何処の呑み屋だ、此処は……


 堺にあらぬ疑いをかけられた沐生はソファで台本を読んでいた。


 堺と美乃はまた別の場所でなにやら揉めている。


 晶生は沐生の前に立ち言った。


「もしかして、なにも関係ないのかもね、あのハサミ」


 沐生が顔を上げる。


「事件に関係ないのに、なんで、ハサミが堺の鞄に戻されてる?」


 そう問われ、晶生は思う。


 自分だったら、ハサミを戻す理由、ひとつしか思いつかないんだが、と。


「じゃあもう帰るね。

 そろそろ晩ご飯だから。


 今日、来る?」

とできるだけさりげない感じに沐生に訊いてみた。


「いや、今日は夜遅くまで仕事があるから」


 そう、と言って帰ろうとしたのだが、

「待て、送ろう」

と沐生は台本を置き、立ち上がる。


 それに気づいた目敏い堺がやってきた。


「待ちなさいよ。

 あんたじゃ駄目よ」


「何故だ」


「あんたの車に晶生が乗ってて、週刊誌にでも、すっぱ抜かれたら困るからよ」


「今更だろ。

 それに……


 こいつは俺の妹だ」


「今思い出したわね、その事実。

 そんなあんたも忘れてるような戸籍上の関係で世間と記者を騙せるだなんて思わないことね。


 行きましょ、晶生」

と堺は晶生の腕を取ろうとしたが、溜息をついた汀に、


「だから、仕事しろ、堺。

 俺がついでがあるから送ってく」

と社長の権限で話をまとめられていた。




 自分で帰れると言ったのだが、汀は本当についであるので送ってやろうと言ってきた。


 地下駐車場で車に乗る前、汀が言う。


「後部座席に乗れよ。

 助手席だと俺でもなにか勘ぐられるかもしれない」


「芸能会社の社長、立場を利用して元タレントの児童と、とか?」


「誰が児童だ……」


「十八歳未満なんで」


 なんだかんだ言いながら、晶生は汀の車の後部座席に乗った。


 座り心地がうちの家のソファよりいいぞ。


 などと思っている間に、高級車だからか、電気自動車でもないのに、たいしてエンジン音も聞こえないまま車は動き出していた。


「今回の事件、どう見てる」


 わりとすぐに着いてしまうので、汀はすぐに突っ込んだことを訊いてきた。


「私の意見訊いて、意味ある?

 犯人じゃないのに」

と言って、


「その理屈で行くと、警察の意見訊いても意味ないことになるぞ……」

と言われてしまう。


「じゃあ、汀は、今はどう思ってるの?」


 ハサミがただの堺の祈願したハサミだったと知って、どう思っているのか訊いてみようと思ったのだ。


 だが、汀は、


「今か。

 今はお前が可愛くない女になったなと思ってる」

と言ってくる。


 いや、そういう話じゃなくて……。


 って、何故、突然、私がディスられる……と思ったとき、


「ところで、お前、探偵になるのか」

とこれまた唐突に訊かれた。


「なんで?」

と問うと、


「いや、まあ、いいかもしれないなと思い始めてな。

 よく考えたら、お前なんぞ、まともな職にはつけそうにもないから」

とより失礼なことを言ってくる。


 信号が赤になった。


 汀がちょうど横にある養生シートに覆われた解体中の遠藤のホテルをチラと窺うのが見えた。


 汀はいつも、あまり突っ込んで訊いてはこないが。


 一番いろいろ考えている気がしていた。


 そして、鋭い。


 まあ、この若さで社長業をちゃんとやってるんだもんな。


 自分ではお飾りだとか言ってるけど。


 そんなことを考えている間に、たいして事件の話もしないまま、家に着いていた。


 ちょうど何処かから帰ってくるところだった母親と出くわす。


「挨拶しとくか」

と一緒に降りた汀に母は機嫌よく、


「あらー、社長さん。

 お久しぶりですー」

と言っていた。


 何処の呑み屋だ、此処は……。


「沐生と晶生がお世話になってます」


 いやだから、私はお世話になってません。


 今日は乗せてきてもらったけど、と思っていると、


「どうぞ、お茶でも」

と母は笑顔で汀に上がっていけと勧める。


「いえ、仕事がありますので」


 普段はあまり笑わない男だが、そこはちゃんと営業スマイルを見せて帰っていった。


 汀の車を見送りながら、母が言ってくる。


「汀くんは相変わらず、いい男ねー。

 お母さん、一番好みだわー」


 ……だから、誰と誰と誰の中で好みなんですか、お母さん、と思いながら、家に入っていく母の背を見送った。


 もう一度振り返る。


 夕闇の中に、もう汀の車は見えなかった。




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