縁切りのハサミ

『怪奇現象を追え!』らしいです

 


 いやあああっ。

 泣きながら後ろを振り返り振り返り、トンネルの中を走ってくる女を晶生は見ていた。


「助けてっ。

 助けてくださいっ。


 なにか憑いてくるっ。

 女の声が、トンネルの中でっ」

と女は笹井にしがみついていた。


 笹井は付き合いよく、女の背を叩いてやっていた。


 見る力はないけど、結構消せるんだよな、笹井さん。

 ま、今回はなんにも憑いてないんだけど。


 だが、笹井はそもそも霊が見えていないので、居なくても払っている。


 盲目の霊能者として有名な笹井だが。

 実は、目は見えていて、霊は見えていない。


 いろいろと間違っている、と思いながら、晶生は見ていた。


「あ、軽くなった……」


 ホッとしたようにその女は言い、

「先生、肩が軽くなりました」

と感謝し切っている様子で笹井を見上げた。


「そうですか。

 よかったです。


 でも、無闇に危ない場所には入らない方がいいですよ」

と笹井が企画を根底から繰り返すようなことを言ったとき、シラッとした顔をした坂本日向さかもと ひなたが見えた。


「……抜かれてる抜かれてる」

と晶生はリモコンを手に苦笑いする。


 夏が近づいたせいか心霊番組をやっていて、日向が出ているので見ていたのだ。


 日向は、深夜の幽霊トンネルを訪ねていくのに、それはどうだ? と問いたくなるような露出の多い服を着ていたが。


 まあ、グラビアアイドルなので、みなさまのご期待にお応えしているのだろう。


 それはいいのだが、日向が、泣き叫ぶ女をバッカじゃないの、という顔で見ているところがバッチリ映ってしまっている。


 どうやら、生放送のようだ。


「騒ぐぐらいなら、こんなところ来なきゃいいのにって思ってそう」

とテレビの前のソファで晶生が呟くと、後ろから沐生が、


「騒がなきゃ仕事にならんだろうが」

と言ってくる。


「おにいちゃんも騒ぐの? こういう番組出ると」


「俺は最初から受けない」

と母親に言われて、後ろのダイニングテーブルでいただきものの箱を開けながら、沐生が言う。


 ゼリーのようだった。


「夏ねえ」

とソファの背のところから、それを見ながら晶生は言った。


 ぷるぷるの透明ゼリーの中に季節のフルーツが押し込められている。


 食べるか? と沐生がひとつ投げてきたが。


「冷えてるのがいい」


 冷やしといて、と有名俳優様をこき使い、晶生は投げ返す。


 ゼリーは箱に入らず、弾いて下に落ちた。

 沐生が顔をしかめながら、それを取っている。


 ちなみに、番組のタイトルは、『怪奇現象を追え!』らしいが、追わせる人物を間違っている……と晶生は、日向と笹井を見ながら思っていた。


「……今年は空梅雨ね」


 気の早い入道雲を映したCMを見ながら、ソファで膝を抱え、晶生は呟く。


「そういえば、あの土下座の霊。

 遠藤のところに居たみたいなんだけど。


 誰かが霊のついたペン、持ってっちゃったみたいなの」


 今、工事で人の出入りが激しいからな、と思う。


 遠藤はまだあの階段にしゃがみ、工事の様子を見ているようだが。


 ……階段取り壊されたら、どうすんだろうな、と思っていた。


 CMから切り替わると、全員でバスに乗り込むところだった。


 笹井が前の席に座り、振り返って、みんなが先程のトンネルでの怪現象について語っているのを聞いている。


 言われるがまま、冷蔵庫に大量のゼリーを押し込めた沐生は晶生の座るソファに手をつき、後ろからテレビを見ていた。


 ……あんまり側に来られると、ちょっとドキリとしてしまうんだが。


 近すぎて、沐生の熱まで後ろ頭から耳の辺りで感じでしまうからだ。


 だが、そのとき、ぼそりと沐生が言った。


「一人多いな」


「え?

 ああ、ほんとだ。


 この人、生きてないね。

 日向の隣じゃん」

と晶生は笑う。


 いや、笑うところではないのだが。


 一番後ろの席に座る日向は、自分の真横に細身の男の霊が座っているのにも気付かずに、身を乗り出し、

「なにか変な音、聞こえてきましたよねっ?

 怖かったです~っ」

と胸を寄せるように、ぎゅっと自分を抱いて訴えている。


 いやいや。

 あんた、さっき、めちゃめちゃクールな顔してるの抜かれてたけど。


 まあ、いいか。

 ちゃんとグラビア的なお仕事はしてるから、誰も文句は言うまい。


 ……分けてくれ、その谷間、と思いながら、晶生は眺めていた。


 CMになったタイミングで、笹井にメールを入れる。


 番組終わるまでに見るかわからないけど、入れておこう。

 そう思って。


 笹井さん、目が見えない設定だから、人前でメールの確認するわけないしな、と思っていたのだが。


 カメラがスタジオに切り替わり、更に他のメンバーが行っている心霊スポットが流れたあとで、また、笹井たちのところに切り替わったとき、笹井が厳かに言い出した。


「坂本日向さん、貴女の側に霊が居ます」


 えっ? 嘘っ?

と今度は本気で日向が飛んで座席から逃げた。


 トイレにでも行ったとき、笹井はメールを読んだのだろう。


 晶生は、ちょっと笑って立ち上がる。

 ふと、沐生の肩の辺りを見た。


 沐生の後ろに居るものは、見えるときと見えないときがあるのだが。

 今はうっすら見える。


 沐生の肩の辺りにぶら下がっている手。


 心霊番組とか見てたからかな、と思いながら、晶生はおのれの肩に手をやってみた。


 自分の後ろには、もう、誰も居ない――。






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