「お前に買ってきてやったんだ。
お前も食べろよ。
幾つかとっておけ」
と言われ、わかった、と言ったあと、何事もなかったかのように、晶生は沐生を出迎え、夕食にと、男がくれたシュウマイと元からあったコロッケを出した。
それが昨夜のできごとだ。
あれからずっと晶生は困っている。
犯人も動機もわかっているのに、目撃者がタナカ イチロウであるばかりに警察にも言えないからだ。
いつもと逆のパターンだ、と晶生は苦悩する。
ゴールが何処だかわかっているのに、どうやってそのゴールにたどり着いたのか誰にも言えない。
ニセの道筋を作り、それを警察に提供しなければ、事件は終わらない。
それで行き詰まった晶生は、今、此処、縁切り神社に来ているのだ。
なにかとっかかりがないかと思って。
だが、美森はなにも覚えておらず、今のところ、これといった犯人に繋がる証拠もない。
縁切り神社なのに、犯人と縁を結ぼうと手を叩きながら晶生は小声で言った。
「よく考えたら、貴方も、犯人の名前も住所も知らないし。
どうしたらいいのかしら?
犯人だから、そのうち、現場に舞い戻る?」
すると、見えない場所に潜んでいるタナカ イチロウが言ってきた。
「いや、滅多に舞い戻らないだろ、現場。
お前は自ら行ったことがあるのか、あのダムに」
「私はあるわ」
「そうだったな……。
だが、俺はない。
俺にとっても、あそこは犯行現場だからだ。
お前を殺しかけた場所で、お前に俺を殺させた場所だから」
やっぱり、お前の方が神経太いな、と言って、一旦、男の気配は消えた。
晶生は手を合わせたまま、男がいたハサミの山の向こう、植栽の陰をチラと見る。
不思議なものだな、と思っていた。
殺したはずの男と今、こうして普通に話しながら、別の事件を解決しようとしているなんて――。
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