アレルギーがひどくなったようだ



「差し入れのお菓子です」


 事件の話を聞くという理由をつけて、晶生は沐生と堺とともに警察に呼ばれていた。


 珍しく堀田が温情を見せて、宮崎亘や石塚南央の事情聴取後の話など聞かせてくれるというので、来たのだ。


 ちなみに真田は呼ばれてはいない。


 余計なことを言って、捜査を撹乱させたと堀田が思っているからだ。


 お菓子の入った白い箱を開けて中を見せると、

「ほう。

 気が利くじゃないか」

と堀田が言う。


 刑事課にはあまり人は居なかったが、とりあえず、居る人たちに晶生が配ると、なんだかわからないが、すごくありがたがられた。


「すごい、芸能人の人にお菓子もらっちゃいましたよ」


「え? タレントさんかモデルさんなの?

 霊能者って聞いたけど」

と刑事たちが話しているのが後ろから聞こえてきた。


 ……話が錯綜している。


「林田さんもどうぞ」


「わあ、ありがとうございます、晶生ちゃん」

とシュークリームをつかんだ林田に、


「美味しいんですよ。

 この樹里が刺されたとき持ってたシュークリーム」

と言うと、ぼとりと林田はシュークリームをデスクに落とした。


「……縁起の悪いもの持ってくるな」

と堀田は言うが。


 いや、本当に美味しいんですよ、此処のシュークリーム……と晶生は思っていた。


 刑事課の隅のソファで沐生たちとお茶をいただきながら、晶生は言う。


「まあ、どうせ、通り魔なんで、宮崎の件でも逮捕してくれちゃっていいんですけど。


 実際には、彼は犯人ではないですよね」


「……お前が捕まえさせたんだろうが」


「まあ、実行犯ですからね」

と言いながら、晶生はお茶に口をつけた。


「でも、本当の犯人は神奈さんです。

 神奈さんが『通り魔』という凶器を使って刺させたんです。


 私、今まで霊による殺人って難しいと思ってたんですけど。


 祟り方など知らなくとも、殺すことはできるのかも」


 そう言うと、堀田は怒り出す。


「ともかく、わしはもう、霊なんぞ信じないからな!

 居ようが居まいが関係ないっ。


 そんなもの気にしてたら、振り回されるだけで、ロクなことがないとわかったからなっ」


 ああ、アレルギーが一層ひどくなってしまった、と晶生は周囲を見回した。


 霊なんて、そこ此処に居るのになー、と思いながら。


 それに気づいたように、堀田が、

「あちこち見るなーっ」

と怒鳴ってくる。


 っていうか、横に、篠塚さんが居るんだが。


 一緒にソファに座る篠塚は物珍しそうに刑事課の中を見回している。


「あの、お茶、おかわりいかがですか?」


 沐生は眼鏡をかけていたが、どう見ても沐生なので、震える手で急須を持ってやってきた女性警官がそう沐生に訊いていた。


「ああ、結構です。

 ありがとうございます」


 振り向き、沐生が言うと、彼女は死にそうな顔をした。


「……祟らなくても、他人を使わなくても、沐生なら、微笑みかけるだけで、人をショック死させられそうだわ」


「そんな男が誰より側に居るのに、ショック死しないあんたはなんなのよ」

と堺が言ってくる。




 しばらく話していて、晶生がトイレに立つと、何故か堺も立った。


「一緒に行きましょ」

とまるで女子高生のように言ってくるが。


 いや、堺さん……、女子トイレじゃないですよね、と晶生は思う。


 二人で廊下に出ると、ちょうど他の刑事があの通り魔を連れて行くところだった。


 彼は、チラとこちらを見る。


 その口許が微かに動いた気がした。


 声は聞こえない。


 その様子に、真田の病室に居た看護師を思い出す。


 彼の口許を見ていると、堺が晶生の両肩をつかみ、自分の向こうに押しやった。


「なんにもしやしねえよ」


 彼は笑って、堺に言うと、そのまま刑事たちに連れられていってしまった。


「なんて言ったの? あの男」

と小声で堺が訊いてくる。


「……『ありがとう』

 そう言ったように見えましたけどね」


 ありがとうねえ、と思いながら、晶生は振り返ったが、男はもうこちらを振り返ったりはしなかった。





 そこが神奈が死んだ場所ではないのだが、帰りに晶生たちは、あの店の前の道に花をたむけに寄った。


 ……此処に置いたら、宮崎さんが死んだみたいになっちゃうけど、とまあいいか、と思いながら。


 しかし、本当に神奈さんは、南央さんに好きな男を刺されるのが嫌で止めたのだろうか?


 もしかしたら、南央さんが、自分のように彼のために人生をふいにすることのないようにと思って――。


 まあ、本当のところのことはわからないが。


 そう思ったとき、

「晶生」

と声がした。


 店に来ていたらしい凛が出て来た。


「……此処で刺された人、死んだんだっけ?」

と案の定、道端に置いた白い百合の花を見ながら、そう言ってくる。


「いや、そうじゃないけど」

と言ったとき、いきなり、篠塚が凛の前で土下座した。


「篠塚さんっ?」

と思わず、晶生が声を上げると、凛が、成仏したんじゃなかったのか、という顔をする。


 いや、成仏するっていうのも、なかなか難しいことなんだけど、と苦笑いする晶生たちの前で、篠塚は土下座していた。


「あのー、堺さん」

とそんな篠塚を見ながら、つい、呼びかけたが、堺は、


「私じゃないったら」

と言う。


 確かに、あの土下座の霊は居ないのに、土下座をしたまま、篠塚は言ってくる。


「これは僕の意志です」

と。


「霊となって、晶生さんたちに憑いて歩いていて思ったんです。

 僕は、凛や真奈美に謝らねばならないことがあるような……」


 いや、あるようなじゃないよね~と思いながら、晶生は思っていたが。


 それでも、大進歩かな、と思っていた。


 今更、進歩したところで、凛にも真奈美にも伝わらないのが痛いところだが。


 来世はまた違った人生が送れることだろうとは思う。


 ……周りの女性に迷惑をかけない人生を。


「凛、土下座してる」


 そう教えてあげたが、凛は、

「……そんなことして欲しいなんて思ったことはない」

と泣きそうな顔をして言ってくる。


「私がそんなことを思うような人間だったら、そもそも、貴方なんて好きにならないから」


「そうよねー。

 駄目男が好きな女って居るのよね~、あんたみたいに」

と堺が晶生を見て言った。


 余計な茶々を入れてくるな~、と思いながら、晶生は、凛がいつまでも、篠塚が土下座している思われる場所を見つめているので、


「もう消えたよ、凛」

と肩を叩いて教える。


 晶生、と言って、凛が抱きついてきた。


 ……ごめん、凛。


 まだ本当は消えられずに、土下座してるんだけど、篠塚さん……。


 この先も何度も凛に向かって、もう消えたよ、と嘘をついてしまいそうだ、とどうしても消えられないらしい篠塚を見下ろしながら、晶生は思っていた。






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