縁切り神社



「なによう。

 縁切り神社とか、縁起悪いじゃない」


 その日、堺は借り出されて、同僚のマネージャー、石原美乃いしはら よしのとともに遠方のロケ地に来ていた。


 空き時間に、美乃が、

「行きたいところがあるの。

 すぐ近くだから付いてきて」

と言うので、付いて来てやったら、そこは最近、有名になったという縁切り神社だった。


「此処、悪縁を断ち切るのにいいらしいのよ、堺。

 これで前の男との縁を切って、新しい縁をゲットするのよっ」

と美乃は叫ぶ。


 美乃は堺よりちょっと年上のやり手の美人マネージャーだ。


 堺は美乃と並んで、神社の少し斜めになっている石段を上がりながら、呆れたように言った。


「前の男って、あれでしょ?

 あんた捨てて金持って逃げたやつ。


 何処に縁があるのよ。

 もうないわよ、切らなくても。


 それとも、切りたいのは、あんたの未練?」

と思ったままを言って、


「……付き合わせた礼に、なにか奢ってやろうと思ったけど、やめとくわ」

と言われてしまう。


「やだー。

 美乃は今も昔も綺麗よー。


 こんなところ来なくたって、幾らでも縁があるわよー」


「……び売らなくてもおごってやるわよ。

 今日のケータリングいまいちだったからね」


 それもあって、外に出たのだ。


 そのいまいちなケータリングを時間がなくて、移動できないタレントたちは食べているので申し訳ないのだが。


「見た目は色鮮やかで綺麗だったのにね。

 あんたみたいね」

と言う友に、


「……美乃。

 男との悪縁を切るより、まず、余計なことばかり言うあんたの口を縫った方がいいんじゃないの?」

と言ってやったが、相変わらずな美乃はなにも聞いていない。


「そこでハサミを買うのよ」

と美乃は社務所を指差した。


 なるほど。

 いろとりどりのハサミが三方さんぼうに積まれている。


 その後ろに巫女さんが居て、小さな緑の金庫にお金を入れていた。


 此処で買って、あそこにね、と堺は拝殿を振り返る。


 賽銭箱の側の左右の巨大な三方にもハサミが積まれていた。


 ……でも、お供えのためのハサミって、後どうなるんだろうな。


 使われないまま捨てられるのかしら、もったいない、と思う堺の横で、美乃が言う。


「でも持ってきたのでもいいのよ。

 私は持ってきたわ」


 美乃はいい感じに使い込まれたビッグサイズの革の鞄から、大きな裁ちバサミを出してきた。


 男に対する未練と恨みの大きさが、そのハサミのサイズから容易に推し量られた。


「ねえ。

 あんた、それで男をグサッとやった方がいいんじゃないの?」

と言ってみたが、


「私は悪縁を断ち切って、素敵な恋を始めたいのよっ。

 あいつをグサッとやって刑務所入ってどうすんのよっ」

と美乃は文句を言ってくる。


 はいはい、と言いながら、堺は巫女さんからハサミを買った。


 大人しそうな丸顔で色白の巫女さんが丁寧に応対してくれる。


 美しいが、なにか一癖ある晶生とは、同じ巫女さんでも大違いだな、と堺は思った。


 ……駄目ね。

 なにを見ても晶生を思い出すわ。


 やっぱり恋かしら、と思いながら、そのハサミをジャキジャキやっていると、


「危ないわね。

 あんたが、それでグサッとやりそうで怖いわよ」

と避けながら美乃が言ってくる。


 グサッとか。


 どっちをかな……と思いながら見つめた社務所の横の紫陽花は雨も降っていないのに、濡れていて鮮やかだ。


 ちゃんと水をやって、手入れしてあるのだろう。


「ねえ、紫陽花ってさ。

 地中がアルカリ性か酸性かで色が変わるって昔習った気がするんだけど。


 ああやって、いろんな色の花が咲いてるのなんなの?

 いろんな死体が埋まってるの?」


「なんで死体よ……」

と美乃は呆れたように言いながら、もう拝殿に向かっていた。


「そういえば、さっき、手水舎で手を洗ってないわよ」

と堺は社務所の向こうに見える手水舎を振り返ったが、なにかに追われるように拝殿に向かう美乃は、


「除菌クリーナーででも拭いときなさいよ」

と振り返りもせず言ってくる。


 ……余程、前の男に未練があるようね。


 なんとかして思いを断ち切りたいようだ、と思いながら、一緒にハサミを供え、手を叩いた。


「沐生と晶生が別れますように」


「……ちょっと近くに誰か居たらどうすんのよ」


 なにうちのトップシークレット、口に出して拝んでんの、とちょっと目を開けて、こちらを睨んだ美乃に言われる。


「そもそも、あの二人続いてんの?」


 切れてるんだか、続いてるんだか。


 よくわからない、二人のあの微妙な感じに、余計、落ち着かなくなるんだが……。


 そんな堺の横で、美乃は長々と拝み、

「これでよしっ。

 帰り道に素敵な人に出会っちゃったらどうしようーっ」

とハイテンションで拝殿前の石段を下り始める。


 単純だな。

 いや、単純な感じに盛り上がって、切り替えようと頑張ってるんだな、きっと。


 今日は私が奢ってやるか、と思いながら、堺も短い石段を下りた。


 美乃が振り返り言ってくる。


「晶生ちゃんと言えばさ。

 うちの社長も好きじゃない? 晶生ちゃん」


「……いい大人のくせに、ロリコンだからね」


「いや、あんたは違うの……?」

と言い合いながら、冷えたという美乃と一緒に拝殿脇のトイレに行くとこになった。


「あれっ? 何処行くの?」

と木造建築のトイレに入りながら、美乃が振り返り言ってくる。


「……男子トイレに決まってるでしょうが」


 まあ、確かに自分が男子トイレに入ると、おじさんなどに、よく、ぎょっとされるのだが。


 幸い、今は誰も居なかった。


 美乃より早くトイレから出てきた堺は、トイレ脇の紫陽花の下に落ちているものに気がついた。


 ハサミだ。


 ……社務所で売ってるのと同じだわ。


 紫陽花に水を撒いたからだろう。


 少し濡れた泥が付いていた。


 落ちたのね、とすぐ側にある拝殿の山積みのハサミを見上げて、そこにひょいと置こうとした。


 だが、このままじゃあんまりか、と思った堺は、さっきの美乃の言葉に、除菌クリーナーを思い出し、丁寧に拭って、それを戻した。


 すると、


「堺ーっ。

 来てーっ」

とトイレの中から美乃の声が聞こえた。


「なに言ってんの。

 私が女子トイレ入れるわけないじゃない」


「入れるに決まってるでしよっ。

 いいから来てよっ」

と美乃は切羽詰まった声で叫んでくる。


 美乃がこんな悲鳴に近い声を上げたのは、競輪場の近くで呑んでいて、万車券を落として以来だ。


「なによ。

 どうしたの?」

と言いながら、堺は、ひょい、と女子トイレに足を踏み入れた。







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