走馬灯を見た


 男が蘇ってからというもの、おかしなことばかりが起こった。


 遠藤のホテルを覗こうとしたら、近くを歩いていたおばさんの買い物袋がいきなり裂けて、結局、行けなかったり。


 通り魔事件のとき、自分が通り魔に向かって走り出そうとした瞬間、通り魔の手が突然、震え、ナイフを取り落としたり。


「あれも貴方?」


 そう晶生は訊いてみた。


「そうだ。

 小石を投げたんだ。


 霊の方がやりやすかったぞ。

 後ろから忍び寄って、羽交い締めにでもすりゃいいからな。


 肉体がある方がめんどくさいこともあるんだと初めて知ったよ」


「……ありがとう」

と言うと、男は、いや、と言う。


「ねえ。

 そういえば、霊体だったときのことって、覚えてるの?」


 ちょっと気になり、訊いてみた。


「覚えてるから此処に居るんだろうが」

と言ったあとで、男は、


「いやまあ、実はお前のことしか覚えていないんだがな。

 自分の身体の方になにが起こってたのかは知らないな」


 そんなことを言ってくる。


「なんで、そんなに私に執着してるのよ。

 私が貴方を殺したから?」


「死んでなかっだろうが」


 そう言ったあとで、男は風に揺れる竹林の方を見ながら言ってきた。


「目が覚めたとき、お前に憑いていたときのことも、その前の人生も、なにもかもが夢だった気がした。


 だが、病院を抜け出し、日雇いで働き始めたとき――」


 いや、寝たきりだったのに、どんだけタフなんだ、と晶生は男の身体を見る。


 今は痩せているが、殺したときは、もっといいガタイをしていた気がする。


「あの解体予定のホテルで遠藤に出会った」


 夢じゃなかったんだと悟ったよ、と男は言う。


 そう……と言ったあとで、晶生は、

「ところで、そこから入ってこないのも恥じらい?」

と姿は現したものの、敷居もまたがず、入ってこない男に訊いてみた。


「いや、この部屋に入ると、また霊になりそうな気がしてな。

 でも……、本当はあのままでいたかったんだ」


 そう男は言う。


「お前に殺されたままでいたかった――。

 夕陽の中、俺を殺そうとして、悲壮な覚悟で俺を見下ろすお前は美しかった。


 ロクでもない人生だったが、最後にいいものを見たと思ったのに」


 その男の言葉に晶生は違和感を覚えていた。


 そうなのか。

 私、そんな悲壮な顔をしてたのかと思う。


 もうなにもかも諦めて、ずいぶんさっぱりした冷たい顔をしていただろうと思っていたのに。


 それは後から自分がすり替えた記憶なのか――。


「なんだかわからないが、地獄の底から蘇ったんだ。

 他にすることもないから、あんたを守ってやるよ」


「……え、なんで?」


 思わず晶生は、そう訊いていた。


 そこは私に復讐するとかじゃないのかと思ったからだ。


「俺の人生、結局、お前しか居なかった気がするからだ。

 死ぬ間際に見た走馬灯の中で、鮮やかなのはお前だけだったから」


 腕組みして目を閉じた男は、そんなことを言ってくる。


 今そこで、その走馬灯とやらが見えてでもいるかのように。


「……いやそれ、走馬灯?

 単にリアルに目の前に私が居たから、印象に残ってるだけなんじゃないの?


 そして、鮮やかだったのは、たぶん、夕陽がダムに反射していたからよ」


 そう晶生は言ったが。


 男はなにも聞いてはいなかった。


 元より人の話を聞かないたぐいの男なのだろう。


「まあともかく、今回の件は警察に任せとけ」


 これ以上、危ないことに首を突っ込むな。

 そう男は言ってくる。


「俺みたいな奴が何処かに居て、まだお前を狙っているかもしれないしな」


「私を……

 私たちを狙ってる連中がまだ居るっていうの?


 九年も経って?


 沐生なんてずっとテレビに出てるのよ。

 あんなに目立ってたら、とっくの昔に殺されてるわよ」


「目立ちすぎてるから殺せないってこともある」


「……九年前の事件の真相。

 貴方は知っているの?」


 なにを聞いても驚かないよう、晶生は身構え、そう訊いたのだが。


 男は、あっさり、

「いや」

と言う。


「……いや?」

と思わず訊き返していた。


「俺はただの殺し屋。

 雇われただけ。


 もうひとりの奴は知ってたかもしれないが」


 あいつが今、どうしているか知らないが、という男に、

「ごめんなさい、殺しちゃった」

と言うと、


「そうか。

 じゃあ、しょうがないな」

と男は言う。


「真相は闇の中だが、そこはお前のせいだ。

 生かして捕らえて、拷問して吐かせておけばよかったのに。


 安易に殺すだなんて、めが甘かったな」

と小学生だった自分に無茶を言う。


「……まあ、それは幾らなんでも無理なんだけど」

と小さく反論したあとで晶生は言った。


「あの事件以来、事件の真相もわからない、私も捕まえられない警察に不信感がつのっちゃって。


 つい、今回の犯人も捕まえられないんじゃないかとか思ってしまうのよ」


 顎に手をやり、うーんと唸った男は、

「まあ、そうかもな。

 あれはなかなか捕まえられないかもしれないな」


 そう言ってきた。


「え?」




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