神社で見つけてしまいました
女子トイレの中は不思議な匂いがしていた。
トイレの芳香剤となにかが混ざった匂い。
なにか……
ああ、蚊取り線香か、と堺は手洗い場の台の上に置いてある昔ながらのそれを見た。
トイレの中には個室が三つあった。
真ん中のトイレの前で、美乃が床を見たまま、青くなっている。
「どうしたのよ」
と言ったときには、既にそれが視界に入っていた。
トイレのドアとコンクリートの床との隙間に滲み出てきている赤いもの。
血のようだ。
「堺っ、開けてみて、ドア!」
と美乃が振り向き、言ってくる。
「なにこんなときだけ女子ぶってんのよ」
と言いながらも、堺は美乃を後ろに下がらせる。
ドアを開ける前に言った。
「美乃、なんだかわからないけど、たぶん、救急車」
きゅ、救急車ね、と美乃は慌ててスマホを取り出す。
具合が悪くなった人か。
それとも、事件か、事故か、と思いながら、堺は手前に引く仕様になっていたドアを引き開けた。
すると、中から大きな若い男が倒れかかってくる。
個室のドアに寄りかかるようにして、意識のない男が立っていたようだ。
たいして身長の変わらぬその男に頭突きを食らわされながら、堺は腹から流れている男の血が自分に触れないよう、抱きとめ、言った。
「美乃、事件。
腹を刺された男。
凶器は抜かれてる。
二十代から四十代くらい。
意識はないわ」
スマホを手に、美乃が振り返り、文句を言ってきた。
「冷静に言わないでよっ。
余計怖いじゃないのよーっ」
と。
「二十代から四十代って、随分、幅広いですね」
堺の話を聞きながら、晶生は呼び出された事務所でそう言った。
「今の時代、十代から六十代くらいまで、区別つかないときあるけどね」
と隅にあるソファで向かい合って座る堺は呟く。
最近は、小洒落た職場も多いらしいのに。
此処はなんだか昔のままだ、と
自分たちが子どもの頃からなにも変わらない。
「それにしても、なにしに縁切り神社なんて行ってたんです?」
「付いてったのよ。
美乃が前の男への未練を断ち切りたいって言うから。
あんたたち行ってごらんなさいよ。
いい縁なら切れないらしいわよ」
晶生の座るソファの後ろに立つ沐生も一緒に見て、堺は、ふふふ、と笑う。
「じゃあ、堺さん、私と行ってみましょうか」
と晶生が言うと、
「嫌よ」
即座に堺はそう言ってきた。
悪い縁な自覚はあるんだな、と晶生は思う。
ちなみに、沐生とは……
まあ、絶対に行かないが、とチラと後ろを見ながら思ったとき、堺が言った。
「ともかく、警察にも通報したし、救急車も呼んだ。
やるだけのことはやったし、もう関係ないわ」
助かったら、感謝状が欲しいわね~、などと呑気に言っている堺に、晶生は言う。
「堺さんが容疑者にならなきゃいいんですけどね~」
「なんでよ」
「警察は第一発見者が犯人だと決めてかかったりしますからね」
「あら、第一発見者は美乃でしょ。
そういえば、あの女、何処行ったのかしら」
と堺は振り返っている。
いや、美乃さんが発見したのは血だけなんで、厳密に言えば、第一発見者は堺さんですよね、と思いながら、晶生は言った。
「しかし、縁切り神社に行ったのに、事件との縁を結んできてしまったんですね」
既に堺が容疑者となっている雰囲気で言う晶生の前で、
「めんどくさいこと言う子にはお土産あげないわよ」
と言いながら、堺は大きな鞄の中をゴソゴソやっている。
「どっしり重い
「わあ、ありがとうございます」
と晶生は言ったが、その水羊羹の上に、ピンクでハートのお守り袋を載せられた。
「はい、おまけ」
「なんです? これ」
「恋愛成就のお守りよ。
と堺は同じ形で水色のお守り袋を見せてくる。
「お前がピンクじゃないのか」
と封筒と書類を手に忙しげに横を通りながら、
そちらを目で追いながら、晶生は訊く。
「縁切り神社ってこんなものまで売ってるんですか?
縁切りなのに」
「売ってるみたいよ。
縁を切って、新たに結ぶのが目的だしね。
でも、それは土産物屋で買ったやつ」
……何故、神社に行ったのに、土産物屋で買ってくるのですか。
いや、効力があっても困るので、それでいいのだが、と思う晶生に、
「可愛いで……」
可愛いでしょ、と堺は言いかけたようだ。
だが、その言葉が悲鳴に変わる。
蓋を閉めようと鞄を見たらしい堺は、中から、それをつかみ出し、放り投げた。
青いハサミだ。
床の上を滑り、近くのデスクで仕事していた小太りな堺の後輩マネージャー、
「もう~、堺さん、やめてくださいよ~」
と西がそれを拾おうとしたとき、晶生は、
「待って」
と言った。
「このハサミ、堺さんのですか?」
床に転がったままのハサミの側にしゃがみ、手を触れないまま、晶生は問うた。
「それっ、あの縁切り神社のお供え用のハサミよ」
堺は、まさか、これっ、と一緒に床にしゃがんで、それを見ながら言ってきた。
「私が沐生と晶生が別れるように祈ったハサミッ?」
「……晶生、こいつの相談には乗ってやらなくていいぞ」
そう後ろから沐生が言う。
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