それもまた、犯人
「こんにちは」
晶生は夜道に立つその女に話しかけた。
「……こんばんはじゃない?」
女はそう答えてくる。
そこは、あの表通りだったが、もう日は落ちていて、警察も真田たちも居なかった。
髪の長い女の霊はまるで、晶生が戻ってくるのを待っていたかのように、宮崎が刺された場所に立っていた。
「貴女は何故、裏通りで犯行を行おうとしてた通り魔をこっちに引っ張ってきてまできてまで、宮崎を刺させたんですか?」
『さー、なんでだかわかんないけど。
なんとなくだよ、なんとなく。
なんとなく、あっちでやりたくなっちゃったんだよね』
そう言いながら、通り魔の男は視線を表通りに流していた。
彼には見えてはいなかっただろうが、そこには、この長い髪の女が居て、にやりと笑っていたのだ。
彼女は言う。
「……あの女が
あの女に、亘さんは殺させないと思ったの。
だって、死んでも好きだから――」
あの女とは、石塚南央のことのようだった。
「では、南央さんにでなければ、宮崎さんが殺されてもいいと思ったんですか?」
そういうわけじゃないんだけど、と言ったあとで、彼女は、
「ともかく、他の女にあの人を殺されるのは嫌だったの。
そういう気持ち、貴女にわかるかしら?」
と訊いてくる。
「わかりません」
思わず、そう答えたあとで、晶生はその言葉がどのような意味にも取れると気づいて、ああ、と言いかえた。
「そういう状況になったとき、自分がどうするのかわかりません。
私はともかく……ただ、沐生を助けたかっただけだから」
九年前のあのとき、ともかく、沐生が助かればいいと思っていた。
そう思いながら、晶生は今は人の気配のない左肩にそっと手をやる。
ただ、沐生が助かればいいと思っていた。
例え、誰が死のうとも――。
「なんだか貴女、私と似てるわね」
そんな晶生の仕草を見ながら、彼女は言ってきた。
「そうですか?」
「なにもかも見えているようで、なにも見えていないところとか。
いつまでも一人の人を想い続けて、しつこいところとか」
と言って、何故か、彼女は笑う。
「私、霊になって、いろんなものが見えるようになったわ。
亘さんの悪いところもいろいろと。
でも、それで彼を嫌いになったかと言うと、そうでもないのよ。
不思議ね」
少しやさしげな微笑みを浮かべたあとで、彼女は、ふっと消えた。
それで成仏したわけでは、おそらく、ないのだろうけれど――。
「俺がやりました」
回復した宮崎に堀田について会いに行った晶生は、ベッドの上で土下座する宮崎を見て、堺に訊いた。
「堺さんですか?」
「……私の後ろに居ないじゃないの、この男」
堺の霊の作用で土下座しているのかと思ってしまったのだが、よく見れば、そもそも、あの土下座の霊は堺についていなかった。
どうやって剥がしたんだろうな? と思う晶生の前で、宮崎は土下座したまま言ってくる。
「俺のせいで、
神奈は俺のことを好きだと言ってくれたのに」
急にそんな告白をしてきた宮崎に、堀田たちは困った顔をする。
いきなり、聞いたことのない名前が出てきたからだろう。
晶生も彼女の名前を聞いたのは初めてだった。
「俺はただの遊びだった。
神奈はそれに気づいて自殺した。
でも、俺は彼女が自殺しても、自分のせいじゃないと思おうとした。
だけど、あの男に刺されたとき、神奈がこちらを見て笑ったような気がしたんです。
神奈はやっぱり、俺のせいで死んだんです」
すみませんでした、と宮崎はその場に手をつき、謝った。
そこには居ない、神奈とその両親に詫びるように。
「……笑ってませんでしたよ」
晶生がそう呟くと、宮崎は顔を上げる。
「笑ってませんでした、神奈さん、あのとき。
ただ、寂しげに刺された貴方を見下ろしていた」
通り魔や宮崎を殺し損ねた石塚南央に対して、にやりと笑うことはあっても、宮崎を見ていたときの彼女は、常に物悲しげだった。
『霊になって、いろんなものが見えるようになったわ。
亘さんの悪いところもいろいろと。
でも、それで彼を嫌いになったかと言うと、そうでもないのよ。
不思議ね』
そう言い消えた彼女を思い出す。
宮崎が去り際、言っていた。
「神奈が見えたのは、抑え込んでいた俺の罪の意識のせいだったんでしょうけど。
刺された瞬間、こちらを振り返りながらも、俺を置いて逃げる南央の姿が見えた気がしたんですよね。
……まあ、それも俺の罪の意識だったんでしょうね」
いえ、それは現実です、と晶生は苦笑いする。
生きている人間の方が薄情なのかもしれないな、と思いながら。
病室の外に出て、あの夕暮れの中、宮崎を見下ろし、立っていた神奈を思い出していると、堺が言ってきた。
「やりましたって、実際に犯行を犯したんじゃないってこともあるわけよね」
「罪を犯したかどうかって気持ちの問題ですもんね」
宮崎は周囲に悪事がバレないよう、あまりつながりのないようなところでも、女を漁っていたらしく、警察もまだ、神奈のことには気づいていなかったのだ。
晶生は、その言葉に、そういえば、と振り返り、堺の後ろを見た。
「あの土下座の人居ませんが、どうしたんです?」
ふふふ、と堺は笑う。
「……置いてきたのよ、いいところに」
いいところって何処なんだろうな。
ちょっと怖いんだが、と思いながら、エレベーターに乗る。
「堺さん」
と呼びかけ、晶生は少し笑って訊いた。
「堺さん、あの霊が居るとき、私に会いたがらなかったのは、本当は私に見せたくなかったからなんでしょう?」
『私がやりました』と罪を白状する人間を見て、私が胸を痛めると思って――。
ありがとうございます……と駐車場に向かいながら言うと、堺は、
「あんた、そんな可愛いこと言ってると、襲うわよ」
と言ってきた。
「襲わないですよ、堺さんは」
そう微笑むと、車のドアを開けながら、顔をしかめ、堺は言ってくる。
「あんたって、ほんとにひどい女ね……」
と。
「なんでですか?」
「自覚がないのは、もっと悪いわよっ」
ほら、さっさと乗りなさいよっ、と急かされた。
言われるがまま助手席に乗り込み、シートベルトを締めながら、晶生は訊く。
「そういえば、私の送り迎えなんかしてて大丈夫なんですか?
沐生は――」
「いい大人なんだから、勝手に自分で行ったり帰ったりするわよ」
「そういえば、社長も退院では――」
「いい大人なんだから、勝手に自分で荷物持って帰るわよ」
いや、貴方の方がひどい人ですよ、と苦笑いしながらも、素直に家まで送られた。
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